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クリエイター名  ラクトース
九龍膠花


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それは、まだあの九龍寨城が在った頃の、うだるようにクソ暑い真夏の香港でのことです。
その香港に、中環という名のオフィス街がありました。こう書くともう無いようですが、もちろん今でもあります。

香港大学を奇跡的に卒業し・・・というよりも、あの頭でどうやって入学できたのかが不思議でたまらないのですが、
ともかく当時就職活動の真っ最中だった香港人・カオルーンは機嫌の悪そうなビジネスマンたちに押されたり
突き飛ばされたりしながら、淡い期待をいまだ持ちつつ、自分を雇ってくれるかもしれない数少ない企業を探して
ビルとビルの間を彷徨っている最中だったのでした。

「疲れたな・・・。お茶でも飲もうかな」

さて、あまりにも暑くて喉が渇いてきたため、午後2時を少し回ったところで、彼はお茶を飲んで休憩することにしました。
そうして適当な店に入って注文を済ませたあと、就職情報誌を捲り続けたおかげですっかり安物のインクで汚れてしまった
指先を洗おうと、店の裏手にあったお手洗いに向かいました。

このときトイレなんかに行かなければ、あんな目に遭わずにすんだのに・・・・。
この決断が、彼の人生を台無し・・・にしたかどうかは本人にしかわかりませんが、とにかく決定的に変えてしまったのは事実です。

未来の悲劇も露知らず、見るからに汚そうなトイレのドアを勢い良くあけたカオルーンはその瞬間、
先程までの暑さが秒速100メートルくらいの速さで吹き飛んでいくのを感じました。

なぜなら、そこにはこの世のものとは思えないほど凶悪かつ、恐ろしい雰囲気をした目つきの悪い男が、
長さ2mほどある白い包帯を慌てて頭と顔に巻きつけている最中だったからです。
その瞳からは、この世の人間という人間がすべて嫌いであるかのような、実に執念深そうな眼光が放たれています。
若干誇張気味とは言え、それは今まですれ違ったどんなチンピラたちよりも恐ろしいものでした。
しかも、その包帯がこれまた相当使い古したものらしく、ところどころに一体誰のものかわからない血がこびりついているので尚更です。

汚臭と埃にまみれた巨大換気扇が回る音が不気味なうなり声を挙げて響く中、白いスーツに青色のYシャツ、
とどめに黄色いネクタイという、香港でもあまり見かけない変な格好をして、うまくまとまらない髪をかきあげながら、
薄汚れた包帯を無造作に巻きつけていくさまには鬼気迫るものがありました。

カオルーンが叫び出すよりも前に、この胡散臭い包帯男は『おまえ、見たな。見てはならないものを・・・・・』などと、
ハリウッドに輸出された日本ホラー映画のようなセリフをつぶやくではありませんか。
この包帯男が、不幸にもカオルーンの上司となってしまう、悪名高き貿易会社社長・夏水アキラ氏であったことは言うまでもありません。

さて、カオルーンがろくに手も洗わず逃げ出そうとするのを押しとどめた包帯男は、更に不気味なことをつぶやきます。
信じられないことに、この人は懐かしの香港映画『来々!キョンシーズ』に登場する動く死体、早い話がキョンシーなるものの仲間であったのです。なぜそんなことがわかったのかといいますと、この悪そうな包帯男が自分の手首をわざわざナイフで切って見せ、
挙句に『血が出てこないし、いくら切っても死なないだろう』・・・みたいなパフォーマンスを、頼んでもいないのにやってくれたからでした。

・・・だったらこの包帯についている血は一体誰のものなんだ?

さすがに他人より数倍頭の鈍いカオルーンでも、ここまで恐ろしいと思ったのは生まれて初めてのことでした。
しかもその後、さらに追い討ちをかける一言を、包帯男は顔色一つ変えずに言ってのけたのですからたまりません。

「知らないか。彊屍の眼をまともに見た者は必ず不幸になる」
「・・・・・・は・・・・・・・」
「もうおまえの人生はお先真っ暗だな・・・」
「いやだ・・・不幸になんてなりたくない。オレまだ23なんですよ!死にたくない〜・・・・・」

それはまさしくとどめの一言で、トイレだからまだいいものの、気の弱いカオルーンは失禁失神寸前です。
後で秘書になってから聞いたところによると、片目を包帯で隠していたのは他人をやたらと不幸にしないためだったそうですが、
カオルーンはただただ、震えた声でそう繰り返すのみでした。

「・・・・・・・・・・・・・」
元はといえば、こんな人の来そうなところで包帯を替えていた社長さんの方が悪いわけですし、
これほどまでにおびえている様子を見てさすがに気がひけたのでしょうか。彼はカオルーンの落とした「就職情報」の冊子を手に取ると、
まさしく脅迫と思われても仕方がないような一言を口にしてみせたのです。

「不幸になりたくなければウチの会社で働け」

この言葉、彼なりに精一杯カオルーンを慰めたつもりだったようですが、余計におびえさせてしまったのは言うまでもありません。

カオルーンに選択の余地は無く、どのみち就職も決まっていなかったこともあり、彼はあまり深く考えずにかような胡散臭い社長の経営する、
訳のわからない貿易会社「香港光明公司」に入社してしまいました。

一体どこに光明があるのか入社30年目にしてもいまだにわからないという、全社員の七不思議にもなっているこの社名。
正式名称は『香港光明貿易有限公司』というらしいのですが、面倒くさいので適当に略しているとのこと。
ちなみに、地元の人たちには「中環のお化け会社」などと呼ばれて親しまれたり、恐れらたりしていました。

せっかく面接にまで残った入社志望者が、この凶悪な社長の姿を見たとたん逃げ出してしまうということは
毎年の恒例行事となっているそうで、哀れなことにカオルーンは勤務初日からして夢も希望も愛もない、
ないないづくしの会社に入ってしまったのでした。

自分たちの信頼すべき社長が彊屍であるということに気づいているのかいないのか、それともここではタブーなのか知りませんが、
とにかく誰もそのことを口に出す社員はいないらしい、という噂を休憩室で聞かされ、
すっかり怯えてしまったカオルーンはそれからしばらくの間、電気を消して眠れなかったほどです。

またこの社長というのが、朝刊の連載小説に出てくるヒロインよろしく、この世の不幸を一身に背負いこんだかのような人で、
まあ彊屍とはそういうものなのかもしれませんが、とにかくその性格だけは、
元来性格があまりよろしくないと思われる香港人の社員たちもびっくりの極悪さでしたからかないません。

しかしこのカオルーン、当時好景気で就職は売り手市場だったにもかかわらず、この不気味な会社を辞めようとは思いませんでした・・・。

『辞めたら不幸になってしまう』・・・・という恐怖ももちろんあっただろうと思われますが、
実際は『こんな嫌な人でも、いつかはきっと優しくしてくれるんじゃないか』・・・という、
地球に小惑星が衝突する確率並みの期待を抱いていたからでした。
そんなこと、あるわけないと知りつつも・・・。

・・・・・・・・・・・・さて。200X年。その衝撃的な出会いから、約X年の月日が矢のように過ぎ去りました。
今ではカオルーンもすっかり会社に慣れてしまい、元気に毎日働いているようですが、結局彼は不幸になったのでしょうか。
だいたいこんな危ない社長の下で働くこと自体が不幸だったのかもしれませんが、
予想通り本人は社長さんの言葉などきれいさっぱり忘れてしまったらしく、別段気にしていない様子です。

一方その非常に問題あるの彊屍社長にしても、カオルーンの誕生日に金魚を買ってやったりしていたところをみると、
ひょっとしたら彼の期待していた「いつかきっと」のいつかが来たのでしょうか。

結局、誰にもわからないまま毎日が過ぎていくのでした・・・。
 
 
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