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クリエイター名 |
飛乃剣弥 |
長編よりの抜粋
「さぁ――」 俺が言葉を続けようとした時、左肩が劇的な熱を帯びた。そこの筋肉が異常に盛り上がり、まるで風船が破裂するかのように爆発する。 「があああぁぁぁぁあ!」 血と肉片を辺りに飛び散らせながら、俺は左肩を押さえてその場に片膝をついた。 「ロスト……チルドレン……」 俺の目の前、実験室の出入り口にいたのは5人のロスト・チルドレン。皆、胡乱(うろん)げな瞳で無表情のまま俺の方を見ている。 「ユティス!」 「下がってろ!」 負傷した俺に近づこうとするアミーナを視線でその場に縫いつけると、俺はゆっくり立ち上がった。 「強化ガラスの中にでも入ってろ。ちょっとはマシだ」 俺は5人のロスト・チルドレン達を睨み付けながら一歩踏み出した。そして徐々に体を透明化していく。 「無駄だユティス!」 聞こえたのはジュレオンの声。それに呼応するかのように俺の右足首が爆ぜる。高熱で溶かし込んだ鉄棒を骨の代わりに流し込まれたような気がした。あまりの激痛に一瞬意識が遠のく。透明化しかかった体も元に戻った。 「ジュレオン……貴様……」 「残念だったな。ロスト・チルドレンの中にはヒーリング能力を使える奴もいる。あの程度の傷なら、少しの時間で治せるのさ」 ち……苦しめようとしたのが裏目に出たか。 「私を甘く見ないことだ。お前はまだ成り立てで不完全だ。さすがに5人ものロスト・チルドレンを相手には出来まい。残念だよ、最強のロスト・チルドレンに成れる資質を秘めていたのに、ここで処分しなければならないとは」 「ク……ククククク……」 面白い、面白いよ、ジュレオン。だんだんノって来た。さぁ、クレイジーなパーティーを始めよう。 薬をキメた直後のように、頭の中で狂葬曲が鳴り始めた。 その調べが毒を塗り込めた鋭利な刃物となり、俺の精神を蝕(むしば)んでいく。ぱくっ、と音を立てて俺の中に小さな裂け目が走った。裂け目は徐々に大きくなり、裏にある別の何かを露出させていく。体の薄皮をゆっくりと捲(めく)られていくような感覚。その皮がすべて剥がれ落ちた時、”僕”は何かを失い、別の何かを得た。 「恐怖で気が触れたか?」 「これからそうなる。お前がな」 景色が揺らぐ。視界から彩りが失せ、白と黒だけで塗り分けられた。ィン、という糸を弾いたような音色を最後に世界から音が消える。視界に映る動きすべてがスローモーションの如く鈍くなった。僕の周りだけが不自然に切り取られたように、正常な時間と空間を描く。まるで、酷くできの悪い合成写真の中にいるような錯覚に襲われた。 「っな!」 気が付くと僕はジュレオンの目の前にいた。景色も音も正常に戻っている。 振り上げた右手を真空刃で覆い、僕はジュレオンの頭部めがけて力一杯振り下ろした。 「させ、ない……」 いち早く反応したロスト・チルドレンの一人の少女が、感情のこもらない言葉を発してジュレオンを庇うように間に割って入った。ジュレオンの顔に安堵の色が戻る。 バカが。 僕の右腕を、交差した両腕で受け止めた少女は一呼吸のうちに体を真ん中で分けられた。指先がわずかに、その向こうにいたジュレオンにかすめる。 「ぎゃ!」 胸元に浅い裂傷を負ったジュレオンは叫びながら後ずさった。 まぁ、いいコイツは後だ。ゆっくり料理してやる。 僕は左腕に力を込めた。皮一枚で繋がっていたはずのソレはいつの間にか完璧に治癒されている。さっきの時間を遅くした能力といい、この再生力といい、僕は確実に何かを失いつつある。 だが、今はソレと引き替えでも力が欲しい! 「おおおおお!」 左手を手近にいたロスト・チルドレンの少年の頭部に伸ばす。僕の頭が勝手にイメージしたことを、意志を持って解き放った。瞬間、少年の体が下に叩き付けられる。それだけでは終わらず、頑丈な金属床を押し下げて彼の体を潰していった。 いったいこの小さな空間にどれほどの莫大な重力が発生しているのだろうか。ボキボキと嫌な音を立てながら、一瞬のうちに少年の体は小さくなり、人としての原形をとどめなくなったところで重力場は消えた。 「次ぃ!」 叫んでその奥のロスト・チルドレンに目をやる。僕と同じくらいの女の子。少女と言うにはあまりに大人びている。 「やれぇ! マルス! そいつを処分しろぉ!」 忌々しいジュレオンの言葉に応えるように、マルスと呼ばれたその女の子は僕から距離をとった。残る二人も同じようにして距離をとり、僕を囲む。 本能的に危機感が生まれ、身を低くした。その直後に頭上を見えない力が通り抜けていく。これを放ったのは、後ろにいる二人のどちらか。しかし、それを確認する前に僕の視界が紅く覆われた。 「うわわああぁぁぁぁぁ!」 前にいた女の子、マルスが僕の方に右手をかざしている。彼女が生み出した膨大な熱量が全身を呑み込み、体と意識を灼いていく。体中の水分が急速に蒸発し、目の前の空気が白い光を放ち始めた。 「フハハハハハ! いいぞ! さすがだ!」 ジュレオンの哄笑。崩れかけたボクの意識が、その無遠慮な闖入(ちんにゅう)者に反応した。 「ジュ……レ、オン……」 溶けた肉の再生が始まった。ボクの再生能力がマルスの発火能力を上回ったのだ。 「くっ、まだ生きているとは! マルス! もっと火力を上げろ! レム! ナータ! お前達も加わるんだ!」 もう痛みは無い。あるのは、押さえきれない憎悪だけ! 後ろからの見えない力が、ボクの腹を貫いた。そしてそれが抜けた時にはすでに傷口はふさがっていた。胸部が突然膨れあがり、中から爆発して炎の中に血の花を咲かせる。それも一瞬手をかざしただけで、何事もなかったかのように修復されていた。 「バカ、な……。リジェネレーション(再生能力)ではない、リザレクション(復元能力)か……」 ジュレオンの絶望的な声が聞こえた。いいね、いいよ。そーこなくちゃ。ボクはそう言う声が聞きたかったんだ。 「アハハハハハ」 炎の中で、体に穴を開けられ、内部爆発を起こされ、ボクは笑っていた。 ステキだ。なんてステキな時間なんだ。薬をキメた時の比じゃない。こんな快感を知ってしまったら、もうちょっとやそっとじゃ満足できなくなっちゃうじゃないか。 「アーハッハッハッハッハッ!」 笑いが止まらない。ボクは狂ってしまったんだろうか。
『ユティス、誕生日おめでとう』 『よーし、ユティス。パパが肩車してやろうな』
灼かれていく。ボクの記憶が。
『ほーら、ユティス。好き嫌いしてないでちゃんと食べなきゃだめよ? ねっ』 『なぁ、ユティス。パパのこと尊敬してくれるか?』
失われていく。ボクの人間性が。
『ユティス……もう、ママって呼んでくれないの?』 『お前は出来損ないだ、ユティス』
壊されていく。ボクの世界が。
『ユティス、ユティス』 『ユティスっ、ユティス!』
ボクハ! ダレナンダ!
「うワああアアアあぁぁァあああぁァァああああぁ!!」
『ロスト・チルドレン〜Slaves of the Nightmare〜』より
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