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クリエイター名  涼月
紅の剣士 プロローグ部分

 風が吹いた。
 キィン…
 その風に乗って、金属音が流れる。
 キ…キキン…
 音の流れてくる先、崖の縁ともいえる場所で、二人の男が剣を交わしている。
 キッ…キィン…
 一人は軽めの鎧に身を包んだ、燃えるような紅い髪の剣士。もう一人は漆黒のローブに身を包んだ銀髪の男。
 キキィ…ン
 剣士は、軽く反り返った『刀』と呼ばれる片刃の剣を自らの手足のように扱っている。対する男の方は、体に似合わぬ大きさの両刃の剣。
「どうした、息があがっているようだが? そんな事では、死神の二つ名が泣くぞ」
 涼しい声で男は告げる。
 事実、死神と呼ばれた剣士は肩で息をするほどに消耗しているが、対峙する男の顔には疲労は欠片も感じられなかった。
 剣士は、男が話しかけてもただ目を閉じて身動きひとつしなかった。それは、少しでも体力の回復を図ろうとしているようでもあり、捕食者が獲物の気配を感じ取ろうとしているようでもあった。
「やれやれ、実に楽しくない任務だ。死神とまで渾名された男が、この程度だとはな」
 ローブの男が一歩、また一歩と剣士に近づいていく。
 それでも剣士は動かない。ただ、そこにじっとしていた。だが、その手は力強く刀を握り締めていた。
 徐々に、男と剣士の距離が縮まる。徐々に…徐々に…。そして、その距離は互いの武器が届く範囲へと変わった。しかし、剣士は一向に動く気配を見せない。
 男は呆れたように頭を振って、これで終わりだと言わんばかりに、手にした大剣を最上段に振りかぶった、その瞬間。
 剣士が閉じていた目を見開き、その愛刀を、視界の中心にある場所へ真っ直ぐに突き出す。その瞳に映し出されているのは、男の首。
 男は、ちぃっ、と舌打ちを打ちながらも、己の首へと的確に迫る一撃を外そうと体を捻る。
 まさに皮一枚。男の首の皮を軽く切り裂いて、剣士の愛刀は空を突いた。
 ヒュオッ、と空を切る音すらも響かせた、まさに剣士が全霊を込めて放ったであろうその突きは、しかし戦いの女神に微笑まれはしなかった。
「今のは危なかったですね。前言は撤回しましょう。やはりあなたは、私が全力を持って戦うにふさわしい相手のようだ…」
 言って、男は突く体勢で大剣を構える。その目が、猛禽類のそれを思わせるほどに鋭くなる。辺りの空気が…凍った。
 まさか、ここまで力の差があるとは。
 時が止まったかのような空気の中、剣士はそんな事を考えていた。死神、とまで渾名された程の剣士。増長する事はなかったが、自分は戦いを生業とするものとして、およそ負ける事など想像もしていなかった。
 過信。油断。確かにそれもあっただろう。だが、今自分の目の前にいる男は、明らかに自分よりも高い位置にいる。
 ゴ…ッ!
 空を切り裂く…いや、大気を振るわせるほどの音。見た目の重さ、扱いにくさを無視したかのような、男の突き。それは、先ほどの剣士の突きと同等、あるいはそれ以上の速さだった。
 体を、捻った。それは、剣士としての本能だったかもしれない。確実に自分の心の臓を狙ってきていた大剣の突きは、思わず体を捻ったことによって左肩をえぐっていた。
 剣士は、思わずうめく。鮮血が、迸った。
「避けなければ、楽に死ねたものを…」
 そう言った男の顔は、確かに笑っていた。
「次は、避けないでくださいよ? 楽に…逝かせてあげます」
 男は再び剣を構えた。今度は自分の横に真一文字に。
 横薙ぎの一撃。今の剣士には、避ける術はない。
 今まで何度も死線を越えてきた剣士は、その時確かに恐怖した。死ぬことへの恐怖。それがそこにあった。
 じりっ、と座り込んだまま後ずさる。それを見て、ローブの男は嘲笑した、ように見えた。
 じりっ。再び後ずさる。じりっ…じりっ…。後ずさる度に、男は一歩ずつ歩を進めた。一定の距離を保つように。おそらく、その距離が男の持つ大剣の、その横薙ぎの攻撃における最も有効な距離なのだろう。
 カラカラ…ッ
 幾度めかの後ずさりを行った時、剣士の左手に感覚がなくなった。痛みによる無感覚、ではない。ちら、と後ろを見る。
 自らの後ろに、もう大地はなかった。
「逃げ場もなくなった…避ける体力もない…。もう、終わりです」
 冷酷な、男の声。そして剣士は…覚悟を決めた。
 ゆっくりと、立ち上がる。
 愛刀を杖代わりにして、ゆっくりと。
 そして、両の足がしっかりと大地を踏みしめた瞬間、男の大剣が唸りを上げて剣士に襲い掛かってきた。
 轟音と共に襲い来る横薙ぎの一撃。しかしその一撃は、男に勝利の感触を与えてはくれなかった。与えられたのは、空を切る感触だけ。
 逃げ場はなかった。どこに逃げても、男の一撃を逃れられるはずはなかった。ただ一箇所を除いて。
 そこに男は見た。自ら虚空へと跳躍した剣士の姿を。
「わりーな。誰かに殺されてさよならってのは、趣味じゃねーんだ」
 ただ、それだけ。何十メートルあるかもわからない崖下へダイブする事の恐怖など微塵も見せず、不敵に笑ったまま、剣士は死への跳躍を選択した。
 ゆっくりと…そして、徐々にスピードを増しながら、剣士の体は崖下へと落ちていく。数秒後、その姿は完全に崖下に巣食う暗闇に呑まれた。
「名前も知らない誰かに殺されるよりも、自ら死を選ぶ…。死神らしい最期…と言うべきかな」
 呟いて、男は踵を返す。
「これで、レイ・パルジファル抹殺の任務は完了…か」
 言った直後、男の姿が、そこから掻き消えた。最初から誰もいなかったかのように。

 風が吹いた。先ほどまでの死闘が嘘のような柔らかな風が。
 そして、時は静かに…流れ行く……。
 
 
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