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クリエイター名 |
めた |
サンプル
『冬の未確認飛行物体と、おっきなツリーのてっぺんの星』
欲しかったものがある。 駅前にある、大きな大きなクリスマスツリー。 その一番てっぺんで、燦然と輝いていた、 あの綺麗な星が、欲しかった。
「まあ、一言で言えば実に単純だ。UFO、いや未確認飛行物体。いやいや僕はアンノウンフライングオブジェクトと略さず訳さず呼ぶのが好きなんだがね。それを見たのだよ、冴(さえ)」 「あ、そ」 恋人の全く一言でない口上を、五十嵐(いがらし)冴(さえ)は一言で断ち切った。そんなことを言うためにわざわざ別のクラスまで足を運んだというのなら、まったくご苦労なことである。あとはHRを残すのみで、会話する時間もあまりないというのに。 名を、秋原(あきはら)智成(ともなり)――学校一の変人にして冴の恋人。外見は眩しいくらいの美形だ。眼は鋭く、肌は白い。背はそこそこ高いし、顔にはいつも不敵な笑みが浮かんでいる。まるでこの世に敵は無しとでも言いたそうである。いや、実際彼の口癖であるが。 毎年一年生女子の何人かは、このマスクに騙されて彼に告白するのだ。冴がいるのを承知の上で、である。もちろん全て告白した直後に玉砕しているので、冴としては嫉妬する暇も無い。 しかし、どうにもこの男は変人である。告白した一年生も、二年生になって彼の噂を聞けば失恋の痛みはなかったことになる。なにしろハイスペックであるが、その能力を使う方向性が全く間違っているのだ。 成績優秀、文武両道、容姿端麗。しかし入っている部活は、なんと『非公式超常現象研究部』である。冴はそんな部活聞いた事もないし、後輩や先輩がいるのかさえも分からない。なにしろ非公式であるので、全て不明なのだ。 生徒会長を裏で操っているだの、去年の文化祭で起きた火事騒ぎはこの男の仕業だの、学校のコンピュータからペンタゴンの秘密データを入手しただの――ろくな噂が無い。冴も何度も友達から、智成とは別れるように言われた。 冴にとっては、代替の聞かない大切な恋人である。意外なほど情熱的にアプローチをしてくるので、冴はいつものようにクールにあしらうだけでいいのだ。 ――嫉妬や不安が、全く無いとは言わないが。 「昨日、いつものように部活を終えて帰路についていた時だ。クリスマス直前であって、寒い夜だった。ふと上を見ればいつの間にか、軽自動車くらいの大きさの皿が頭上に浮かんでいたのだ。しかもなにやら梯子のようなものを下ろして、そこから人間が降りてきた。宇宙人だ。 僕は驚いたな、なにしろ外見が地球人と一緒なんだ。そこで感動して詳しく彼の話を聞いてみると、旅行の途中で地球に立ち寄ったら、そこでUFOがエンジントラブルを起こしたというじゃないか。直すまで時間がかかるので、僕に周囲の人間に気付かれないように護衛して欲しいという協力を要請してきた。さすが宇宙人、技術も凄い。どういう原理かは知らないが、会話は全て日本語だった。翻訳機でもあるのかね。 僕はもちろん請けおい、代わりに彼らのことを詳しく聞かせてもらうという約束を取り付けた」 「矛盾が二つあるわよ。あと疑問が二つ」 淡々と流れるような智成の言葉に、冴は言った。彼の話が嘘か本当かは分からないが、話には付き合うつもりである。もちろん智成との話が嬉しいからであるが。 「一つ、UFOにエンジントラブルがあったなら、智成の見たのはなんだったの? それになんで周りの人は誰も気付かなかったの?」 「あれは本機に搭載されていた、非常用の予備UFOらしい。燃料があまりないし派手なので、あまり使わないらしいのだが。しかしエンジン音なんかは無かったな。だから人気の無いときに、僕のところに来ても誰も気付かなかった」 理路整然とした答えに、冴は納得する。なるほど理論は通っている。 「もう一つ、気づかれたくないのはなんで? しかもそれを智成に頼んだのなら本末転倒だし、私に言ったらますます意味が無い」 「気付かれたくない理由は説明してくれなかったな。まあ大騒ぎにしたくなかったんだろう。僕に協力を仰いだのは、僕が宇宙人と波動が近かったからだ! 少なくとも僕は信じている! 冴に言うのは、どうせ君は信じないからだな」 「はいはい」 いつもの病気が出た。彼は体育祭では自分からくどくど話す校長を押しのけ、そこで激励のような説教のような演説を行ったのだ。すぐに自信過剰に声を張り上げる癖がある。 ――この傲慢すぎる暴走が、冴は好きなのだが。 「でも……私が信じないって思ってるなら、どうしてわざわざ私に話したの?」 「うむ、それが君に関係があってな。明日のデートだが、プレゼントは何が欲しい?」 いきなり話題がとんだ。とはいえそれはいつもの事であるし、すぐにまた本筋に戻るので、冴は質問に答えようとする。 プレゼント。そう、明日はクリスマスイヴである。 「えっと……秋に出た新作のバッグ……かな」 「…………」 「智成?」 「冴。物欲にまみれまくった願いも結構な事だが、物理的に不可能であるといわざるを得ない。君の所望する品はいつも高すぎるのだ」 「……お金、無い?」 「先日君に買ってやったコートが、ほとんど吸い取った」 「……ごめん」 いくら自信と傲慢の塊の智成といえど、無いものは無いらしい。彼ならば銀行強盗くらいしそうなものだが、さすがにそんなことをすれば縁を切るつもりだ。 「もっとクリスマスらしい純真かつ無垢なものにしてくれたまえ! そっちの方が金がかからない! 気がする! なんとなくだが!」 「純、真……」 「子供じみたものでもオールオッケーである!」 何があるだろう。 子供じみたもの。昔ほしかったもの。でも大きくなって、もう無理だと分かっているもの。それでもやっぱり、欲しいとどこかで思っているもの。 智成なら、持ってきてくれる気がした。バッグは無理でも、例えば、そう。荒唐無稽な、でも素敵なもの。 例えば。 「……笑わない、でね?」 「うむ。とりあえず言ってみるといい」 「あの……駅前の大きなクリスマスツリーの、てっぺんに飾ってある星が……欲しい、かな」 「承知つかまつった!」 笑うどころか悩みもせず、一瞬で了解したと言い切る智成。 「それであれば至極容易である! 明後日のクリスマスまで待つといい。必ず持っていこう!」 「一体どうやって……ていうか明日でもいいのに」 「明日は行けなくなったのだ!」 かち、と固まる冴。 行けない? 行けないってどこに。明日約束してたデート? 嘘。なんで。ていうかプレゼントまで聞いておいてそんな。なんで? 明日は、クリスマスイヴなのに。 「な……なにそれ」 「うむ。実は先の宇宙人の話をもっと聞きだしたくなってな。修理が完了するのはクリスマスの夜らしいから、それまでにどうしても話を聞いておかねばならん。すると明日は必然的に潰れてしまう。故にイヴではなくクリスマス当日のデートに変更だ。非公式超常現象研究部部長として、もはや宇宙人からの情報の聞き出しは義務だ。」 「なっ……」 そんな。いきなり。 「っ――宇宙人とクリスマスイヴと、どっちが大事なのよっ!」 「アンノウンフライングオブジェクト」 臆面も無く言い放つ智成の顔面に――。 「――バカぁッ!」 思いっきりスクールバッグをたたきつけた。 「ぐおふっ」 たまらず倒れこむ智成。そういえば今日は、図書室からハードカバーの本を借りていたな、などと冴は思い出す。突然の事に、クラスのみんなも驚いてこちらを見ていた。 「もういいッ!」 そのままバッグを持って、逃げるように走り去る。まだHRが残っていたが、知ったことではない。 残った智成が、何か言っていた気がした。
昔から、クリスマス当日より、イヴの方が好きだった。 クリスマスは、朝にプレゼントが並んでいるだけだ。満足感はあっても、それだけ。イヴの時のように、プレゼントを一日心待ちにする楽しさは無い。 イヴの日は、朝から晩まで、胸が高鳴ってしょうがなかったのだ。夜もなかなか寝付けなかったし、それで逆にドキドキが募っていく。そんな、素敵な一日。 だから。 イヴに恋人といられたら、こんな幸せなことはないはずなのに――。 「はぁ……」 冴は一人で、イヴの雰囲気が充満している街を歩いていた。 着ている物は、襟元にファーのついた白いコート。それに少々背伸びした大人っぽいブーツと、コートにあわせた赤のスカートである。今日あったはずのデートのため、前々から準備していたものだ。 特に――コートは、智成に買ってもらったのに。 「どうしてなのかなぁ」 幸せそうなカップルとすれ違い、冴はなおさら落ち込んだ。 元々、智成は競争率が高い。冴は、自分が智成の恋人になれたのは、ひとえに顔が良かったからだと思っている。 顔だけは、自信があった。実際、智成とは美男美女のカップルとして校内で認知されている。 だがそれだけだ。胸は薄いし、身体は少々細すぎる。男の子はちょっと肉がついているくらいが好きだと、何かの本で読んだ冴は、その時もかなり落ち込んだ。 成績は中の下だし、運動にいたってはてんで駄目である。特技はせいぜい将棋とチェスくらい。性格は無愛想で、友達だって少ない。 だから、女の子選び放題の智成が自分を選んだのは――やはり顔なのだろうな、と冴は思っている。 告白してきたのは、智成からだった。その頃の冴も、智成にいつ告白しようかと考えていたくらいであり――彼女の認識としては、完全な相思相愛だったのである。 智成の本性――化け物のような非常識さ――は、以前から知っていた。知っていて、それでも好きだった。恋愛なんてものはそんなものだと、その辺りについては達観している。惚れたら負けなのだ。 だから――自分はいつ智成に飽きられるかもしれない、そんな在だったのだろう。 「あー……もう」 一応、覚悟はしていた。どうせ『つなぎ』なのだと思っていたし、長く恋人でいられると思っていなかった。容姿の魅力なんて、所詮はその程度のものである。 けれど。 まさか――UFOに負けるなど、冴は全く思っていなかった。 「――なんで信じてるんだろ、私」 そこで、智成の話をあっさり信用している自分に気付く。そうだ、UFOなんて馬鹿馬鹿しい。じゃあ智成が自分に嘘までついて、イヴの予定を空ける理由は? 一つしか考えられなかった。 「浮気か。あ、こっちの方がしっくり来るかも」 しかし、智成にしてはやり方がまわりくどい。彼の性格ならば、直球で『他に好きな人が出来たので君とは別れる!』くらい言いそうなものである。残酷なくらい明るく。 どうなっているのか、冴には分からなくなっていた。 普通なら、ここで智成の家に押しかけるなり、電話をかけて問い詰めるなりするべきなのだろう。あるいは浮気だと思って泣くものだろうか。 そういう事ができない自分は、やっぱり冷たいのだなと思う。よく友人にクールだと言われるが、そんな所に原因があるのかもしれない。 哀しい、嫌な気持ちだけど。 それを周囲に知らせる術が、分からない。 結局嫌な気持ちばかり、募っていって。 表情は、硬く、白く、冷たくなっていく。 「雪、降らないかな……」 見上げて、呟く。 空は曇り。いまにも雪が降りそうである。しかし夕方から降るのは雪ではなく雨らしい。せっかくのクリスマスイヴも、雨と雪では大違いである。 雪が、降ってくれれば。 自分も雪に埋もれて、消えてしまえる気がした。 「きゃ」 「おっ……と」 と――上を見ていたせいだろうか。前からの通行人に気付かず、思いっきりぶつかってしまった。 「あ、ご、ごめんなさい」 一歩飛びのいて、頭を下げる。 「ああ……いや、僕もぼーっとしていてね。ごめん」 優しそうな、男の声だった。冴は顔を上げて、ぶつかった人を見る。 黒いエナメルのコートをまとった、二十歳くらいの男だった。穏やかそうな表情を浮かべており、瞳もどこか柔和だった。いかにも人好きのしそうな顔立ちである。 「あ……ほ、本当にすいませんでした」 気恥ずかしさから、慌てて立ち去ろうとする冴。 「あ、待って待って。もしかして気付いてないの?」 「え?」 冴は怪訝な顔になる。男はなにやら神妙な顔つきで、自分の右袖をちょんちょんと指した。どうやらそこを見ろということらしい。 見ると――真新しい白のコートに、茶色いアイスクリームがべっとりとくっついていた。 「あ……」 おそらく男が持っていたアイスなのだろう。彼の手にはクリームの乗っていないコーンが握られている。 「あ……ぁ」 これは。 智成に買ってもらって。今日、彼とのデートできるつもりで。大事に大事にしていた、お気に入りの一着だったのに。 ずっとずっと、大事にしたかったものなのに。 今日、智成はいなくて。 自分は、飽きられて。 コートまで、こんなになって。 「――うああ……あああ――――――っ……ん」 泣いた。ここ数年、泣くなんてなかったのに。 人目も気にせずに、道路にへたりこんで泣き出す冴。妙に子供じみた、声をあげる泣き方だった。 なんだか色んなことがありすぎて。泣けないと思ってたのに。こんなおかしなことで、今までのことが一気に溢れてしまった。 哀しい。辛いよと、大声を張り上げる。 「う……あ――ひぐっ……うあ……っ」 冴の嗚咽が、曇った空に響いた。
「…………すいませんでした。いきなり泣き出して」 「ううん、もう泣き止んだみたいだし、構わないよ。もともとこんな時期にアイス食べてた僕がいけないんだ」 「――なんで、アイスなんか?」 「好きなんだよね、冷たいもの」 街中の、とある喫茶店。 男は泣き出した冴の対処に困ったらしく、袖の汚れをとろうとハンカチで拭っていた。とはいえ色まで完全に落ちることは無く――コートには、茶色い染みがしっかりこびりついてしまっていた。 そして、お詫びをすると、男は喫茶店で冴にパフェをおごっているのである。コートの袖は――何故か男が持っていた――リボンで隠し、どうにかごまかしていた。 窓際の席である。路地を行く人々がよく見える。もっともカップルばかりで、冴はますます落ち込んでいたのだが。 「そういえば、名前まだ聞いてなかったね」 「あ……五十嵐冴です」 「イガラシさんかあ。僕は……えっと、シンっていうんだ」 「シン……さん、ですか?」 日本人だろうか。そうとも取れるし、しかしシンの外見から考えれば、外人のようにも見える。国籍不明に加え、年齢不詳だ。 けれど、怪しいという感じは無い。むしろ無意識にでも他人に好感を与えるタイプだ。 「で……イガラシさんはどうしてあんなに泣いたのかな?」 「あ、そ、それは……」 見透かされている。いや、普通はコートが汚れたくらいで泣くような娘はいないから、当然の想像かもしれない。 「と――智成が……」 「智成?」 シンが驚いたような顔をする。いきなり智成の名前を出したので驚いたのだろうか。 冴は今までの経緯を話した。シンはその度に驚いたり頷いたりしていたが、やがて納得したとばかりに穏やかな笑みを浮かべた。 「そっかあ。UFOか」 「はい。智成のヤツ、私よりそっちの方が大事だって……」 「うーん……」 シンは、苦笑を浮かべている。冴はパフェを食べながら、更に続けた。 「いっつもそうなんです。自分勝手で、他人のことなんて知ったことじゃないって風で……私に優しくしてくれるのだって、きっとどこかで打算があって……」 あれ? 違う。なんでこんな事言ってるんだろう。 「人の話は聞かないし、そのくせ自分の意見は押し付けるし。時々嫌味なくらい自信過剰だし……。私なんかとは、きっと遊びで……」 本当に? 本当にそんなことを思っているのだろうか。自分は。嫌いなところはいっぱいあるけど、それ以上に好きなはずなのに。 また泣きたくなってきた。どこかで、何かがずれている。 自分は――こんなに、智成の事が嫌いだっただろうか。 「イガラシさん?」 シンが、穏やかな笑みで呟いた。 「好きなんだね、彼の事」 「う」 何でもお見通しだとばかりに、笑うシン。 「ほら、すれ違いとか。そういうことってあるよね? もしかしたらトモナリくんの伝えたいことが、イガラシさんには伝わってないかもしれない。トモナリくんはイガラシさんに、イヴは会えないかもしれないけど――どこかで、ものすごい埋め合わせをするつもりかもしれないよ?」 「でも……」 「明日には会えるんでしょ? ゆっくり待ってみようよ」 大人の余裕だろうか。ここまで落ち着いているのは。 「僕もね、妻がいるからさ。よく分かるんだ。なんでもない事で拗ねたり怒ったりして……けどまあ、それが可愛いからからかっちゃうってこともあるからね」 「け、結婚してたんですか」 「うん。本当に君の事に飽きたんなら、彼は直接言うと思うよ」 まるで智成のことを知っているような口ぶりだった。いや、気のせいだろうか。 けど少しだけ、安心できたかもしれない。 「あ、あの……ありがとうございましたシンさん。おかげで少しだけ安心できたかもしれな――」 言いかけた、冴の視界の隅に。 路地を行く智成の長身が映った。しかも傍らには――女の人がいた、ような。 「嘘ッ!?」 すぐさま喫茶店を飛び出す。シンは呆気にとられていたが、気にしている場合ではなかった。 智成は目立つ。それは長身のせいでもあるし、彼の着る真紅のロングコートのせいでもある。冴は智成の後ろ姿を、大通りで捜して――。 見つけた。智成を。 そして彼の横にいる、女性も。 黒髪のロングヘアーで、白い肌をしている。スタイルが良くて、いかにも気立てのよさそうな――一言で言えば、美人だった。 冴が及ばないくらい、美人だった。 「あ……」 小さくうめいて、その場に立ち尽くす。 後を追いかけることは、できなかった。
――イヴの夜。 月も星も無かった。曇りの空。けれど町を彩るイルミネーションはとても綺麗で、クリスマスを明るく綺麗に彩っていた。 本当なら、この綺麗な町を、智成と歩いているはずだったのに。 浮気だった。のだろう。多分。いやきっと。信じたくないけど。でも決定的な瞬間で、致命的な一瞬だった。 あれからシンと別れた冴は、あてもなく町を彷徨っていた。力が抜けて、どうしようもなくなっていたのだ。 いつ、別れてくれと言われるだろう。 あの黒髪の女性は、とても美人だった。大人の顔立ちで、胸なんかは嫌味なくらいに大きかった。冴に見せ付けているかのように。 いや、きっと。あの人は智成のお姉さんか何かで。嘘だ。智成には姉も妹もいない。じゃあお母さん? まさか。会ったことあるし。それ以前に若すぎる。 浮気なのだろう。やっぱり。 「はあ……」 やっぱり、泣けない。 なんでだろう。シンの前ではあれだけ大泣きしたのに。 心が、空っぽになっている気分だった。 そして――ふらふらと歩き続けて、夜になって。 駅前の、クリスマスツリーまで、来てしまった。 「…………」 イルミネーションで飾られた、大きなクリスマスツリー。てっぺんにあるのは、星の飾り。 毎年毎年、変わらず同じ飾りつけで。だけどとても綺麗で。だから毎年見に来るのだ。今までは――ずっと一人だったけど。 今年は、一人じゃないと思ったのに。 小さい頃は――本当に、星が好きだった。だけど、空のてっぺんは遠すぎて、とても手は届かない。 だから代わりに。あのツリーの星なら。空を飾る星の代わりに、なってくれるとおもった。 とても、欲しかった。 「まだ星、あるじゃない……バカ」 きっと、約束なんて果たすつもりはないんだ。 馬鹿なプレゼントをねだったものだと思う。きっと智成は最初から、何も贈るつもりはなかったのだろう。それに重ねるように、冴が妙なものをねだったから。 どこかで――飽きられていたのだろう。 『君が、好きだ』 頭の中でリフレインするのは、告白されたときの言葉。 「やだ……やめてよ。こんな時に……」 『ああ、そうとも! 僕は君が好きなんだ。君の虜になっているんだよ! 愛とはすなわち隷属だと僕は思う! 虜は虜囚の意味もある! だから僕は君に隷属し、君に囚われているんだ! だから僕は君を愛す! 全身全霊魂を削って君を愛していると行動で示す! 君を裏切らないと神に仏に自分自身にそして君自身に誓おう!』 「聞きたくないの……そんな言葉は……」 耳をふさいでも、否応なしに聞こえてくる。自信過剰な声。だけどあの告白のときは、フラれるかもしれないと怯えているような声だった。 『だから君は……どうかな?』 おそるおそる、冴の意を聞いた。あの時の智成の表情が――未だに冴の脳裏にこびりついていて。 「私だって……」 智成のことが好きだから。誰よりも好きだから。ずっとずっと見ていたのに。クリスマスの今日、自分の隣にいてくれると信じていたのに。 裏切らないと言って、言ったのに。 「なんで……だろ」 今日はクリスマスなのに。 どうして私は一人なのだろう。 冴は、クリスマスツリーを見上げた。もうすぐ十二時になる。イヴの夜が終わる。十二時丁度になれば、ツリーの飾りにスイッチが入って――明るく輝くはずだ。 時計を見ると、あと十秒。 「バカ」 あと九秒。冴は泣いていた。 「どうして」 あと八秒。雪が、星のない空から降ってきた。 「一緒に」 あと七秒。冴はツリーの頂上の星を見上げる。 「いてくれないのよ……!」 あと六秒。 五。 四。 三。 二。 いち……!
「は――――――――はっはっはっはっはっはッ!」
クリスマスツリーに光が灯り、カップルが歓声を上げるのと。 そのアホみたいな高笑いは、同時だった。 「え?」 「鳥か! 飛行機か! 否! 否否否否否ッ! これは未確認飛行物体アンノウンフライングオブジェクト通称UFOである! そしてそれに乗るのはこの非公式超常現象研究部部長! この秋原智成だッ!」 どこからやってきたのか。いつの間にかツリーすぐ傍に。 智成がいた。 「嘘……」 ただいるだけではない。浮いている。なんだか銀色の皿のような物に乗って、宙に浮いている。真紅のコートはただでさえ目立つのに、さらには――。 UFOに、乗っていた。 周りの人たちは、歓声をあげている。これもクリスマスならではのアトラクションか何かだと思っているのかもしれない。 違う。これは本物だ。そして智成の悪ふざけだ。 「今宵はこのクリスマスツリーの星を頂きに参った! そうとも僕は今宵サンタクロースになろうと思うが皆のサンタではない! 僕がプレゼントする相手はたった一人だ!」 それは――。 もしかして、自分だろうか。 真紅のコートの智成は、UFOをクリスマスツリーに隣接させ、意外なほどあっさりと星を取る。 「ふははははははッ! ではさらばだ――おっと」 智成が。 こちらを見た。 ただ呆然と立っているだけの冴を。 「おっと丁度いいッ! 明日、否、既に今日だ! 今日はデートの約束があったのだ! という訳で行くぞ!」 UFOがこちらに降りてくる。音もたてずに、凄い勢いで。観客からは、歓声とも悲鳴ともつかない声が上がった。 「さあ、冴ッ!」 「あ……っ」 智成に腕を掴まれて、引っ張られる。冴は抵抗できず、そのままUFOの上へ。 UFOといっても、平べったい軽自動車のような感じであった。滑らかな金属で出来ているが、智成の立っているところには一応の足場はある。 そして、冴はそのまま。 智成に、膝と肩を抱え上げられ。 まあ、俗に言うお姫様だっこの体勢な訳で。 「や、やだっ。おろしてっ……」 恥ずかしさで一杯になりながら、冴は身をよじる。しかし智成はいたってすました顔だった。 「暴れるんじゃない。大人しくしていろっ」 「だ、だってスカートだしっ……」 「見る者なんぞおらんだろうがっ。下を見てみろっ」 「え?」 言われたままに下を見ると――。 眼下にはイルミネーションで飾られた、町の夜景が広がっていた。 かなり、高い。 「やっ、はっ、離さないでえ……!」 「だから離さんと言っているだろうっ。しっかり掴まっていろっ。でないと太ももの感触が味わえんッ!」 「え、ええええっ?」 それが目的だったのか。 しかし下の景色を見てしまった冴は、智成に掴まざるを得ない。落ちたら即死――いや、それ以前に、冴は観覧車にも乗れないほど高いところが苦手なのだ。 しんしんと雪が降り積もるなか、UFOで空を飛行。 なんというか――傍から見たら、なんともいえない光景だろう。多分。 「ど、どこ行くのっ?」 「学校の裏山だ。そこで待っている。見送りくらいはしてやらねばな」 「だだだだ、誰の?」 「宇宙人に決まっておるだろうっ!」
「やあ。良かった。その様子だと仲直りはできたみたいだね。トモナリくん、恋人は大事にしようね」 「あなたが言えたセリフではありませんわよ。まったく、せっかくの新婚旅行なのにこんな辺境の星で着陸なんて冗談ではありませんわ。しかも非常用宇宙車まで貸し出すなんて。騒がれたら星間問題にも発展しますわよ」 「いいじゃないか。地球人はずいぶん寛容なようだ。何かのアトラクションだと思っている。あの宇宙車が本物だと気付く頃には、僕らはもう故郷の地を踏んでいるさ」 UFOから降りた冴と智成を出迎えたのは――見知った顔であった。 一人は、シン。 もう一人は――街中で智成と一緒にいた、あの黒髪の女性だった。 「貴方が冴さんですわね」 女性はにこやかな表情で、冴に近づく。シンを非難していた時の表情とはまるで違った。 「シンの妻で、ヴエォリといいますわ。お話はそこの赤い人から存分に伺ってます」 「え……あ、ベ、ベォ……?」 「あらごめんなさいね。こちらの人には発音するのが難しいみたいで」 ヴエォリは苦笑のような表情を浮かべる。 「そろそろ種明かしの頃合だな! この二人こそ僕が先日言った宇宙人なのだ冴! そう今日の昼間はヴエォリ殿とUFOについて詳しくお話を伺っていたのだ。どうやら彼らは宇宙車、あるいは星間車と呼んでいるようだがな」 「う……浮気じゃ、なかったの?」 「おお見ていたのか? 浮気なわけがなかろう! この僕が! この僕が冴以外の女性を見るわけがない! そもそも人妻になど手を出さん! 今日の夜帰ってしまうという話だったから、それまでにぜひ話を聞いておきたかったのだよ。でなければ冴とのデートを優先するに決まっているだろう!」 大仰に手を振る智成。 「……ほほほ、人を一日中連れまわしておいて、まるで私が悪いような言い方ではありませんこと?」 「怒らない怒らない。せっかくの仲直りのチャンスなんだから」 笑いながらこめかみに血管を浮かべているヴエォリと、それをなだめるシン。 「で、でも、私と宇宙人なら宇宙人のほうが、大事だって……」 「? そんなことを言ったか?」 「い、言ったじゃない……」 「いやいや、冴。君は僕に『宇宙人とクリスマスのどちらが大事か』と聞いたのだろう? 僕はたかだかキリストごときの誕生祭になどまったく興味を見出せない。どちらが大事かといえば宇宙人だ。そしてそれより大事なのは冴、君だ」 そういえば。 そういえば冴はそう聞いたし、智成もそう答えた。よくよく思い出して見れば――。 全部、冴の誤解だった? 「でも結局、冴さんより僕らへの興味を優先したよね」 「ぐ。シ、シンよ。それは言ってはならん」 「まあでもプレゼントもあることですし、冴さん、許してさしあげなさいな。好きあってるのに喧嘩なんてバカバカしいですわよ。もっともこの赤い人のどこがいいのか、いまいち分かりかねますけど……」 なんだか、急に。 肩の力が抜けて、気分が軽くなって、胸が澄んだ気になってしまった。気づいて見れば、意外とにぎやかなクリスマスの夜になっていた。 宇宙人とのダブルデートではあるけれど――それでも、なんだか面白くて。 「さあ冴。クリスマスプレゼントだ」 ずいっと、智成が星を差し出してくる。昔から欲しかった、ちょっと大きめの星の飾り。 「…………あのさ、智成」 「どうした?」 「自分が欲しいって言ったんだけど……やっぱ、いい」 「なにぃっ!?」 智成が珍しく叫んだ。 それはそうであろう。あんな派手な登場をしてまで手にいれた、冴へのクリスマスプレゼントだったのだから。 「私は……あの、智成がいてくれれば……いいから」 冴がちょっと俯きながら、真っ赤になってそう言った、途端。 智成が。 あの完全無欠に傍若無人で。 誰も入り込むすきもないほどの自信過剰なあの男が。 珍しいことに。まったくもって珍しいことに。 ――呆けた。 「……なっ、なっ、さ、冴……」 「だからプレゼントは……シンさんと、ベオリさんにあげる」 はい、と星を渡す冴。シンはやっぱり笑いながら、それを受け取った。 「ありがとう。いいお土産になるよ」 「かさばるだけではありませんの?」 「いやいや、初の地球人の友達ができた記念だ。大事にとっておこうじゃないか。ヴエォリ、これは新婚旅行なんだからね。ちょっとトラブルがあったけど」 ちょっと迷惑だったかもしれない、と冴は思う。 けど、この二人にも何かあげたかった。あんな派手な智成の登場は、やはり二人のおかげだったのだから。 色々と、あったけど。 智成のそばにいることが嬉しいのだと、再確認できたのだから。それはこの二人のおかげでも、あるのだから。 「じゃあ僕らは行くよ。イガラシさん、トモナリさん、二人ともお幸せに」 「仲良くなさいませね」 頭を下げて、智成たちが乗ってきたUFOに立つ。まさかそれで宇宙に行くわけでもあるまい。どこかに母船があるのかもしれない。いや、母車だろうか。 銀色の光を放ち、雪の降る空に消える。あの二人なら、きっと仲良くやっていくことだろう。ヴエォリなんかはシンにきつい事を言っていたが、案外二人きりの時は甘えたりしているかもしれない。 そう考えると、少し笑えた。 「はっ」 それまでずっと呆けていた智成が、ようやく表情を戻した。 「ああ、二人は行ったのか。ろくに別れも言えなかったっ」 「いいじゃない。伝わってるわよ、きっと」 きっと。 あの二人なら、それくらいは察するはずだから。 「で――冴、さっき言っていたことだが……」 「智成、寒くない?」 「……? そ、それは寒いが……」 「雪、降ってるもんね」 そう、とても寒い。 だから。 冴は。 ぎゅう――っ、と。 智成に、抱きついた。 「き、今日はやけに積極的だなっ」 動揺した声をあげる智成。そんな風に動揺させたのが自分だと思うと、なんとなく嬉しくなった。 やっぱり自分は智成に、骨の髄までほれているのだろう。 そして、智成もそれは同じ。 だから抱きつくだけで、胸から幸せがじわじわと溢れてくる。暖かくなる。気持ちよくなる。 嬉しくなれる。 一生、離れられないな――と、思う。大きな胸板に顔をうずめながら、冴はそんな風に思った。 「……ね」 「な、なんだ?」 「さっきしてくれたこと、覚えてる?」 「ぼ、僕が何か、したか」 智成の表情が、ちょっとずつ硬くなった。 今更ながらに気付いたのだろう。冴が――怒っているということに。 「さっきUFO乗ってた時――太ももと胸をしっかり触っていたのは、どこのどなただったかしら?」 「うっ……」 「とぼけない、でね?」 「ま、待て。ほらあれは不可抗力というか体勢上仕方ないというか、というか胸なんぞ散々触ったし太ももだってその先だって僕は味わったことがあるんだからああそういう問題じゃないなしかし僕だって他意があったわけではなく冴が落ちないようにと気をつかってだな――」 「えい」 冴は智成の首筋に。 ちょっと強めに、噛み付いた。
「……思いっきり殴られると思ったぞ」 「ごめんね。ちょっとからかいたかったの」 「しかし……この歯形はどうしてくれる。クラスの奴らには一発でバレるぞ」 「あ」
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