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クリエイター名 |
真神 ルナ |
グレイ・ガーディア
・サイト連載小説グレイガーディア
太陽がやっと顔を出し始めたころ、一人の女が崖の上から何かを眺めていた。 辺りにはうっすらと霧がかかり、数メートル先にあるものですらはっきりとその姿を捉えることはできない。 かすかに見える影を目で追いながら、女は舌打ちする。 (この霧さえ晴れれば……) しかし、この霧が晴れるのを待っているわけにはいかない。
「……来る…」
その華奢な体格に不釣合いなほど長いコートを着たその女は、崖下から近づいてくる気配を感じそう呟いた。 少しだけ風が吹き、うっすらとその姿を捉えることができる。 そしてはっきりとうごめくその影を捉えた瞬間、彼女は思い切り地を蹴り…先の見えない崖下へとその身を躍らせた。 漆黒のコートが空中で舞う。
「………!!」
どのくらい落ちたのだろうか…。 その瞳にはっきりと目標の姿を捉えた"女"は素早く辺りを見渡す。 そして真下の絶壁に生えていた木に上手く着地すると、そこから更に下を覗き込んだ。
「…鳥王……!?」
しかし、霧の中から現れたその姿に女は目を見開き…そして再び舌打ちする。 (獣族だとは聞いていたが、相手が王…しかも鳥族の王だなんて聞いてないぞ……!!) 自分がここへ来る原因となった出来事に腹を立てつつ、女は素早く思考を巡らせる。 …逃げる事はできない…と言うより、逃げたくなどない。 この、愛刀「磽隴(ゴウリョウ)」の名にかけて。 ならば、選ぶ道はただ一つ。
「叩っ斬る…!」
長い刀の柄に手を掛け、女は低く屈みこんだ。 本格的に吹き始めた風が、漆黒の髪を艶やかに巻き上げる。 彼女は深く息を吸い込むと横一線…素早く抜いたその牙を、力いっぱい薙ぎ払った。
グレイ・ガーディア
「…ん…?」
女は、頬に当たる冷たい感覚に目を覚ました。パチパチと火が燃える音が耳に心地よい。 (…なんだ…?やけに頭がボーっとする…) 自分の置かれている状況をイマイチ理解できず、彼女はただ仰向けになったまま空を見上げる。 今は、何かを考えることすら面倒だった。体を動かそうとすれば全身に鋭い痛みがはしる。 よくよく思い出してみれば、何かと戦っていた気がしないでもない。 (…私は何と戦っていた?)
「…何だというんだ…」
どれだけ考えてみても、その辺りの記憶があやふやで…後頭部が痛むことから、恐らく頭を強打したんだろう…と考えて、女は心底面倒くさそうにため息をついた。 火をたいた覚えなどないし…第一、何故この場にいるのかでさえ分からない。 (…本当に面倒くさそうな予感がするな…) 彼女…名をリディルと言うのだが。リディルはそう考えて、無理にでも起き上がろうと両腕に力をこめた。 …のだが…。
「っ〜〜〜〜!!」
とたん、言葉に表せないような激痛が走り…そのままパタリと再び後ろへ倒れこんでしまう。 全身の筋肉が悲鳴を上げ…ただでさえ痛かった後頭部をぶつけてしまい、リディルは不意に訪れたあまりの痛みに絶句した。 どうやら、起き上がって移動するのは不可能なようだ。 (…起き上がらずに移動する方法など知らんぞ…!) リディルは苛立ちを隠せず舌打ちする。とても厄介な匂いがするから、本当ならば一刻も早くこの場所を離れたい。 この場所にいれば厄介なことに巻き込まれると自分のカンが言っているのだ。 そして、そういうことに関して彼女のカンが外れたことは無かった。 (…今回ばかりは己のカンに救われることはなさそうだ…) リディルは深いため息をつくと、諦めたように瞳を閉じる。 大地をつたって小さな足音がだんだんと近づいてきているのが聞こえ…それが成人した男のものだと理解したリディルは眉間にしわを寄せて考え込んだ。 懐から護身用のナイフを出すのでさえ面倒くさいし、この動かない体では出来るかどうか分からない。 リディルは瞳をあけて、相手の姿が見えたらどうしようか…などとほんの少しだけ考えてみる。 相手によっては…だが、逃げることが出来るだろうか。逃げるなんて、本当に不本意だけれども。 …否、今の状況ではそれすら不可能に近い。ならば、どうするのが最善の策だろうか…。 しかし、そうこう考えているうちに足音は彼女のすぐ傍で止まり、
「…あ、起きてる…」
と言う気が抜けるほど間の抜けた声と共に、大量の水がリディルの顔面めがけて降りかかった。
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