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クリエイター名 |
櫻正宗 |
サンプル
サンプル1 「死んでるん?ジブン。」 「うるさいっ。生きてるわいっ」 漆黒の髪の毛に浅黒い肌の男性が、うつ伏せで横たわってる紅い髪の毛の少年の背中を片足で踏みつけた。 それに気がつかないはずもない少年はぐいっと上体を起こそうとしたものの、それは踏まれてるから振り返ったのは顔だけで。今、自分を踏んでいる男を見上げた。 暑い夏の日だった。
「何で付いてくんねん。」 「行く方向が同じ方向なだけや。おっさんこそ、オレの前歩きなや。」 「オッサンはないやろう、ジブン。まぁ、ジブンはケツの青いガキつうところか?」 「うるさいなっ。オレを見かけのマンマやと思うてたら、おっさん痛い目合うで?」 「おー。こわ。」 生きていたとわかった男はしょうがないから少年の背中からしょうがなく足をどけてやり、歩き出せば己の後ろから背中に靴の後をつけたままの少年がついてくる。それに気がついた男は振り返ることもなく足を進める。そのスピードは若干というか、歩くスピードにしては早いもの。 それに負けじと後ろからついてくる少年。 続けられる会話。 少年の言葉に、肩を小さく震わせて笑う男。それが気に入らない少年。 そうして行き着いた先はその町にあるただひとつの酒場。小さな片田舎の町でたったひとつのそこは冒険者たちが立ち寄るところにでもなっているようだった。 軋む木の扉を開けて先にはいったのは先を歩いてた男の方。開いた扉は蝶番で閉じようとする。後から付いてきた少年はその閉じようと迫ってくる扉に気がつくのが遅くて、もう寸前で額に直撃しそうになるのを片手を慌てて扉に当てて、閉じかける扉をまた押し開けた。 「おっさん。何して食らわすねん。」 「あぁん?」 「頭ぶつけそうになったやんかっ。」 「なんでオレが、ワザワザお前のメンドー。みたらなアカンねん。」 「普通は礼儀で、次のひとがおるんやったら、扉閉めへんやろうが。」 「さぁ。ボーっとしてたお前が悪いんちゃうか?」 ぶつかりそうになった少年は、先に店に入ってカウンターにもたれかかった男に食って掛かった。あぶないじゃないかと。 その剣幕と違って余裕な笑みを浮かべたままの男。そうして店のマスターが何事だというウ風に二人の男性を交互に見ながらオーダーされてたものをニヤニヤ笑う男にグラスを渡す。 結局なんやかんやで、男に良いように言いくるめられたかのような少年は何も言えなくなって何か意痛そうな視線で男をにらみつける。も、別に男の方は何食わぬ顔して、グラスを傾ける。 すこし間を開けて少年がカウンターのスツールに腰をかける。 「スクリュードライバー。」 まるで女の子のオーダーのような飲み物をオーダーしたのは少年で、それを聞いた男はグラスを口に当てたまま口端を吊り上げた。 そうしてそこにしばらくの沈黙が訪れる。 初対面同士の男二人。出会いがあんな感じで会話が弾むわけでもなく。 でも少年の方はまるでなにか品定めでもするかのように、ちらりちらりと男を盗み見る。 黒い髪の毛。褐色の肌。瑠璃色の瞳。灰色のTシャツにビンテージぽいGパン。ただのその辺にいるようなヒトにみえる。いかにも冒険者だとか騎士団だとか傭兵だとか。そんな風には見えない風貌。むしろ軽そうな印象を与える。 ―――――ナンやねん。コイツ。 少年の心の中の呟き。そう思ってしまうからこそ余計に視線は知らず知らずのうちに男に釘つけになっていったのかもしれない。 「なんやねん。オレに惚れたんか?」 と、やっぱり少年の視線に気がついた男はグラスをカウンターに置けば今までグラスを持っていた手でGパンのポケットに手を突っ込み出した煙草をくわえつつ、ちらりと少年を見て言葉を放った。 「――――――っ。うっサイなぁ。おっさん。…なんでおっさんに恋焦がれなアカンねん。」 きしょいわ。とか悪態をつく少年の姿はすこし必死ぽくも見えて、またそれが面白いから男は煙草に火をつけながら笑う。 立ち上がった紫煙を眺めながら、息を吸い込むとそれをわざと少年の方に向けて吐き出す。そんな子供じみた行為。 煙草の煙が苦手な少年はあからさまに嫌な顔する、そうして少し大げさに顔の前で掌を左右に振る。少年が煙が嫌いなことがわかれば男もまたいやらしくにやっと笑う。 「じゃぁ、なんで。さっきから見とんねん。」 「―そ、それは。やなぁ、なんやあれや。なんか極悪人かと思うたんやっ。」 何故と尋ねられれば、もごもごと口の中で何か言ってたものの、何か思いついた後は勢いよく男に向って言い放つ。まるでそれがまるで正しいかのように。 その言葉をふぅん。と聞き流していた男は煙草を指で挟んだまま、グラスを持ち上げてまた傾ける。その動作が少し癪に障った少年は、思いっきり男をにらみつける。 「つか、ナンやねん。おっさんから話ふっといて、ナンもいわんのかっ。」 「はぁ?ちゃうやろ、元々はジブンが、ずっとオレ見とるから聞いただけやん。『惚れたんか?』って。それ以上はナンも聞いとらんで。勝手にナンヤカンヤ言うとんのは、ジブンやん?」 「―――――っぐ。」 そんな言葉で丸め込まれれば何もそれ以上いえなくなる少年。今まではこんなことなかったのにとかっ呟く心の内。悶々とひとりで心の中で格闘していれば、また煙草をくわえカウンターに代金を置いた男が出て行こうとしていた。 「ほな、オオキニ、ごっそさん」 「………あっ。まて、おっさん」 出て行こうとする男を追いかけようと、慌てて飲みかけのグラスをカウンターに置き、代金も置くもそれは少し多めの硬貨の数。今はそれよりも目の前の男が気になったとか。慌てて後を追いかけるからまた、閉まろうとする扉に頭をぶつけそうになるのを、先ほどと同じようにぎりぎりで回避して。 空の下へと出て行く。 「―――ちょっとまて、おっさん。待ていうとんねんー。」 少年の声が聞こえてるにもかかわらず何も聞こえてないように歩く男。 夏の日差しが少し傾いて、陰を長く作る時間となっていた。 追いかける少年はなんでさっきからおっさんの後姿ばかり追いかとんねや。と自分につっこみを入れていたとかいれてなかったとか。
それが彼らの出会いで、これからの永い付き合いになるであろう始まりで。 そんなことは何もしらないのはその時の彼らだけで。
サンプル2 ――――――アタシはいらない子なの?
「ねぇ、なんでママはアタシをすてたの?嫌いだから?いらないから?…………なんで?」 小さい小さいアタシは必死になって尋ねる。 どうしてママはアタシのことを捨てたの? ねぇ?なんでアタシにはママがいないの? 教会の門の前に置かれていたのはクリスマス。 世の中が浮かれ喜んでいるその日にアタシは捨てられた。 多分、人生初めての絶望。 その事実を知ったのは5歳の時。 マリアが話してくれた。 小さな聖堂の中で。 クリスマスに門の前に置かれていたことを。 けれどもそれが神様からの授かりモノと、マリアもアリサも、クラリッサも喜んだということも。 けれどもアタシはママが欲しかった。 マリアも、アリサもクラリッサも嫌いじゃな。大好きだ。けれどもソレじゃない確かな温もりが欲しかった。
―――――――――ママ、捨てないで。
そこで目が醒める。 契約の最終日に見る同じ夢。 ベッドの隣で眠る男に視線を向ける。 ―――あぁ、今日でこのヒトとも最後なんだ。 と、思えばなんだか感慨深く、嘘でも愛しく思ってしまう。思わずその眠ってる男の頬に指を滑らした。
「じゃぁ、3ヶ月お世話になりました。」 アタシは玄関口でぺコンと頭を下げる。 それになんだか少し居心地悪そうに男はどうしたものかと思案顔でもある。こういう時に気の効いた一言をもらったことはない。 そんなことを思い出しながら、アタシはいつものようににこりと緩く笑って小首をかしげる。 「またね?」 と、言えば。くるりと背を向けて、トランクを持って歩き出す。 今日からまた新しい1日が始まる。そう思って。
「ねぇ、バージンリリー。あなたのママは3人もいるの?」 「ぇ?なぁに、アリス?ママ?――――3人?」 「そう、教会のマリアとアリサとクラリッサ。みんなアナタのママ?」 「わかんない。でも違うと思うわ。マリアはマリアだし、アリサはアリサ。クラリッサもクラリッサだもの。」 「じゃぁ、あなたのママは誰?どこにいるの?」 他愛もないそんな小さな小さな子供同士の会話。時にして子ども言葉は無邪気な分残酷で。 その時のアタシには大きな衝撃が走った。そこをどうやって立ち去ったのかはわからないけれども、アタシはアリスに別れを告げて走って帰る小さな教会へ。 その道で何度も転びながらアタシは怒られるのをわかってて小さな聖堂の扉を勢いよくあけて、扉は開けぱなしで中にいた3人のシスターのうちの一人へと駆け寄る。 その衣服を掴みながら、優しい顔を見上げて息を切らせて尋ねる。 なんの前ぶりもなしに、唐突に。 「マリア。マリアはアタシのママ?」 「え?何?違うわよ?」 「じゃぁ、アリサがアタシのママ?」 「それも違うわね。」 「クラリッサは?」 「それも違うのよ。………バージンリリー。――――――ねぇ、いい?私の話を聞いてくれるかしら?」 立ってアタシのことを見下ろしていたマリアはしゃがみ込み、アタシと同じ視線の高さなりながらアタシに言う。真っ直ぐにアタシの事を見て。 何となくこの雰囲気で、アタシの望んでいる答えとは違う答えが返ってくることが幼いアタシにでもわかってしまうほどに明確すぎた。その状況。 マリアは小さなアタシにも分かるように話をしてくれる。包み隠さず、全てを――――………。 クリスマスの雪降る日にアタシはこの小さな教会の門の前でテディベアと一緒に置かれていた。その厳かな日に神様からのプレゼントからだと思ったことを最後に付け加えて。 けれどもアタシは納得できなくて、唇噛み締めて下を向く。ぼたぼたと落ちてくる涙が床にシミを作る。落ちる涙はわかっているのにそれを拭うことはしなかった。そんなことはどうでも良かったから。 突きつけられた事実にイッパイで。 じゃぁ、アタシのママはどこ? アタシはママに捨てられたの? 言いたいことはたくさんあったのに、何もいえなかった。ただ鼻をすすり上げるだけ。そんなアタシをマリアは優しく抱きしめた。 その腕は更に涙を誘うほどに暖かく、優しかった。 「私たちはアナタのママにはなれないけれども、アナタのことを愛してます。とても大事で愛しい存在です」 その言葉にアタシは泣きながら、マリアに抱きついた。 そうして大声で泣いた。 マリアはアタシが泣き終わるまでずっと抱きしめてくれていた。 「なんでママはアタシのことを捨てたの?置いていっちゃったの?――――…アタシのことが嫌いだから?こんな子いらなかったから?」 「――――――………。」 「イッパイ泣くから、嫌いになっちゃったの?」 「―――――――。」 「アタシのこと忘れちゃったの?」 そんな大人を困らせる問いかけに、回答があるはずもなく。その代わりにマリアはずっとアタシのことを抱きしめながら頭を撫でていてくれた。 その晩。アタシは一緒に捨てられたテディベアを抱いて泣きながら寝た。
―――――――お利口さんにしていたら、ママは逢いに来てくれる?
降り注ぐ日差が暑く感じる。そろそろ夏がやってくるらしい。 次へと続く新しい街へと行ってみようか。 新しい出逢いがあるかもしれない。また、どこかでアタシのことを必要としてくれるヒトがいるかもしれない。 何もできないアタシが唯一、お金をもらえる手段は世間的に毛嫌いされるかもしれないけれども。アタシは愉しかった。短い期間だけれども、嘘でも愛を囁いてくれて必要ともされる。それがただ嬉しかった。 お利口さんになれなかったあたしにママは逢いには来てくれなかったけれども。ママが恋しかったけれども。アタシのことを愛してくれるといってくれる3人の少し恐いシスター達のことは大好きで。寂しかったけれども、寂しくはなかった。 新しい契約が終る日にまた同じ夢はみるだろうけれども、悲しくて思い出してやりきれなくなるだろうけれども、アタシはそれで充分だった。
新しい街まではどれくらい歩くだろう。
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