|
クリエイター名 |
水月小織 |
BAROQUE前史 20XX Homicide
梅雨独特のまとわりつくような不快感。 昨日も今日も雨…エアコンをつけてない室内は蒸し暑く、学校から帰宅したばかりの僕の神経を苛立たせる。 時間は午後3時。僕は制服を着替えるのもそこそこにテレビのスイッチを入れた。テレビでは、ちょうどこの前起こった猟奇殺人の話題にさしかかったろうとしていたところだった。CMの間に制服の前ボタンを全部開け、冷蔵庫から飲み物を出しその話題が出るのを待つ。 ……世間ではこのところ低年齢層による犯罪や、猟奇的犯罪の話題でにぎわっている。 それは何かが崩れるようにゆっくりと、そして確実に僕たちの世界を侵蝕している。 「このような低年齢層の犯罪は昨年より増えつつあり……」 精神科医の鑑定、コメンテーターの知ったかぶりな台詞。心理学者の意見に、ちょっと前に出た猟奇小説への批判…。 「よく飽きないよな、まったく」 子供が起こした理解できない事件があると、何かのせいにしようとするのは大人の理屈だ。読んでる本、インターネット、携帯…大人が差し出した物に子供が手を出しただけで、何故それが事件の理由になる?何かのせいにしないと理解できないのか? 「……くだらないね」 僕はテレビの中で続けられている不毛な討論を消した。その瞬間、あたりに帰ってくる言いようのない静けさ。 「………」 僕は知っている。 世界が少しずつ歪んできていることを。 世界が歪みを修整できなくなってきていることを。 そして僕もまた、歪んでいるのだと。
雨はまだ降り続いている……。
自室に戻って僕はベッドに仰向けに倒れ込んだ。そして目を閉じ、自分の思想にゆっくりと浸かっていく。 学校であった出来事、過去の嫌な思い出のようなたくさんの泡の中から、一つだけ深く考えたいことを掴みだし、それで頭をいっぱいにする。 …人を殺すエネルギーと自分が死ぬエネルギーは、一体どちらが大きいのだろう。 自分と相手の世界の中で、自分がいない世界を選ぶのが自殺、Suicide。 相手がいない世界を選ぶのが殺人、Homicide。 ひたすらに何者かから逃げ続け自分のいない世界を望むのか、目の前の相手を消し去ることを望むのか、どちらが正しいかなんて分からない。 人の心の影は光が強ければ強いほど、その影もまた濃い。 ただ、自分が消えていくことよりも、他人を消す方が大きな問題や話題にはなるのだが…。 「………」 僕は目を開け、今考えていたことを手から滑り落とした。 「こう考えていることも僕の歪みなのか?」 いや、世界は確実に歪んでいる。誰もが歪みを抱えて、その歪み…バロック・歪んだ妄想にすがって生きている。 自分が死ぬバロック、殺されるバロック、自分は平和だというバロック。 そして、バロックという名のバロック……。
雨はいつの間にか止んでいた。
「あら、帰ってたの?」 「ああ、雨だったからまっすぐ帰ってきたよ」 買い物から帰ってきた母親に、僕は部屋から顔を見せいつものように微笑む。他人から見たら何も問題ない家庭、むしろ幸せな家庭。 「お父さん帰ってきたらご飯にするから、ちょっと待っててね」 「うん、分かったよ」 僕は後ろ手にナイフを持ったまま部屋のドアを閉めた。 不満も憎しみも持ってない。きっと誰にも分からない。理解なんてされなくてもいい。 理由があるとするのなら…。
…僕のバロックを現実にするために。
fin
|
|
|
|