|
クリエイター名 |
にんぎょひめ |
サンプル
星空に抱かれて
今日からみんなでキャンプに行く。弥生(やよい)が参加した理由はただ一つ。嘉月(かづき)が参加するからだ。弥生は嘉月に初めて会った時に「タイプだ」と思った。嘉月はとても優しくてあったかい人で、話しているうちに弥生は嘉月にどんどん惹かれていた。嘉月には彼女がいる。想いが届かないのは弥生にもわかっている。だから、せめて想い出だけでも作ろうと思い、参加したのだ。嘉月の彼女は参加していない。どうこうしようとは思わない。想いを告げる気もない。嘉月の彼女には申し訳ないと思いつつ、ただ少しでも長く一緒にいられたら…。そんな気持ちだった。 一日目は移動でその日のほとんどを費やした。泊まる場所はコテージだった。みんなが眠りに就いても、弥生はずっと嘉月のことを考えていた。どうしても眠れそうにない。起き上がると、みんなを起こさないようにそっと外に出た。別のコテージにいた嘉月はふと目を覚ました。窓の方に目をやると、弥生が外に出て行くのが見えた。 「弥生…?」(どうしたんだろう?) 嘉月もみんなを起こさないように起き上がると弥生のもとへ向かった。
空には満天の星。 「うっわー、きれーい!!」 弥生はそばにある岩に腰掛けた。 「二人で見られたらロマンチックだろうなあ…」 ガチャッ。 「えっ?」 振り向くと、そこにいたのは嘉月だった。 「嘉月…!」 嘉月は弥生に近づいてきて、隣に腰掛けた。 「どうしたの、弥生?」 「嘉月こそどうしたの?」 「弥生が出てくるのが見えたから」 「そう…」 「眠れないのか?」 「まあね。」 「そうか。」 そう言うと二人とも星空を見つめ、しばらく沈黙した。静寂が二人を包み、二人はしばし空気と一体となった。どれくらい経っただろうか。時が止まっているようだった。弥生はこのまま時が止まってほしいと思った。
「星がすっごい綺麗だね。」 空を見上げたまま弥生が言った。 「ほんとだよな〜。都会にいたらこんなに見えないもんな〜。」 「ずっとこうしていたいね。」 「そうだな。」 「………」 (どうしよう…。こんな風に二人っきりになれるなんて。こんなこと、もうないだろうな。今言わなきゃもうチャンスはないよね。でも言ってどうなるというの?言うつもりはなかったはずなのに。) 「ねえ、嘉月。」 弥生は星空を見つめる伽月の横顔を見ながら話しかけた。 「…ん?」 嘉月も弥生の方を向いた。弥生は次の言葉を出せずにいた。言いたいけどなかなか言えずに、しばらくの間二人は見つめ合った。 「何?どうした、弥生?」 弥生は目を合わせられなくなって、前を向いた。 「うん。あのね…。」 弥生は覚悟を決めて、嘉月の方に向き直した。 「私ね。ずっと嘉月のことが好きだったの。」 弥生が自分に好意を持っていることはうすうす感づいていたが、それでも嘉月は驚きと戸惑いを隠せなかった。弥生は迷いながら、それでもしっかりと嘉月の目を見ながら続けた。 「…ごめんね。彼女いるのにこんなこと言っちゃって。言うつもりはなかったの。でもこんな風に二人っきりになったら、言わずにはいられなくなって。どうこうするつもりはないよ。二人の幸せを願ってるから。だから想い出を作るつもりで…。なんで言っちゃったんだろう。ごめん…。」 「弥生…。」 弥生は耐え切れずに視線をそらした。
嘉月はどう言葉をかけたらいいかわからなかった。しばらくの沈黙の後、弥生は前を向きながら言った。 「…ねえ、嘉月。これってきっと夢だよね。」 「えっ?」 「私が嘉月に告白する夢。朝になって目が覚めたらみんな夢。だから…」 弥生はうつむいて口ごもった。前髪が目元を隠しているので、嘉月の方から弥生の表情はうかがえなかった。 「だから…?」 「だから…もう少し夢を見させてくれないかな?」 嘉月のほうを向いた弥生の目からは涙が零れ落ち、弥生はそのまま嘉月の肩にもたれかかった。
嘉月はどうすればいいのか戸惑っていた。自分には彼女がいる。しかし、今自分の目の前で涙している弥生を拒絶することはできなかった。拒絶することが弥生のためであり、それも優しさだとわかってはいたが、拒絶された弥生の姿を見ていられるほど強くはなれなかった。嘉月は覚悟を決めて、弥生の肩に手をかけ自分のほうに抱き寄せた。弥生は頬を伝う涙を拭うこともせず、目を閉じて黙ったままだ。 (私の恋はここで終わり。だから今だけでいい。このひとときを、私にください…) 星空に抱かれながら二人はしばらく時の流れに身を任せた。
先に沈黙を破ったのは弥生だった。 「…ごめんね。」 身を起こしながら続けた。 「ありがと。気が済んだ。」 立ち上がって涙を拭きながら明るく言った。 「ねえ、嘉月。最後にもう一つお願いしてもいい?」 「えっ?あ、ああ。何?」 「夢から醒めたら、いつもどおりに接してくれる?」 「…ああ。」 「ありがと。私もすべて忘れる。今日のことも、嘉月のことが好きだったってことも。もう何も言わないし何もしない。だから嘉月も全部忘れてね。じゃあ、また明日。」 そう言うと弥生は、振り返ることなく走って自分のコテージに帰っていった。 嘉月はしばらくその場を離れることができなかった。 (本当にこれでよかったんだろうか…。) 星を見ながら自分に問いかけた。 「…これは夢だ。そう思うしかないな。」 気を取り直して、嘉月は自分のコテージへと戻った。
次の日の朝、目覚めた嘉月はぼんやりとした頭で昨日の夜のことを考えた。 (昨日のはいったい何だったんだ…?あれは夢…じゃないよな?) 嘉月と顔を合わせた弥生は明るい笑顔で挨拶した。 「おはよー!」 弥生の顔からは昨日の夜のことは微塵も感じられなかった。嘉月は昨日の出来事が事実だったのかどうかわからなくなっていた。 二人の思いをよそにして、キャンプの二日目は始まった…。
< THE END >
|
|
|
|