t-onとは こんにちは、guestさん ログイン  
 
総合TOP | ユーザー登録 | 課金 | 企業情報

 
 
クリエイター名  綾塚るい
『テストと言う名の恐怖』

■『テストという名の恐怖』


「……うそやろ?」
 そんな独り言が浅海ひろこの口から漏れたのは、今日の授業が一通りの終わりを迎えた、帰りのHRの時間だった。
 ざわざわと、何時も以上に忙しない教室内。その至る所から、普段とは違うある種独特の悲鳴やら、喚起の声やらが沸き起こっている。
 見ると、白い用紙を目の前に、ホッと胸をなでおろす者。はたまた今すぐにでも窓をこじ開けて自殺しかねない顔面蒼白者など、その表情は千差万別。――ただ彼女の場合、この顔面蒼白者の一人の中に加えられているのだが――何故こんな自体が発生しているのかというと……。
 そう、つい先日終わりを迎えた二学期の中間テストの結果が返ってきたのだ。
 学生にとって、テスト直前までの一週間は半ばストレス症状の出た犬。そしてテスト期間中を極限状態の精神力で乗り切り、終わった後も束の間の休息を取った後で、すぐさま崖へと突き落とされる……それはこの世に学校というものが存在する限り、全く区別無く発生する一連の心理現象だ。
 類に漏れず、ひろこは担任から戻されたテスト結果用紙を目の前に、酷く引きつった笑顔を見せながら愕然としていた。それは学校内では滅多に使わない関西弁が、己の口から零れている事にさえ気づかない程。片手で軽く前髪をかき上げると
「ちょ……ちょぉ待ってぇな……勉強しとったのに何でやねん……」
 そんな呟きが、周囲のざわめきに溶け込む。
 ……無理もない。普段毎日バスケ部と飼育部を行き来し、用が無ければ幼馴染の家へ遊びに行きまくっている彼女が、直前一週間の間に猛勉強をしたところで、その実力はたかが知れている。だがしかし、本人はそんな事に気づいていない……いや、気づかないようにしているといった方が正しいか。
 現に窓際の前から三番目の席に前傾姿勢で座り込み、両手に持った細長く小さい用紙に書き記された数字の羅列を半ば食い入るようにして見つめているのは、数字の見間違いではないかと心の其処から願っている証拠だ。
 付け加えておくが、幾ら見つめたところでそれが摩り替ったりする筈が無い。
 ちなみに彼女が手にしている用紙には、次のような事が記載されている。

 生徒指名 :浅海ひろこ
 学年クラス :初等部5年A組
 国語得点 :49
 算数得点 :31
 理科得点 :38
 社会得点 :35
-----------------------
 総合得点 :191

 どんなにお世辞を使おうとしても、決していい点数とは言えない―ある意味いい点数だが―それを、むむむっと眉間に皺を寄せて眺めつつ、真っ先に想像したのは、この用紙を見せた時の家政婦の顔だった。
「どないしよぉ……小巻さんはこっわいねん。見せん訳にもいかんし……」
 現在両親とは一緒に住んでいない事もあって、家政婦である小巻さんが自分の親代わりとして面倒を見てくれている。その為、成績管理も全て彼女が取り仕切っているから、当然この用紙も見せなくてはならない。何より、普段は優しい小巻さんも、成績の事となると人が変わるのだ。

「ううっ……やっぱ絶対間違うとる!うちちゃんと勉強しとったもん!」
 ガタン!と大きな音を立てて立ち上がると、まだ他の人のテスト結果を返すために大声を張り上げている担任のところへとにじり寄る。無い知恵を搾り出し、思いついたのは「先生の採点ミス」という何とも現実逃避じみた考え。
 しかし、どうやら自分と同じように、現実逃避したい人間が他にも何人か居たようで、既に先生の周りには目の下に隈をつけた妖しげな集団がたむろしていた。
 だが此処で引くわけにはいかない。
 持ち前の俊敏さを使って、並み居る敵を払いのけると、担任の目の前に佇んで……

「先生!!これ絶対採点ミスしてはります!!もう一度ちゃんと見たって下さい!!」

 叫ぶ声が、担任の声すらも遮って廊下にまで木霊する。
 一瞬静かになる教室で、クラス中の全ての視線が浅海ひろこに集中したのは、普段人前では滅多に使 わない関西弁で彼女が怒鳴ったからだろうか。何事かと、訝しげにひろこの方を見やった担任は、彼女が持ってきた答案用紙をじっと眺めると、パッと顔色を薔薇色に変えて、楽しそうに言ってのけた。
「…………おお、すまんすまん。本当だ、俺とした事が採点ミスだ」
「やっぱり!!」
「ここの総合得点、191点じゃなくて153点だ」
「……は?」
「えらいなぁお前、言いにこなきゃこのまま成績表に記入してたぞ俺」
「……へ?」
真の抜けた表情を見せるひろこに投げかけられた、担任の無慈悲な言葉に、クラス中が「馬鹿じゃん!」と野次を飛ばしたのは、言うまでもない。

END
 
 
©CrowdGate Co.,Ltd All Rights Reserved.
 
| 総合TOP | サイトマップ | プライバシーポリシー | 規約