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クリエイター名  小林 ゆら
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 駅に近づくにつれ、人と人との間から、擦り切れた炭鉱節のメロディーが細々と流れてきた。斜め上前方の群青色の空に、白々とした三日月が見えていた。その下には、私たちと同年代の子たちや、子供を連れた家族達がバラバラとしながら同じ方向に忙しく賑やかに流れる。日が落ちても、コンクリの道には依然熱が篭っていて、じめっとしていて、独特な臭いがした。
 この日も、熱帯夜だった。向こうのほうで、赤っぽい色がちらちらし始め、炭鉱節の音量はだんだんとフェード・オンしていく。

 私は小さく咽た。すぐそばの高いところから流れてくる煙が、喉に絡んできたのだ。
 どうして最近はこんなに気になるのだろう? 毒物を避けるように拒否反応が出てしまうのだった。
 最近、ユウのタバコが増えてきたような気がしていた。いや、確実に増えていた……。彼が歩きながら吸うことは、たまにはあったものの少なかったはずだが、この頃は私服でいるならば道を歩くたびに火を付けていた気がする。彼も就職活動で、ストレスが溜まっているのだろうな、とは思っていたが、正直ちょっと不快に思っていた。補導されてしまっては、元も子もないというやつだし。
「ねえ、人が多いから消した方がいいと思うな」
 私は、渋々な感じで注意をした。また煩いやつだと思われるんだろうな、と思った。
「あー、まぁ……そうだな」
 ユウは別にムッとするわけでもなく、ポケットから出そうとしたタバコの箱を引っ込めた。

 それから、私たちはとくに会話もせず歩いた。
 周りはだんだん屋台の数が増えていって、色鮮やかになっていった。人もだんだん増えてきて、人の頭でゴロゴロした芋洗い状態になって、身動きが難しくなってきた。
 足元で小さな男の子が豪快にぶつかってきたり、流れに逆らって無理やり進んでくる中学生ぐらいの女の子たちが居たり、イライラさせられた。歩くのが遅い私は、さっさと歩くユウに手を引かれ、半強制的に早足になる。
 ユウの背は、まだ少しづつ伸びていたみたいだ。いつの間にか百八十センチを超えていたみたいで、人ごみの中に居たって頭一つ分飛び出していた。たとえはぐれても、すぐに見つかっただろうと思う。
「食うか?」
 目の前に見えた たこ焼きの屋台に目配せして、ユウは私に訊いた。
 私は、「うん」と頷いた。
「じゃ、ここで待っててね」
 私の頭を軽くたたいて、ユウは人ごみを器用に避けて屋台の方に歩いていった。
 そこには、パイプ椅子がいくつか置かれていて、子供に焼きそばを食べさせているの女の人やおじいさんが座っていた。私は、ひとつだけあいていた椅子に座った。
 受験勉強のプレッシャーから開放され、非現実的で夢を見ている状態になった。
この先のことも、前のことも一切考えたくなかった。久しぶりのデートでもあったので、楽しまなくちゃ、と思った。
 
 ついさっき夕飯を食べてきたはずなのに、屋台から漂う匂いに胃が活動しだした。
 いい具合の焼き加減のたこやきに、紅生姜をたっぷりと乗せた。紅生姜がやけに美味しく感じて、食が進む。
「しかしお前、最近よく食べるなー」
 たこ焼き一箱六個入り中、四個を食べてしまった私をまじまじと眺めては感心したようにユウは言った。
「ストレス食いかもね」
「さすがに太るんじゃ……」
「太ってくれるならいいけど」
「おっぱいにつくといいなぁ」
「ぶっ」
 食べていたたこ焼きを噴出しそうになり、私は慌てて口を押さえた。
 なんとなく目をやった方向に、見覚えのある顔が見えた。家の人たち(姉親子と母以外)は、お祭りの会場のあちこちに散らばっていたので、会うのは不思議ではなかった。
「ミキだ」
「へ?」
 中学時代の友達といる、と言っていたはずなのに、一人でいるみたいだった。けれど、それは見間違いで……彼には連れがいた。明らかに、学校の友達ではなかった。
「あいつ、いつの間に?」
「見たこと無いよね、あの人」
 ミキの目線のあたりに彼女の頭のてっぺんがきていたので、女性にしては背が高い方だった。
白いTシャツにジーンズを履いていた。髪の毛は黒くて長く、赤い口紅をしていて、どうみても中学生ではなく、大学生かOLの人に見えた。見たことがない、と思ったけれど、どこかで見たことがあるような気もした。
 私達が声をかけようかかけまいかとまごついているうちに、ミキたちは人ごみに紛れてどこかに行ってしまった。
「つきあってるのだろうか?」
「さあ、どうだろ? ヤツは、ジーさんだからか、ういた話がないもんな」
 ミキは、過去の心の傷が災いして、恋愛に対して前向きになれないことを私に訴えてきたことがあった。いつも一歩ひいたところで、恋愛を考えているふしがあった。それに、ミキはもう高校一年だったけれど、私の中では、どうしても小学生のイメージが強かった。
そんな彼が恋愛をするということは、あまりピンとくることではなかった。
「ま、あいつも色々あるだろうさ」
「そうね」
 私達は、椅子から立って、色とりどりの屋台の前に広がる人ごみに紛れていった。飴を食べたり、少しゲームで遊んだりしているうちに、花火の時間は近づいてきた。



 
 
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