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クリエイター名 |
黒風 |
サンプル
黒き雨
雨が、降っている。真っ黒な雨が。 いや、正確には夜の闇によって雨が黒く見えているのだ。一切の明かりの無い、吸い込まれそうな闇によって。 その中を一人の男が歩いている。傘も差さず、何か目的がある様でもない。ただ無気力に歩き続けている。 「とうとう、何もかも失っちまったか……。だけど、お前はそれでも『生きろ』って言うんだろうな」 突然立ち止まり、誰も居るはずがない虚空に向かって男は呟く。顔を上げた為に雨が降りかかるが、まるで気にする事なく続ける。誰かに語りかける様でいて、同時に自らに言い聞かせる様にも見える様に……。 「『生きてりゃ、どんなに小さな事でもきっといつか良い事がある』 それがお前の口癖だったよな……」 しかし、もうその言葉を聞く事は出来ないだろう。それを言う相手は、もう居ないのだから。 「耳にタコが出来るほど聞かされたよ。こんなんじゃ、自分から命を投げ出す訳には、いかないよな。……今の俺は抜け殻みたいなものだから、暫くの間は生きる目的を探す事になるだろうがな……」 それだけを言うと、男は前を向き再び歩き出す。闇に包まれているおかげで前方が全く見えないが、男は変わらずにただ歩き続ける。 暫くの後、誰も居ない空間には雨の音のみが木霊していた。
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