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クリエイター名 |
日月 哉 |
サンプル
【きまぐれ】
ドアを開けた瞬間、ヨーマはその整った面立ちをヒクリと引き攣らせた。可愛い弟・アレンは髪の毛の中に埋もれる丸い耳を下げながら兄を潤んだ瞳で見上げてくる。 どうしたことか、その愛らしい容姿は泥に塗れて、その腕の中には小さな子猫が抱えられている。 まさに【子犬が子猫を拾ってきた】。 「それ、どうしたんだ?」 「あのね、北の沼のね泥の中で泣いてたの」 北の沼には魔女が住んでいる、そんな噂が実しやかに囁かれる場所。其処には行くな、と言われていたにも拘らずアレンは時折その周辺の花畑に花を摘みにいってしまう。 困ったもの、けれど今は其れよりも子猫が問題だった。 「アレン、俺たちはドッグヒューなんだ。そのお前が猫を拾ってきてどうするんだ…」 取り合えず迎え入れたは良いが、小さな猫を抱えて話さない。 キャットヒューとドッグヒューは決して仲は良くない、それは学校でも習うこと。この世界には様々な種族がその種族ごとに暮らしている。 「でもね!…可哀相なの…、あんまり動かないの、この子…」 「はぁ、…仕方ない。兎に角、お風呂に入りなさい。子猫も洗ってやるから」 「!にいに!ありがとっ!!」 ぱたたっと小さな尻尾を揺らし、辺りに泥を撒き散らしながら風呂場に走っていく。ヨーマは手の中に残された子猫とその泥に頭を痛めた。 家族は二人だけになってしまった。父親も、母親もみんな…ウルフヒューとの戦いで死んでしまった。その背後にいたのがキャットヒュー。人々の恨みは深い。 「…、敵わないんだよなぁ…アレンには」 その瞳で見つめられてしまうと何でも許してあげたくなる衝動に駆られるのだ。 「お前、暫くしたら出てけよ」 「なんでさ」 ヨーマの声に猫が人型をとっていく。銀色の長い髪も、猫耳、尻尾、綺麗に整った顔も今は泥まみれである。 近くにあったバスタオルを投げると其れを腰周りに巻きつけ、その猫らしいしなやかな腕をヨーマの首に絡ませる。 「酷いじゃ無いのさ、折角会いに来たのに」 「…、シャルマ、いい加減諦めろ…」 シャルマはオッドアイを細めてヨーマの体を愛しそうに抱き締める。 二人の出会いは北の沼、シャルマは北の沼の魔女と呼ばれる存在。魔女、ではあるが彼は列記とした雄キャットヒュー。 偶然薬草を取りに行った時にシャルマに一目惚れをされてしまった、まさに被害者。 「アレン君可愛いねぇ」 「…殺すぞ」 「やだなぁ、僕は君一筋だよ。だって、運命だから」 殴ってやろう、そう思ったとき。 「にいに〜、猫ちゃんまだぁ?」 「!」 小さなタオルを巻きつけたアレンが部屋を覗いている。慌てて目の前を向くと其処にシャルマは居らず、にーにーと鳴き足にじゃれる子猫。 「あ、あぁ、今連れてく」 仕方なく抱えるとシャルマは嬉しそうに鳴いた。 「名前、どうしようかな〜?」 「…シャルマでいいんじゃないか」 「飼ってもいいの?!」 仕方が無い、シャルマを追い出そうにも出て行ってくれそうにも無いのだから。
奇妙な同居にヨーマは激しい頭痛を覚える。 とりあえず、アレンを守ることだけを考えようと、その足を浴室に向けた。
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