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クリエイター名  未枝田 合御
サンプル

【彼女はベン・ジョジョ〜運の精霊〜】

「ご指名ありがとうございます! 運の精霊、召喚の儀式にのっとり、ただいまご主人様のもとに到着いたしましたっ」

その瞬間、大大大好物のチキンカレーを食べてたオレの手が、止まった。
ゆっくり背後を――玄関の方を見ると、……そこには。
「……誰?」
 変なフリルと配色の服をまとった、見知らぬ顔の少女。
思わず『もっ、萌え〜』と叫んでしまいたくなるようなその声音。

アイドル軍団・イブプロのみっちも子役で名を成さしめたハコアイも、つい顔を背けてしまうほど整った愛らしい顔立ち。
だが、そんなアイドル顔負けの美貌の少女の頭には――
「……えっと」
 茶色いウン――い、いや、もとい、とぐろを巻いた蛇のようなモンがドーンと乗っかっている。
茶色い山を頭に乗っけた、超美少女。

――あれーこんなマニアックなヤツ知り合いにいたっけーとか思った時点で、思考がフリーズした。
……。匂う。

あの独特な匂いが、ぷーんと、この窓一つのぼろアパートの一室に充満し始め、おいしいおいしいカレーの匂いもあっという間にどこかへと……。
……。
「あのさ、君」
「はい、なんでしょうご主人様?」
「……君さ、家、間違えてない?」
 自称風俗オタクの青年の部屋は隣だよ、とオレは右隣の壁を指差した。

うん、きっとデリだ。デリバリー風俗サービスのお嬢さんなんだろう、彼女は。ちょっと風変わりの趣向の殿方を満足させる、崇高な使命を持ったお嬢さんなんだ。間違えて入ってくるなんてかわいいとこもあるなーなーんて……。
 そう信じたいオレの心を知ってか知らずか、少女は軽く頬をふくらませ、ピンクのウェーブヘアーを左右に大きく振る。
「違います、そんなものに用があるんじゃありませんっ」
「……。じゃあ隣のばーさんにかな?」
 今度は左隣の壁を指す。そっちには自称・超有名デザイナーのばあさんが住んでいる。

ああ、きっとそっちだな。この奇抜なファッションはきっと、あのばーさんが作ったパリコレの新作なんだ。で、匂いは開発されたばかりの新種の香水。
そうだそうだ、そうじゃなきゃ考えられん。

じゃなきゃ――美少女が茶色いとぐろを頭にかぶってるのは、あまりにも痛すぎる。
しきりに、一人うなずくオレに対し、しかし少女は不安げな顔を作った。
「某K大学二年・工学科、趣味はジョギングと町のボランティア、青森の実家からなぜか林檎を一度も送ってもらったことがない明智健さまのご自宅はここではないのですか?」
「いや……、それは、確実にオレだけど」
 言った瞬間、少女の瞳があまりに明るく輝いた。
「ああ、良かった! では間違いはございません。ご指名ありがとうございます、ご主人様」
「いやいや、間違えてるって。第一オレ、指名なん……て……」
 ……。
「うああああーーー! くせぇぇぇぇっ!」
 ダメだ、臭い! 臭すぎるっ!
オレはついに耐えかね、鼻をつまみながら部屋の奥にある窓へ駆け寄った。
 勢いよくガラリと開き、心機一転深呼吸。……ああ、ありがとう排気ガス。お前の匂いはバラにも優る。
「っはー、はー、はー、に、匂いが……マッタリとした匂いが……っ」
「まあ、ご主人様、どうかなさいましたか?」
「わー動くな空気がみだれるっ!」
 オレは少女を慌てて手で制し、窓にへばりついた。
「どうかもなにかもないっての、アンタのせいだっつーの! っつーかそこから動くな、匂いが舞うっ」
「え、でもこの匂いは……」
「いいから動くなミリ単位で体動かしちゃダメ!」
「……すみません……」
 オレの言葉に少女は素直に体を止め、うなだれた。
 しゅんと静まる少女にあれっ、何だこのトキメキ。
 ――う、ヤバイ。

服の趣味や匂いはともかく、この子……オレが弱いタイプだ―ってしっかりしろ、オレ!
 空腹のせいだろうか、それともこの匂いのせいだろうか、まともな思考が出来ない。
 我に返り、コホンと一つ咳払い。鼻で息をしないように気をつけながら、オレは改めて少女に向き直る。
「あー、で……その、アンタは一体……なんなんだ?」
「はい、わたくしは幸運の魔女、ベン・ジョジョです」
「うわっやな名前」
「まあ、やな名前だなんて! これは歴代最高の魔女につけられる、由緒正しい名前なんですよっ」
「……便所が?」
 違いますベン・ジョジョです、と少女は胸をそらしてもう一度、誇らしげに名乗ってみせた。
誇られても困るけど。
「……うん、名前は、まあ、いいや。
 じゃあ、幸運の精霊ってなに? オレ、バイト暮らしで金ないし。勧誘ならお断りだよ」
「勧誘ではありませんっ。幸運の精霊は、字ごとく! 呼んで下さった方にお仕えし、幸運をもたらす存在のことです」
「よ、呼んだ? オレが?」
「はい、一週間の水曜日、召喚の間で」
 オレの問いに、少女――自称精霊は顔を赤らめながらうなずく。
「え、でもオレ――」
 そんな怪しげな宗教にも、黒魔術サークルにも入った覚えは、ない。
 その日は確かバイトが休みで、日課のジョギングをして……た記憶はある。でも、それだけだ。そんな召喚だの、魔女だの、怪しげな名前にかかわるような場所に行ったことは、もちろんない。
「召喚の間って言われても……行った覚えがないぞ」
「あるではありませんか、ここの近くに。緑と水に囲まれし、美しきうるおいの地が――」
「うるおいの地?」
「ぶっちゃけて言えば公園のトイレ」
「便所かよっっ!」
「そう、全都道府県、全日本、全世界、全宇宙のトイレは私たちと交信できる召喚の間なんですよ? ご存じないんですか?」
 いや、そんなきょとんと問われても……初耳すぎて逆にポピュラーなのか不安になるだろが。
「そんなん知らないよ、オレ……じゃあなんかの間違いなんじゃないか? トイレなんて大抵の人間が入るだろう」
「いいえ、違いますよご主人様。ただトイレに入って用を足すだけならば、そこらに群れてはいつくばって命乞いすることしかできない下劣で脳タリンの下等生物にだってできます」
 うわぁ……ニッコリ笑顔で毒舌吐いたよ、コイツ。
「もっと喜んでください。ご主人様は私たちの主人にふさわしいお方だと、そう認められたのですから」

そっと己の胸に手を当て、長いまつげを伏せたその顔は、まるで天使もかくやといわんばかりの清らかさに満ちている。でもオレはもうみとれない。だって言ってることが怖いもん。
「あなた様は、悲しくも床に打ち捨てられていた幸運の素――これがないと私たちの国は成り立たないのですが――を、わたくしたちの国まで返還してくださいましたよね?」
「……はい?」
「お忘れですか? 誰もが忌避し、無視し、その裡に秘められた魔力のことを知らないがゆえに嫌悪する、あの薫り高き塊を」
「薫りの塊ぃ? オイオイ、間違ってるって。オレはそんなもの……
 ……………………。
…………。
……!」
 その時オレは思い出した。あの日の忌まわしい記憶を。

急な激痛に苦しむオレ、さ迷ったあげくの果てに見つけた天国の扉、入った瞬間目にした茶色のデカブツ、匂いにおける地獄、死闘、己の限界、そして、ぺちょりと……手についた、あれの感触――……。
ピシリ、とオレは自分の顔が引きつったのを感じた。
 ――忘れて、たのに……っ。
せ、せっかく、忘れられて、たのに――この……この……!
「あなた様はあまりに優しく、紳士的な態度でゲートへ素を返してくださいましたね。ティッシュでそっと、まるで壊れ物を扱うかのように……ああっ、なんて優しい、自愛に満ちた方なのかしら!」
 人のことも気にせず、自称精霊は悦っている。
浮かぶ笑顔、キラキラ輝く瞳に、オレは――
「その態度、心意気! 私たちへの恩義! それらが合わさって初めて私たち【幸運の精霊】を呼ぶ儀式と……」
「……帰れ」
 切れた。
「えっ?」
「帰れ」
「……なっ……なにをおっしゃってるんですかご主人様!
 悪行多き、荒んでいく人類の中であなた様のようにご立派な方にこそ私たちは仕えるべきでっ」
「アぁホかお前はぁぁっ!!」
 心から声をふりしぼり、叫ぶ。
「おっきいアレを便器にちょいと戻しただけでそんな大事に巻きこまれてたまるかぁっ!! 帰れ今すぐ帰れ音速の壁も乗り越えてとっとと帰れっっ!」

が、心外! といった様子の自称精霊、ぷぅと頬を膨らませて身をこっちに乗り出してきやがった。
「そんな言い方ひどいですご主人様っ。わたくしがいればどんな不運もコテンパンに叩きのめして上げられるというのに!」
「んなもん自分でどうにかするわっ。大体、ちょっとアレを戻したからって感謝されてお前らのよーな悪臭放つヤツらが訪問してくんならバキュームカー業者はことごとく精神異常起こして廃業しちまうわ!」
「誤解です! この匂いは運を惹きつける香料、略して運香というものでして☆」
「お前の国の言葉は言語として認めないっ。ついでにお前の存在も拒否るからとっとと荷物まとめて家帰れ!」
「いいえっ、無理です。一人の主人にお使えするのが精霊のさだめなんですっ。
 ……例えそれがどんなに引きこもりのオターだろうとねらーだろうと毒男だろうと喪男だろうと選ぶ権利がなく仕えて仕えて仕え倒すんだから精霊も結構不憫なものなんですよー?」
「うあなんかオレの心の底が抉られたように痛いっ……頼むから帰ってくれオレがショック死する前に」
「きゃっ、ご主人さまったらオ・ク・テ☆ そんなだから運を逃しちゃうんですよ。だから、ホラ、大人しく私に憑かれ、いや、仕えられて下さいっ」
「いいい今憑くって! アンタ憑くって言った!!」
「まあご主人様、運だけでなくお耳も悪いだなんて……いろんな意味で最悪ですね♪」
「最悪言うなーーーーーー!!」
 口に手を当て顔をゆがめるコイツに、オレは本気で泣いた。
「あーもうマジでカンベンしてくれよー……ただでさえバイトで疲れてるんだからさ……」
 充満する匂いと精神疲労と空腹のせいか、体に力が入らない。
投げやりな調子で妥協案を提示し、そのままがくりと膝をつく。
「ああっ、ご主人様、大丈夫ですか?」
 精霊はあわてた様子で駆け寄り、その白磁の手でオレの背中をさすっ……てくれるのはいいが、やっぱり臭いから感謝出来ない。
オレは臭気に耐え、懇親の力をふりしぼってほほ笑んだ。
「し、心配してくれるなら早くどっかに行っ、」
「イヤです」
「……そこをなんとか、ほら、お詫びならあそ、」
「引きません」
「……金は冷蔵庫のな、」
「そんなはした金で人様をどうにかできると思ってるならいっぺん人生やり直したほうがいいと思いますよー?」
 ……。
オレ、もうコイツと話したくない……。
 あくまで明るく放たれた毒舌に、ますます力が抜けて――
ん、待てよ?
くらくらするオレの頭に、天啓が一つ舞い降りた。

オレはあのつらくて苦しい引きこもり時代の毎日を思い出し、悲しい気持ちから涙を生み出す。そのうるんだ瞳のまま、オレは弱々しげに、哀れな子犬のよーに精霊を見つめた。
「それならアンタ……わかる、だろ? そう、オレは金がない。あんたが言うとおりはした金しか持たない情けない大学生だ。自分で食うのに精一杯の、貧乏学生なんだ。
 ――つーことはさ、養えないんだよ。アンタがここにいてくれても、アンタを食わせてやれないし、給料だって払えない――」
「あ、それならご心配には及びません」
 だが次の瞬間、オレは選択が謝っていたことを悟った。
「私たち精霊はご主人様の精気を吸って生き永らえるんです♪」
 ……。
 ふふっ、と可愛く、肩をすぼめて照れ笑い――する彼女の顔が、あれどうしてだろうなんか歪んでる。
 くらーと視界が渦を巻いて……あれどうしたんだろうボクここで死ぬのかなー。
「ついでに光熱費とかお給料も必要ないですよ! 人間の使うはした金をもらってもほどこしを中途半端に受けてるみたいでイヤですし☆
 だからなんにも心配せず、お側において下さいね!」
 これで問題は解決今日から夢の同棲生活ですよよかったですね、と精霊は言い、俺の両手をにぎりしめる。
「ふつつかものですが、これから宜しくお願いします、ご主人様っ」
 愛らしい声で一つお辞儀、その仕草は回りにハートが散らばるくらい甘ったるい。
 すでにこの女、ノリノリである。
「あははははは……」
などと某巨大掲示板のツッコミを思い出し、オレは笑った。
「ご主人様?」
 疲労からか匂いからか、次第に遠のく意識の中で、オレがただ一つ思ったことは――
「これがホントの……『ウンがつく』、ってヤツですか……?」
 こりゃーカレーは二度と食いたくなくなるなという、やけに冷静な第三者的な感想だった――……

 暗転。

 ● ● ●

「もう、いきなり倒れてしまうなんて……よっぽど不衛生な毎日を送っていたのね」
 自分がここにきたことを嬉しく思ったのか、歓喜の涙を流して倒れたふがいない主人を見下ろし、ジョジョは溜息をついた。
「仕方ない。それでは私がまず手始めに、役に立つってことを示してあげましょう。そうすればご主人様も納得感心大団円!」」
 むん、と胸を張り、テーブルの上の冷え切ったカレー皿を手にする。と、桃色の唇を軽くとがらせ、ふーっと息を吹きかければそこにはもうカレーの姿はない。不敵に笑むジョジョ。
「こんな市販のものよりも美味しいカレーをたぁっぷり、食べさせてあげますからね、ご主人様☆」
 言ってジョジョは、早速魔法の準備にとりかかった。

 ……明智はまだ、静かに眠っている。

目が覚めたとき、台所のシンクいっぱいに作られたカレーと隣近所からきた騒音・悪臭のクレームの処置が待っていることも、しらずに――
 
 
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