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クリエイター名  藤森イズノ
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 オフライン原稿 【 Z2 】 という作品の第1話です。
 COPYRIGHT (C) Kairi Kiyanagi 2009 ALL RIGHTS RESERVED.


「あっ、あっ …… 」
「どこだ? ここか?」
「ちょっ …… やめっ …… 」
「うるさい」
「やだっ …… 待って、待ってっ」
「うるさいって」
「あっ …… ああああああっ!」

 ブツッ ――

 コンセントを引っこ抜かれてしまった。
 当然、モニターも真っ暗になってしまう。
 一瞬で葬り去られてしまった、それまでの冒険。
 ノーセーブでラスボスを倒すという挑戦の最中だったのに。
 もしかすると、低レベルクリアの記録も更新できたかもしれないのに。
 しかも、主人公がヒロインの死によって覚醒する、一番イイところだったのに。
 見飽きただなんて、とんでもない。あのシーンは、何度見てもグッとくるのだから。
 ゾクッとする美麗なCGムービーも、胸が熱くなる挿入歌も、何もかもが消えた。
 あまりにも、あっさりと消えてしまったものだから、現実味がなかったか。
 ヒナは、しばらく真っ暗になったモニターを呆然と見つめていた。

「メシだ。着替えて下りてこい」

 引っこ抜いたコンセントを床に放り投げ、いつものトーンで言ったシド。
 その言葉で、ようやく。ハッと我に返ったヒナは ――

「ふっざけんなよ、てめぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 背後から、飛びかかった。
 が、スルリと避けられて、そのまま棚に激突。
 その拍子に、棚にズラリと並べられていたゲームソフトが、ガシャガシャと床に落ちる。
 王道RPGから、パズル、アクション、シューティング、シミュレーション。
 ありとあらゆるジャンルのソフト。その数は、優に百を超える。
 散乱したそれらを見やり、シドは大きな溜息を吐き落とした。
 ついこの間、全て没収した上で叱りつけたばかりなのに。
 短期間で、またここまで買い揃えてしまうとは。

「ガックリしてんのは、こっちなんですけど!」

 立ち上がり、詰め寄って怒りを露わにするヒナ。
 右の眉がピクピクしている。それは、相当な御立腹の証。
 ガックリじゃない。ゲンナリしてるんだ。ウンザリしてるんだ。
 そう思いつつも、シドは声にして放つことなく、肩を竦めて部屋を出る。
 この状態で何か言おうものなら、余計に機嫌を損ねて面倒なことになってしまう。
 喧嘩したくないからってわけじゃない。ただ単に、面倒なだけ。
 この遣り取りも、もう何度目になることやら。

 とにかくヒナは、色気がない。
 化粧の研究をしていただとか、うっかりうたた寝してしまったとかなら可愛い。
 なのに、ゲームって。年頃の女の子が、ゲームに没頭して時間を忘れるだなんて。
 まぁ、趣味を咎めるのは野暮かもしれないけれど。それにしても、いき過ぎだ。
 明かりも点けず、見知らぬ誰かが組んだプログラムに熱中するだなんて。
 現実逃避にしても、もっと別の手段があるだろうに。
 それに、この部屋。女の子の部屋とは思えない。
 あちこちに散乱するゲームや漫画、お菓子の空き箱。
 溢れ返り、バランスゲームと化してしまっているゴミ箱。
 脱いだら脱ぎっぱなしの服。飲みかけで放置されたジュース。
 可愛いぬいぐるみとか、アクセサリーとか、化粧道具とか。
 本来、女の子の部屋にあるべきはずのものが、ひとつもない。
 見慣れたヒナの部屋、その有様に、今更ながらと溜息を落とすシド。
 そんなシドのすぐ傍で、ヒナは、文句を言いつつも着替えだす。
 いやいや。待て待て。いくら、同僚だとはいえ、シドも男だ。
 男の前で、躊躇なく着替える。その行為もおかしい。

「あ〜。マジ萎える」
「 ………… 」
「しかも名シーンだし」
「 …… 何とかならないのか」
「無理だね。データ、全部消えたし」
「そうじゃなくて。もう少し、女としての恥じらいを …… 」
「んぁ? 何だよ今更。っつーか、お前には関係ないだろ」
「いや。大ありだ。組織の評判に関わるからな」
「あっはははははは〜。御立派ですこと〜」
「笑い事じゃない。大体、今朝も …… 」
「つか、今日の晩メシ、何?」
「 ………… はぁ」

 とにかくヒナは、色気がない。

 *

 ここは、ノアという国。
 小さな島国だが、世界有数の裕福な国だ。
 物不足だとか貧困だとか飢餓だとか、それらに一切、縁がない。
 だが、人間というのは、実に愚かで傲慢で、どうしようもない生き物だ。
 何不自由ない暮らしが長く続いてしまうと、刺激を求めるようになる。
 退屈凌ぎに過ちを犯して、物欲や性欲、あらゆる欲望を埋めていく。
 裕福な国だからこそ蔓延ってしまう、この無様な有り様。
 とはいえ、全員が全員、堕落しているわけじゃない。
 中には、悪事を働く者を粛清せんと動く正義感の強い者もいる。
 その正義こそが、この 【Z2】 :ゼッツ という組織である。
 ヒナとシドは、ここに所属している正式なスタッフだ。
 ノアという国には、ひとつしか街が存在していない。
 島の中心にある 【ノアル】 という街がそれだ。
 国土の六十パーセントを占める巨大な街。
 Z2の本部は、この片隅にある。

「うあー! ハラ減ったー!」
「おっ。ヒナ、やっと起きたか」
「ん? 寝てねーよ? ゲームしてた」
「ぶはははっ。またかよ〜。何、グランゼスタか?」
「そうそう。イイところで、ぶっつり切られたけどな」
「ぶっくくくくく。お前も、ほんっと、懲りないよな〜」

 Z2本部、一階に下りてきたヒナ。
 笑いながらヒナの愚痴に付き合っているのは、
 ゲームという共通の趣味を持つがゆえ、ヒナと気が合う男 "カイル" だ。
 彼もまた、Z2のスタッフ。巧みな戦略に定評がある、主力スタッフの一人。
 カイルに愚痴りながら、テーブルの上に置かれたパンを口に放るヒナ。
 それを見ていたシドは、ヒナの後頭部をパコンと叩いて言う。

「座って食え」
「何だよ、うるっさいなー」

 文句を言いながらも、足で椅子を引いてドカッと座るヒナ。
 シドは、肩を竦めながら向かいの席に座り、途中だった食事を再開した。
 要するに、夕飯の時間になってもヒナが下りてこなかったがゆえに、
 食事の途中で席を立ち、ヒナの部屋まで赴いていたということ。
 黙々と食事をするシドとは正反対に、ヒナは落ち着きがない。
 あれこれ口に運びながら、ゲラゲラ笑って仲間と雑談している。
 物を食べながら喋るなと、何度も言い聞かせているのにも関わらず。
 呆れ果て、叱ることすら面倒になったシドは、放っておくことに決めた。
 賑やかな夕食。まぁ、静まり返った食卓よりかはマシに思えるけれど。
 シドは、騒がしいのを嫌っているわけじゃない。
 同じ組織の仲間ならば、仲良くあるべきだとも思っている。
 気に食わないのは、ヒナの奔放ぶりだ。どうしてこんなにも我侭なのか。
 注意すれば逆ギレするし、何度言っても駄目だってことを繰り返すし。
 組織内で、ヒナが一番若く元気なこともあってか、
 他の仲間が甘やかしているのも原因のひとつかもしれない。
 困ったものだ、どうしたものかと悩むシド。
 神妙な面持ちで黙々と食事を続けるシドの姿に、クスクス笑う女がいる。
 彼女もまた、Z2のスタッフだ。ちなみに、彼女の名前は "マリサ"
 ヒナにはない、妖艶な魅力を持っている。これぞ、女である。
 マリサは、シドに歩み寄り、淡く笑んで言った。

「そろそろ発散したほうが良いんじゃない?」

 マリサの提案に苦笑しながら、空になったカップを差し出すシド。
 発散とは、性欲のそれを意味する。確かに、最近のシドは御無沙汰だ。
 というのも、ヒナが入団してから、ロクに女を抱けていない。
 ヒナの教育というか、飼育に手一杯で、暇がないのだ。
 言い寄って来る女は絶えずとも、応じる時間がない。
 マリサの発言は、かつてのシドを知っているからこそ。
 女に不自由しない境遇は変わっていないのに、満喫できない。
 そんな生活が続いている事を少し憐れに思う、同情混じりの提案。
 シドとマリサの、オトナの遣り取り。それを見ていたヒナが、

「八つ当たりとか、すげー迷惑なんですけどー」

 フォークを手元でクルクル回しながら言った。
 行儀の悪さもだが、その言い方にカチンときたのだろう。
 シドは、これみよがしに、嫌味な溜息を吐き落とした。
 単純なヒナは、その挑発に、まんまと引っ掛かってしまう。
 キーキー文句を言うヒナを、カイルは、面白がりながらも宥める。
 何かといえば、すぐ喧嘩。シドとヒナの相性の悪さは、誰もが把握している。
 もはや、この二人の有り様は、Z2の名物といっても過言ではない。
 でも、何だかんだで一緒に行動することが多い、この二人。
 マリサは、そのあたりを踏まえた可能性を口にした。

「そのうち、ヒナちゃんで発散しちゃったりしてね」

 マリサの発言に、その場が凍りつく。
 まるで、時が止まったかのように静まり返るリビング。
 だが、数秒後。ヒナとシドの声が、見事なまでに重なる。

「「 それは、ない 」」

 喧嘩するほど仲が良いとか、よく言うけれど。
 この二人が男女の関係になるだなんて、ありえないこと。
 互いが互いを異性として見ていないがゆえに、成立しない可能性。
 そもそも、ヒナに、自分が女であるという自覚がない以上、どうにもこうにも。
 二人がキッパリと否定すると同時に、リビングに賑やかな活気が戻る。
 仲間達も口々に、ヒナとシドが結ばれることはないだろうと爆笑。
 確かに、可能性の話をすれば、ゼロではないと思うが、
 奇跡的な数値でしか表現のしようがないだろう。
 いやでも、ネタ的には、かなり ……

 ジリリリリリリリ ――

 ありえない展開の可能性で盛り上がっていたスタッフ達。
 だが、鳴り響く電話の音が聞こえた瞬間、全員が口篭った。
 同時に、スタッフ全員の表情が、神妙なものへと変わる。
 本部にかかってくる電話は、事件発生を告げるもの。
 要するに、国のどこかで悪事を働いている奴がいるという報告。
 Z2は、そんな輩を捕まえて粛清することを主な任務とする組織。
 まぁ、必ずしも、悪人の捕縛を要請する内容だとは限らないのだが。
 Z2の在籍スタッフには、報告に基づいて行動する義務がある。
 どんな報告も、邪険に扱うことはできないということだ。

「了解しました。報告ありがとうございます」

 報告受理を担当しているスタッフが、お礼を述べて受話器を置く。
 他のスタッフの視線が、その背中に集中するのは、いつものことだ。
 なぜならば、報告の内容次第で国から支給される報酬が大きく異なるから。
 小さな事件なら、スタッフ一人の小遣いにもならない報酬しか入ってこないが、
 大きな事件なら、何日もスタッフ全員が不自由なく暮らせるほどの報酬が入る。
 まぁ、どちらにせよ、事件を解決しなければ報酬は入ってこないのだが。
 しばしの沈黙の後、報告受理担当スタッフが、メモを読み上げる。
 現場は、とある宝石店。犯人は、二十代後半〜三十代前半。
 店員である女性を人質に立てこもっているとのこと。
 犯人の要求は、特になし。おそらく暇潰し。

 ただの暇潰しで、こんなことをするだなんて頭がおかしい?
 まぁ、確かに。でも、これが日常茶飯事。ここは、そういう国。
 捕まって投獄されるのも、また一興。良い暇潰しになる。
 事件を起こす犯人の心境は、いつだってその程度。
 でも、今回の人質のように巻き添えを食らう人にとっては大問題。
 ちょっとした暇潰しで人の命を奪えるほどイカれている輩も多いのだ。
 報告内容を把握して一番に動きだしたのは、シドだった。
 紅茶を飲み干し、席をたって現場へと向かう。
 ヒナは、慌ててシドの後を追った。

「あ、待て待て! あたしも行くっ!」

 Z2スタッフの任務は、立候補制だ。
 率先して現場に向かう者がいれば、他のスタッフは留守番。
 報告を聞くまで、場の雰囲気が緊迫するのは、得意分野があるから。
 例えば、人間関係のもつれを解決するのが得意な面倒見の良いスタッフとか。
 例えば、窃盗犯の心理を読んだ上で追いこむのが上手いスタッフとか。
 例えば、純粋な腕力勝負なら勝つ自信のある剛腕スタッフとか。
 活躍できそうな内容かどうかで、動くか否かを決める。
 また、純粋に内容の好みで動くか否かを決める場合も多い。
 今回、シドが率先して現場に向かったのも、それによるものだ。
 シドは、女性が人質にとられているパターンの事件に過敏な傾向がある。
 何故なのかはわからない。何か、特別な理由があるのかもしれないし、
 ただ、女性を使って暇潰しする輩が気に食わないだけかもしれない。
 そんなシドを追ったヒナだが。彼女の言動は、また別だ。
 ただ単に、ジッとしていることができないだけ。
 面白そうだと思ったから、ついて行くだけ。
 不謹慎だが、彼女はいつもそうだ。

 スタスタと歩いて行くシドの背中に文句を言いつつ追いかけるヒナ。
 二人の背中を見やりつつ、カイルとマリサがクスクス笑う。

「こうして見ると、意外とお似合いな気がするのよねぇ」
「いや。あれは、飼い主とペットみたいなもんでしょ」

 *

 Z2のリーダーであり、一番の実力を誇る 【シド】 という男。
 最年少スタッフながら、副リーダーを務める 【ヒナ】 という女。
 シドは、見た目通り冷静沈着な性格で、動揺なんて滅多にしない。
 頭の回転も速く、どんなに不利な状況に陥ろうとも即座に脱する術を見出す。
 淡々とした口調と低い声質から冷たく思われがちだが、実際はそうでもない。
 ヒナは、可愛らしい外見と裏腹に気性の荒い性格で、とにかく我侭。
 ゲームや漫画が好きで、色気は皆無。男勝りで負けず嫌い。
 組織のムードメイカーであり、問題児でもある存在。

「歩くの早いって! 待てっつーの!」
「ついて来なくていい。何度言えばわかる」

 これは、そんな二人の関係に変化が及ぶまでの物語。


 Writing by 稀柳カイリ

 
 
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