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クリエイター名 |
緋宮 維織 |
あいしてる
言葉にはできなかった。
ふとした時に、それは何の予兆も無く。急襲とも言っていい恐ろしさで私を苛む。 家にいても、仕事をしていても、駅へ向かう道を歩いている時でさえ。 胸を刺し貫かれたような、この痛み。 あなたは、知っている? どれだけ私が、あなたを愛しているか。 どんなにあなたを、想っているか。 きっとあなたは、分からないでしょうね。 「愛してる」と、口にしなくなったあなたは。
付き合いが長くなれば、それなりに馴れ合いだすのは仕方ない。 トキメキとか、ドキドキとか、切なさ。恋愛初期なら痛いほど感じたものが、一年を過ぎた今はどこか遠い。手放したわけではない。でも、この手から離れてしまった。 戻らない、あの頃の私たち。 そして残るのは、今頃になって思う過去の足跡。 不意に頭を過ぎるのは、些細で、そして切実な嫉妬。 それは唐突に、そして手に負えない悲しみを伴って私を突き動かす。
次の連休はどこかに行きたい。 キッカケはいつもの会話だった。久しぶりの連休、たまには遠くに行こうか。この前は広島だったから、次は熊本あたりまで行きたい。……そんないつもの会話だった。 気付いたのは、旅行の行き先ではなくて。 もっと身近な、動物園や水族館。夜景。 そういう場所には行ったことがない。ごくありふれた、デートなんて。 ……一番、憧れていたのに。 「動物園とか、行かないよね」 声が震えていたかもしれない。 「ああ、そういえば。何、行きたいの?」 「……前の彼女とは行った事あるの?」 心の中の動揺は隠して訊いた。勝手に口をついて出ていた。何気なさを装ったつもりだった。 「あるよ」 少しだけ、心にヒビ。そんな気がした。 瞬間の絶望をすぐに隠せる強さなんて、いつから身に付けたんだろう? 気がつけば、本音が一言、漏れている。 「私とは、行かないのに」
「出掛けたい」と言えば、何処だって連れて行ってくれる。 けれどそれは、いつも私からだった。 「出掛けたい」と、言われた事がない。 そんな事を気にするなんてくだらないと、本当は分かっている。 「休みは出掛けるの?」と訊くあなた。 「休みは出掛けようか」とは、言わない。 そこに感情の希薄さを感じるのは、ただの独りよがり。
愛してほしい。私が愛した分だけ、返してほしい。 昔の彼女にしてあげたなら、私にも同じ事をしてほしい。 ……ただの我儘だと、自己嫌悪する。 でも、抑えられずにあふれ出す涙。 「私のこと好き?」 請えばいつも肯定の返事をくれるけれど。 そんなものばかり求める私に、いつからかあなたは言わなくなった。
「愛してる」と。
食事をしていても会話が無い。それが苦痛にもならない。 一緒にいる時間が長すぎて、互いの存在が身近になり過ぎた。 けれど、新鮮さのために離れる事はもうできなくて、「自分の時間が無い」と言われるたびに傷ついて。 「じゃあ別れる?」なんて、もう何度口にしただろう? 口をきかないケンカはキスの回数より多いかもしれない。 仲直りの後に泣くことは、もうなくなった。 それでも褪せる事のなかった心の波。 灯る火は出会った頃と変わらない。触れるたびに感じる愛しさも、車を降りて感じる寂しさも。 側にいるだけで満たされる、幸福感も。 まだ、こんなに暖かいのに。
もっと愛してほしいなんて、言葉にはできなかった。 強がって、「前の彼女の方が良かったんでしょ」と突きつける。 どうしてそうなんだと呆れるあなたの目の前で、 声を上げて泣いたのは私の真実だった。
愛してる。 それだけは、言葉にできなかった。
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