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クリエイター名  緋宮 維織
謹賀新年


 気付けば流したまま放っておいたテレビから華やかな声、そして窓の外からは盛大な花火。

 「……あ、嘘!?日付変わった?」
 慌てて目の前に開いたディスプレイの隅の時計を確認した。ああ、丁度零分。元旦になってしまった。
 「仕事中に年越すなんてサイアク……」
 机の上に散らばった書類やらメモに缶ビール。それを眺めても溜息さえ出てこない。こんな辛気臭い年の越し方があるか?花火の音に気付かなかったら朝まで仕事を続けていただろう。特番がテレビに映し出されて初めて年が明けたことを知ることになっていたに違いない。
 「我ながら世間との隔絶はますます増長しているなぁ」
 そういえば。
 子供の頃はこの夜だけは夜更かししても怒られなかった。そして家族みんなで年を越したものだ。挨拶をして、そしてようやく床に就く。朝は早く起きてお風呂に入って、新品の衣服を身に着ける。おせちのお重が居間のテーブルに並べられて、上座の祖父がこの日ばかりは優しく感じられたものだ。
 今となっては化石になってしまった記憶だが。
 「携帯は回線パンクでつながらんし。こんな時期に出張するバカはいるし」
 ぶつぶつと新年早々文句を口にしながら壁のカレンダーを取り替える。年が明けて最初にする「儀式」は毎年変わらない。先月の半ばに買ってきた真新しいカレンダー、今年は動物の写真のものにしようと言ったのは私じゃない。今、シリコンバレーに出張しているバカの方だ。それを腰に手を当てて見やれば、今は一人しかいない部屋に少しだけ彩りが加わったような気がする。互いに仕事一筋で生きてきたのだ、インテリアにこだわるほど洒落た感性は持ち合わせていない。
 「それでも普通電話くらいするだろー。時差あるって知ってるんだからさ」
 メールさえ届かない。
 どちらかといえばそういう事は互いに無関心だ。誕生日はさすがに祝うが、「何とか記念日」は私の方がよく忘れる。互いにそうと知って結婚したが、まさか籍を入れて最初に迎えた正月を仕事に追われて別々に迎えるとは思ってもみなかった事だ。
 (まぁ、おせち料理なんて、作れって言われたって無理だけど)
 飲みかけの缶ビールを手に、テレビのチャンネルを変えた。振袖姿の女優やアナウンサーが笑顔を振りまいている。生番組なのかそうでなにのか、区別もつかない。どこも似たような番組に嫌気が差してスイッチを切った。正月ぐらい家族と過ごせよとテレビの中でコントを演じるお笑いタレントに愚痴りつつ、机に戻ってメールチェックをする自分がなんだか滑稽だった。
 (シリコンバレーって、まだ年内だよな)
 今メールをしても、12月31日だろう。確か玄関に置いた時計は出張する国に合わせていたはず。二週間前、アイツはご丁寧に針を動かしてから出かけていったのだ。
 玄関に向かって歩きながら、今からの行動の予定を立てた。まずはバカに新年のメールだ。愛妻に電話の一本でも入れろと書きなぐってやろう。それから久し振りに妹に電話でもしよう。今年の秋に結婚が決まっているあのコの事だ、今頃は相手の実家にいるだろう。携帯にかければつながるはず。ああ、でも電波が混線しているかも。
 (そうだ、確かワインがあったな)
 飲みながら久し振りに長電話に興じようか。そんな事を考えていると滅入った気分も多少は弾む。メールの件名は何にしようか……。
 そこへ、思考を遮る音が響いた。
 「何だ、誰だよこんな夜中に」
  知人なら携帯にかけてくる。自宅の電話が鳴る事はそんなに多くは無い。緊急時くらいだ。
 (……まさか)
 ふと汗が吹き出す感じがした。だが、それを悠長に認識している場合ではない。うるさく呼び出し音を鳴らす受話器を取って、一呼吸おいてから声を出した。
 「はい、大川です」
 『慶子?』
 名乗らずに自分の名を呼ぶ声には、嫌と言うほど聞き覚えがあった。そう、二週間前まで毎日耳にしていた。
 「諒太!」
 『明けましておめでとう』
 「あっ……けまして、おめでとう」
 電話口で丁寧に新年の挨拶を述べる夫の顔が浮かんだ。それがとても、この男らしい。
 『メールしようと思ったんだけど、パソコンが壊れてさ』
 「だったら携帯にかけなさいよ!こんな夜中にこっちが鳴ると、何事かと思うじゃん」
 『携帯の充電器オフィスに忘れてさ。番号覚えてないからこっちにかけたんだ』
 「…………そう」
 時計の針は律儀に回すくせに。
 まったく、変な男だ。
 『来週には戻るから、そうしたら初詣に行こう。君の実家にも挨拶に行かないと』
 「……うん」
 『こっちはまだ31日だよ。でも物凄い盛り上がりでさ。街中でカウントダウンするみたいなんだ。見せてあげたいよ、まだサンタクロースが闊歩してるんだぜ?クリスマスもニューイヤーも、お祭り騒ぎには変わりないんだな、こっちは』
 「……そう」
 『慶子?』
 「なんでも、ない」
 『そう?ああ、ちょっと仕事片付けるからまた電話する。そっちは丁度夜中だろ。じゃあ、あと12時間後くらいにかけるから。風邪ひくなよ』
 「うん。透も、気をつけて」
 分かった、という声を最後に電話が切れた。
 ツーツーという音をしばらく聞いてから受話器を戻す。肩の力が、抜けた。
 (……おもち、買ってあったかな)
 一人きりで迎えたと思っていた。
 今年は初めて、別々に年を越すのだと。
 でも。
 (今年も一緒に、迎えられた)
 去年と同じ気持ちで。
 また、あなたと。

 だから今年も、きっといい年になる。
 そんな気がする。


 来年の今日も、どうか一緒に迎えられますように。




 
 
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