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クリエイター名 |
山路稔 |
サンプル
◆Real Imagination◆
「いってきまーす!」 という元気な声とともに、バーンと玄関のドアを開けて、マキ(17才・高校2年生)は家を飛び出した。 「おはよ〜。マキちゃん」 幼なじみのミハル(17才・高校2年生)が、いつも通り玄関先まで迎えに来ている。 「おっはよ。ミハル」 いつものように挨拶を交わすと、2人は肩を並べて学校へ向かった。 「ねえ、マキちゃん。今日の学園祭、一緒に見て回れる?」 ミハルがいつものおっとりした口調でマキに問いかけた。 今日は、2人が通う高校の学園祭なのだ。 「う〜〜〜ん。いいけど、私、テニス部の喫茶店の当番が1時から3時まであるのよね」 「それじゃあ。当番じゃない時間は、一緒にいてくれる?」 テニス部に所属して、運動神経がよく活発なマキとは正反対に、ミハルは内気で人見知りしがちなため、友達も少ない。 マキは「しかたないなぁ」と言いながら、溜息をついた。 「私が当番やってるときは、喫茶店に来なよ、ミハル。ジュースの1杯くらいならサービスしてあげるから」 「うん! ありがと〜」 マキの言葉に、ミハルは目を輝かせながら勢いよく頷いた。 どのクラスの模擬店を見ようかと相談しているそのとき。マキは、ふと、進行方向にある1本の電柱に目を留めた。正確に言えば、電柱の根元に置かれた黒いゴミ袋に・・・。 普通なら、ゴミ袋のひとつやふたつ、マキは気にしたりしない。しかし、このゴミ袋には、どうしても気になることがあった。
今日はゴミの日ではなく、ここはゴミ捨て場ではない。しかも、このゴミ袋の口は開いている。
(・・・どこかで見たシチュエーション。えーと、これはたしか・・・) マキが懸命に記憶を探っていると、件の黒いゴミ袋がグラリ、と傾き、中身が転がり出てきた。・・・それは、人間の生首だった! 生首はコロコロと2、3回転して止まり、その虚ろな目がマキの目と合って・・・。 「!? ・・・ミハルーーーーーッ!!」 マキに怒鳴りつけられ、ミハルがビクゥッと肩をすくめると、黒いゴミ袋と生首は、かき消すように消え失せた。 「あんた、昨夜のホラー映画見たでしょう!? いつも言ってるじゃない、あんたは怖いモノを想像したり思い出したりしたら、それが実体化しちゃう厄介な体質なんだから、怖いモノなんか見るなって・・・」 「ふええ〜〜〜、でもでもォ〜」 マキの剣幕に怯えながら、ミハルはメソメソと言い訳をした。 「うう、だってェ、私がお風呂に入ってる間に、お父さんが見始めちゃったんだもーん」 ミハルの家は、1階に浴室があり、テレビの置いてあるリビングを通らないことには自室のある2階へ上がれない間取りになっている。つまり、ホラー映画を見てしまったのは、不可抗力だと言いたいらしい。 「でもねぇ、見たのはゴミ袋から首が転がり出たとこだけだよォ。急いで2階に上がったから、後は見てないもんっ」 ミハルは胸を張った。いつもなら恐怖のあまりに固まってしまい、結局最後まで見てしまったりするのだから、ミハルにしては上出来だろう。 マキはやれやれと溜息をついた。 「も〜〜〜。毎度毎度勘弁してよォ。さっきので朝御飯戻しそうになっちゃったわよ。 ・・・まあ、今回は目撃者が私だけだったからよかったけど。早いとこ映画のことは忘れちゃってよね?」 「うん、そーする〜」 本当に忘れる気があるのかないのか、ボヨヨ〜ンとのん気な調子でミハルは返事をした。
「あれ?ミハルは?」 テニスウェア姿のマキは、ジュースの入った紙コップをお盆にのせながら、周りをキョロキョロと見回した。ここはテニス部が開いている模擬店の喫茶店。マキは今、ここでウェートレスを担当している。 マキはもう一度店になっている教室を見渡した。やはり、先程まで窓際の席にのほほんと座っていたミハルの姿が見当たらない。 「ミハルちゃんなら、さっきアキラ先輩にナンパされて一緒に出て行ったよ」 マキと同輩のテニス部員がニヤニヤしながら彼女に言った。 テニス部の部長であるアキラが、マキの幼なじみのミハルを狙っていたことは周知の事実なのだ。 マキはたいして驚きもせず、 「ふーん」 と頷きながら、幼なじみと先輩の幸福を祈った。 (そうかぁ、あの昼行灯みたいなボンヤリ者にも春が来たわけだ。 幸せになれよ、ミハル) 置いてきぼりをくったような、寂しい気持ちになったマキの耳に別の部員達の声が入ってきた。 「アキラ先輩とミハルちゃん、第1校舎の方へ行ったみたいよ。きっと、『お化け屋敷』に行くんだわ」 「『きゃあ、アキラ先輩こわ〜い』」 「『俺がついているから、大丈夫だよ。ミハルくん』」 な〜んてね〜、と勝手な想像をしてはしゃぐ部員達がはたと気が付いたときには、マキの姿はなかった。
「お化け屋敷ィ? 冗談じゃない!!」 第1校舎へと向かう廊下を駆け抜けながら、マキは舌打ちをした。小学生のとき、ミハルと一緒に遊園地のお化け屋敷に入ったことを思い出す。・・・あれは酷い騒ぎになったものだった。 第1校舎は木造で、理科室や美術室などの特別教室ばかりが入っている。妙に薄暗く、日頃から人気も多くはない。そのために、怪談話の舞台にはもってこいの場所である。 今年は、2年生の中の3クラスが合同で、この校舎の1階全てを使ってお化け屋敷をひらいているのだ。マキはやったことがないのだが、ゾンビを拳銃で倒していく、なんとかいうゲームをモチーフにしているらしい。 そんなところにミハルが入ったりすればどうなるか、火を見るより明らかというものだ。大騒ぎになって学園祭はぶち壊しになるだろう。それに、これからの数日間はミハルの想像が実体化したものが人の目に触れて、それもやっぱり大騒ぎになるだろう。 マキは走った。懸命に走った。そして、第1校舎の手前で、ズザザーッとヘッドスライディングの要領でコケた。 ・・・騒ぎは、既に起こっていたのだ。 「あっちゃあ〜〜〜。間に合わなかったかぁ・・・」 客として入っていた生徒達と、絵の具でチャチなゾンビのメイクを施したお化け役の生徒達が、入り乱れて逃げ惑っている。彼らを追い回すのは、見るからにグロテスクなゾンビ達。 「うが〜〜〜」 などと恐ろしげな唸り声を上げているが、動きが緩慢なために比較的容易に逃げられる。その逃げ惑う生徒の中に、アキラの姿を見つけたマキは、彼の元へと駆け寄った。 「アキラ先輩、ミハルは? 一緒じゃなかったんですか!?」 問いかけると、彼はあからさまに狼狽えながらもごもごと歯切れ悪く答えた。 「あ、ああ、マキくん。ミハルくんとは、その・・・、逃げてる途中ではぐれたんだよ。ほ、ほら、急にあんな化け物が襲ってきたからね・・・。って、話してる間に〜〜〜!!!」 ゾンビの1体がマキとアキラに照準を定めて、フラリと近づいて来た。 「うわ! うわ! うわ! はああああぁぁぁぁ〜〜ぁ〜」 情けない叫び声を上げながら、アキラは一目散で逃げていった。 「・・・アノヤロー、ミハルを置き去りにしやがったな」 たかだか数秒間とはいえ、幼なじみをそんな男に託そうと思った自分を、マキは腹立たしく思った。 「それにしても、化け物たちが消えずにウロついてるってことは・・・」 ミハルはまだお化け屋敷の中にいるのだろう。生徒達を追い回すゾンビたちを嫌そうに眺めて、マキはガックリと肩を落とした。 「あんなモノがウロつくところへ入っていかなくちゃならないのかぁ・・・」
薄暗い部屋の中で、ミハルは泣き続けていた。 「俺がついているから、大丈夫だよ」 キラリと光る歯も眩しく、微笑むアキラの言葉に説得されて、お化け屋敷に入ったのは、やはり失敗だった。4つの部屋を通り抜けていくのだが、いきなり最初の部屋で『やって』しまったのだ。 ゾンビのメイクをしたお化け役の男子生徒が、物影から飛び出してきただけで、ミハルは固まった。そして、ついこの間クラスメートの家で見た、というか見せられた、ゾンビのゲームを思い出してしまった。第1校舎1階にある4つの部屋のそれぞれに、数体のゾンビが忽然と現れる。 後はもう、そこら中で盛大な悲鳴と逃げ惑う足音が響き渡った。それが、さらにミハルの恐怖心を煽り立てる。 ミハルは、自分の心臓がバクバク鳴る音を聞きながら、目の前にゾンビが現れるのをぼんやりを見ていた。そいつは、全身の肉が腐れて崩れ、頭部はかち割れて中身がはみ出している、実にグロテスクな姿だった。 そのゾンビは、ミハルが思い描いたとおりに両手を高く上げ、そして、ミハルとアキラ、二人の側にいるお化け役の生徒を威嚇するように恐ろしげな唸り声を上げた。 「うわああああぁぁ〜〜〜!!」 「ぎゃあああぁぁぁ〜〜〜!!」 男二人は全速力で逃げていった。・・・ミハルを置き去りにして・・・。もっと非道いことに、アキラは、逃げ出す瞬間にミハルを突き飛ばしていった。 尻餅をついたミハルは、一瞬だけ痛みに気を取られ、ゾンビのことが頭から離れた。おかげでゾンビの姿が消える。 しかし、彼女は『暗いところに、ひとりぼっちで置いて行かれた』という事実を認識して、また恐怖心が沸き上がってきてしまった。 再び、あのゲームの主人公が出会うゾンビの姿を思い出す。思い出すから、彼女の厄介な能力によって、それが実体化される。 消えたと思ったゾンビが、また現れたために、第1校舎の周りの人波から悲鳴が上がる。中には、 「よく出来てるなぁー」 などという、お約束な感想をもらす輩もいた。 薄暗い部屋の中に取り残されたミハルは、床に座り込んだまま泣き続けた。
「ミハルッ!!」 ふいに、聞き慣れた声で名前を呼ばれて、彼女は顔を上げた。声の主がスイッチを入れたのだろう。蛍光灯がパカパカパカッと瞬いて、白っぽいのっぺりとした光が部屋に溢れた。 「あっ、マキちゃん!!」 つい今し方まで泣いていたはずのミハルは、涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔をパッと輝かせて立ち上がると、マキのもとへと駆け寄った。 「ふえぇ〜〜〜。マキちゃ〜ん。怖かったよォ」 「はいはい、もう大丈夫だよ」 「アキラ先輩ったらね、私のこと置いてっちゃったんだよ」 「はいはい、そんな薄情な男は、こっちからフってやりなよ」 「それからね、尻餅ついて痛かったの」 「はいはい、痛いの痛いの飛んで行けー」 ミハルの泣き言に、いちいち相槌を打ちながら、マキはミハルの手を引いて校舎の出口へと向かった。 思っていたよりも、たいして騒ぎは大きくならず、被害も出なかったことに安堵したマキだったが、ふと、よくあるパターン、物語がハッピーエンドになると思わせて、最後の最後で、倒したはずのモンスターが復活して襲ってくる、という後味の悪いエンディングを思い浮かべた。 ・・・恐る恐る振り返り、そして・・・。 「ミハルーーーッ!!いい加減にしろ〜〜〜!!!」 マキは大声で叫び、ミハルはビクビクゥッと肩を竦めた。
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