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クリエイター名  大樹
サンプル

一歩足を踏み入れる度、身体に何かが浸透しては何かが吸い取られていくような錯覚を覚える。
かつん、かつん、己の靴音だけが響いている。
一度床石を踏み鳴らす度様々な方向から音が反射しては消えていった。
毎度のことながらこの回廊は永遠に続いているのではないかと訝む。
淀む闇と、精一杯存在を主張する靴音。
奥の奥、そこに気配がある限り、この空間には自分以外の生物は存在しない。それは、何者も存在するはずのない空間であるが故に。
自分と、
その奥にいる、
「待っていた」
目の眩むような絶望に思考をそのまま攫われそうになった頃、声が響いた。奥から響いた声に呼応するかのように、上から、下から、或いはすぐ耳元で囁かれる。待っていた。
声に応えて、救われない闇を祓うように柔らかな光が奥から漏れた。否、それは光と呼ぶには弱い。
蝋燭の炎のようなと形容するにも弱く、事実それらしい光源は辺りに見当たらなかった。
何重にも重ねられた絹の幕が音も無く道を開ける。この空間内で唯一明かりの灯る場所が露になり、中央に静かに座するその存在の姿を捉える前に、思わず目を逸らした。
その存在そのものが光を放っている――
(馬鹿な)
実際は、これは“灯”の言霊がその存在の周りを囲んでいるのだった。分かっていながらそんなことを考えた自分を叱咤する。
膝をつき頭を垂れた。不思議な光沢のある床石だけを睨み、名乗ろうとして、その存在に遮られる。
「待っていたぞ」
それは不思議な声だった。何度拝聴しても慣れることが出来ない。男のような、女のような、子供のような、老人のような、或いは声を忘れた亡者のような、何人もの人間が同時に喋っているような声だった。
この闇が淀む空間に染み入るように、波紋のように、同じ言葉が繰り返される。待っていたと。
「――久方ぶりのご拝顔かたじけのう御座います。お麗しき御気色のほど、誠に祝着至極と」
「よい」
声は、ただ二言発せられた。
だがそれだけで、続けようとした堅苦しい挨拶がぱたりと止む。
「面を上げよ」
びくりと、肩が微かに揺れるのを止めることが出来なかった。しかしその言葉は絶対だ。
顔を上げる。
華奢な肢体を幾重もの布に包み、艶やかな黒髪が地を這うほどに長かった。豪奢な装飾品は一切無く、ただその空間に不似合いに立派な玉座に静かに座している。
冗談みたいに整った、どこか人形めいた不自然な美貌には何の感情も浮かんでいないしこれまで浮かんだこともなかった。
硝子のような、夜よりも闇よりも尚深いその瞳と目が合う。
全てを悟られてしまいそうで、咄嗟に逸らそうとして、自制する。
その女は、感情の読めない声で、表情で、ただ静かに自分を見据えていた。
「しかし、確かに、久しいの。最後にうぬを召したのは何日前になるか」
「・・・・・・十四日振りに御座います、猊下」
頬を汗が伝う。駆け寄ってしまいそうになるのを堪えた。己の主と相対している時と何という差か、何度会っても、この焦燥感にだけは慣れることが出来ない。
ゆっくりと、視線を外す。僅かにずらされた視線に、しかし彼女は格別気にした様子も無く続けた。当然といえば当然だった。この存在は盲目だ、何者に対しても。
「それほどになるか」
「は」
しばらく、沈黙が落ちる。
彼女は自分が必死に隠しているものを悟ったら何とするだろう。せせら笑うだろうか。
この国の奥の奥、存在しないはずのその存在。
それに心を奪われた狂者を見て、かの御方は何とするのだろう。
自分が今、何故ここに馳せ参じたのか彼女は全て承知の上のはずだ。だがまだ気付かれていない。この想いにはまだ。
そしてこれは己の全てを賭けて、全力で隠匿せねばならないものだ。
「何を畏れる」
唐突に彼女は問うた。顔をあげる勇気はやはり無く、視線は床へと落ちたまま動かない。
心臓を鷲掴みにされた気がした。
「い・・・・、いえ」
「我を謀れると思うてか」
「め、滅相も御座いません」
「では何故だ」
声には相変わらず、何の感情も込められてはいなかった。
「なにゆえ、うぬは我の前に立つ」
「それは、」
冷厳なるその存在に問われ、答えを探して口篭もった。
四六時中彼女の傍に付き従っているあれの気が知れない。
こうして言葉を交わすだけで何もかも見透かされてしまいそうで、己の暗く淀んだ部分を白日の下に晒されそうで、自分は今すぐにでも逃げ出したくて堪らないほどこわいというのに。
「それ・・・・・・、は、」
だが認めざるを得なかった。自分が確かに、彼女に惹かれているということを。
全てを支える影の主。世界の真実。
完全であるがゆえに不完全な、
神の喉元へ刃を。
「それは、」
すらりと、抜刀した。鋼が闇に揺らめいては耳鳴りを奏でる。
顔を上げる。
かちりと目が合った。
「貴女が」
構える。
「貴女が、そうであるがゆえ」
声の震えは隠し切れなかった。
彼女はやはり、何の感情も見せず、ただ静かに、全てを見据えていた。
 
 
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