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クリエイター名  ezaka.
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 『旅立ちの丘』

 この丘に吹く風は力強い。街を見下ろせる高台に位置するここには、絶えず風が吹き続けている。
 丘は『風立つ丘』と呼ばれ、別名『旅立ちの丘』として人々に知られていた。

「‥‥‥‥‥」
 一人の少年が、眼下に広がる街へ想いを馳せた。今日この日、彼は14年を生きた故郷に別れを告げる。
 二度と、戻って来る事はできないだろう。自身を止める手を、いくつも振り切って来たのだから。
「痛ぇな‥‥」
 少年は頬を押さえて呟いた。今回の決意を親友に話した時、思い切り殴られたのだ。
 親友は泣いていた。少年のために、涙を流した。力にはなれないのかと、悔しがってくれた。

 少年の旅立ちは、決して周囲に祝福されたものではない。
 それは望まれた将来を捨てて、ゼロになることを意味するからだ。
 だが、それこそが少年の求めることだとは、ついに誰にも理解されることはなかった。

 少年の家は、代々名のある名家だ。ファミリーネームと受け継がれた血が、将来を約束してくれる程の。
 少年には家名を継ぐ才能が十分にあった。だから、誰も少年の行く末を疑ったことはない。
 皆が、それを血のおかげだと賛美した。稀代たる才を発揮するだろうと、期待した。
 すべては家名と、血が成すもの―――それに負けまいと少年が努力したことなど、周囲は気にも留めなかった。
「‥‥ここから、始めるんだ」
 自分のことなど、誰も知らない場所へ行こう。
 目の眩むような装飾は必要ない。ただ自身を、飾りのない一人の人間として扱ってほしかった。
 そのために、ここに立つ決意をしたのだ。

 風が吹いている。力強い風が、まるで背を押すように。
 ここが『旅立ちの丘』と呼ばれる所以だった。
 絶えず吹き続ける風は何度も人々を見送り、背を押すそれが決意を促した。

 少年もまた、ここから旅立つ一人となる。
 故郷が見えなくなるその時まで、丘の風を感じながら。

 end.
 
 
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