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クリエイター名  とだ 遠夢
『黄金の刻、うつろう日々』一部抜粋

※現代もの

「空を見ていたの」
 空を、と鸚鵡返しに彼が呟く。それに軽く頷いて、玲は話を続けた。
「随分、空が遠くなったなぁって」
 改めて言葉にすると、再び寂しさのようなものが込み上げてくる。
形の無い何かが胸の中でもやもやと動いているような感覚。
これは何なんだろうと胸中で呟きながら、玲は想うままに音を紡いだ。
「空が変わっていくのって、凄く速いよね。空だけじゃない。季節も、街も、ひとも、皆変わっていくんだよね」
 少しずつ、霧に形を与え始める。
 この寂寥感の正体を暴かない事には、紡ぐ言葉が終焉を迎えられない。
 永遠に答えを見つけられない。そんな焦燥に駆られて、玲は手探りのまま話し続けた。
「少しだけね、考えたの。高校に入って、卒業して、大学に進学して、周りの環境も変わったし、友達も少しずつ変わってきた。来年にはもう二十歳だし、大人にならなくちゃいけないよね。いつまでも子どもじゃいられない。そう思って、私も変わろうとしてきたはずなの。でも」
 息を継ぐ。何を考えていたのか、形がはっきりと見えてきた。
「私は、ちゃんと変わっているのかなって。変化についていっているのかなって、思ったんだ」
 そうだ。それがずっと言いたかったのだ。
 感じた寂しさは置いていかれる事への不安。今の自分自身に抱く、途方もなく大きな疑問。
 正体を見出せば、自然に言葉は終わっていた。
 ふうん、と相槌を打って、凪がその後を引き継ぐように口を開いた。
「玲は、変わりたいって思っているの?」
 地面に視線を落として、首を横に振る。
 正直なところ、どうしたいのかは全く分からなかった。こんな、ひとによって答えが変わるような話をして、彼にどうして欲しいのかも。自分がどんな答えを求めているかさえ。
 ただ、急に話したくなってしまった。どうしようもなく。
「わからない。変わりたいとは思うけれど、変わりたくない部分もあるから」
 らしくないよね、と呟いて空笑いをする。
 本当にらしくない。いつもの自分なら、この様なことで考え込んだりはしないのに。
 次第に笑い声も出なくなり、辺りには沈黙が広がる。
 それを見て、何を思ったのか――凪は視線を遠くへ向けながら、詩を読むように音を紡ぎ出した。鈴がそれに合わせてチリリと鳴る。
 強風は止み、代わりに、心地よい穏やかな風が吹き始めていた。
「全てがうつろい行く中で、ひとは変わることもできるし、変わらないでいることもできる。自分の意思で変えることが出来ずに、流されてしまうこともあるけれどね。だけど、どんな選択をするかはそのひと次第だから、その先がどうなろうとも、そこに『間違い』は無いと思う。だから、どちらを選ぶかは君の自由だ。でも」
 風が完全に止む。まるでその一瞬を待っていたかのように、彼は一度口を閉ざし、こちらを振り向いて――破顔した。
 久方振りに見る、彼の裏表の無い笑顔。呆然としているこちらを気にした様子も無く、凪は更に言葉を続ける。
「できれば、君には、変わらないでいて欲しいな」
 思考が、止まる。
 一瞬のうちに頭の中が真っ白になり、先程まで考えていたことがどこかへ飛んで行ってしまった。
 
 
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