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クリエイター名 |
とだ 遠夢 |
『小さな 小さな 物語 その4〜聖なる炎〜』一部抜粋
※ファンタジー
森の木陰に、ちらちらと光が差し込む。時の流れをゆったりと感じる、うららかな春の日。風に伴う葉擦れの音が、川のせせらぎのそれを思わせながら耳を過ぎていった。 その音に混じって、かすかに動物の声が聞こえる。鹿か、狐か。野犬や狼だったら逃げなければならない。 年下の子どもたちから逃げる間に遠くに来過ぎたか、と反省し、エルリオは茂みの影から顔を出した。ついでに 息をついて、腕をほぐす。長い間隠れていた所為か、関節が少々強張っていた。 服についた汚れを軽く叩き落として、耳を澄ます。 子ども達の声は聞こえない。代わりに、先程までかすかにしか聞き取れなかった獣の鳴き声が確実に近づいてきていた。それに伴って、ガサガサという足音も迫ってくる。 気を集中させて、身構えた。無害な小動物の可能性もないわけではないが、確率は低い。 例え昼間でも、森の奥は人間にとって危険極まりない場所である。できるだけ息を殺し、いつでも逃げられるように逃げ道を確保しようと、視線をゆっくりと視線を巡らせた、その時。 「エルリオー」 木の陰から、どこかで見たような蒼い髪が揺れるのと同時、聞き覚えのある声が自分の名を呼ぶ。 続いて、芽を出したばかりの若葉を思わせる大きな緑色の瞳が、こちらをとらえた。 柔らかい微笑が、顔に浮かぶ。 「――フェリナ」 「エルリオ、みーつけたっ」 飛び掛ってきた飼い犬と少女の歓喜の声に、エルリオは脱力して頭を抱えた。 なんて紛らわしいことを、と呟いて。
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村の中を、軽やかな足取りで歩く。今にも踊りだしてしまいたくなる気持ちを何とか抑えながら、フェリナは帰り道を急いでいた。 軽く耳を掠めていく空気の音も、今は気にならない。早く、この嬉しい知らせを届けたい人が居た。 「フェリナちゃん、何だか嬉しそうだねぇ。何かあったのかしら」 「あれ、知らないのかい。ほら、祭りの――」 道行く人の話し声も、気に留めていられない。急いで行かなければ、誰か他の人から聞かされてしまうかもしれない。そうなれば、驚く顔を見ることができなくなってしまう。 それは嫌だ、と思いながら、フェリナは歩く速度をほんの少し速めた。前々から決めていたのだ。その時になったら何が何でも一番先に知らせるのだ、と。 「あら、フェリナ。お帰りなさい。どうしたの、そんなに嬉しそうにして」 急に声をかけられ、振り向く。視線をやれば、己と同じ髪色を持つ女性が、優しく微笑んでいた。水汲みの帰りらしく、手には小さな桶を持っている。 予想外のことに、一瞬だけ目を瞬かせる。 そして、己が何のために急いでいたのかを思い出し、フェリナは水が零れないようにと勢いを抑えながらも、その女性に飛びついた。 「お母さん、お母さん、あのねっ――わたし、火の使いに選ばれたのよ。エルリオと一緒に、お祭りの火の使いに、選ばれたのよっ」 驚きと共に見開かれる蒼い瞳。 予想通りの反応に、フェリナは満面の笑みを浮かべた。
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炎によって守られることがある。熱く燃え、体を温めてくれる火は、冬の冷え込みが厳しいこのレトア山岳地方で、寒さを凌ぐためにとても重要な存在なのだ。 そして、いつの頃からか、炎に感謝する祭りが始まった。火の神に、冬の間使っていた炎を返し、また、新しくともした火――聖火を、感謝の印として渡すという祭り。聖火祭というそれは、レトア国の一地方に位置するエルリオの住む村でも、例外なく行われる。 その祭りで重要なのが、『火の使い』と称される、神に炎を返しに行く役目だ。村では、働き出す直前の十二、三歳の子どもがその役目を負い、森の中にある火の神の祠に聖火を納めてくることになっている。 火の使いに選ばれるのは名誉なことで、子どもならば誰でも一度は憧れる、素晴らしい役目なのだ。 その役目に、今年はエルリオとフェリナが選ばれた。 普通なら、選ばれたことに大騒ぎして喜ぶところなのだろう。先程のフェリナがその典型だ。今日の会議が終わって直ぐにエルリオの元へ飛んできたのだから。彼女のことだから、己が同じように驚いて大喜びするものと期待していたのだろう。 だけど、と。 エルリオは先程の場所からさほど離れていない木の枝に登って、大きく息をついた。 誰も彼もが全て、祭りを喜んでやるわけではない。例えば、火事に一度でも遭ったことのある者は、『火を運ぶ』ということ自体を拒むことが多いのだ。 「――だからっていって、代表会議で決まったものを断るわけにはいかない」 呟いて、再び息を吐く。 色々な考慮がなされたであろう結果がこれならば、決定を拒むわけにもいかない。 「気が乗らないんだけどな……」 目を開き、視線を前へと向ける。生い茂る葉の向こうに、にわかに活気付く村が見えた。
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