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クリエイター名 |
橘かをる |
サンプル
S I O N ―シオン―
眠りなさい 子供たち 闇の重なる 時代に耐えて 眠りなさい 子供たち 音さえ消える 真空で やがて幾多の光が集い 希望という名の轍を残し 道が開けて行くでしょう その時 あなたの枷を断ち 私が標となりましょう 愛や希望や微笑を その手にゆだねてあげましょう だからその時 その日がくるまで 眠りなさい 子供たち 幾夜の夢を紡ぎながら…
‐プロローグ‐
自分自身を取り囲む"日常"ほど恐い物はない。 事故、病、犯罪… 自分がいかに変わろうと、どんな状況に追い込まれようと 彼を取り囲む"日常"はけして変わりはしない。 いつものように大量の人が、 糧を得るため働きに出、汗を流し、食事をし、笑ったり、怒ったりしている。 そしてそこには、何ら変わることのない生活がある。 まるで巨大な歯車が動いているかのように、 一定のリズムの元、あらゆる物が動きつづけている。 それはけして誰にも止められはしないし、止めようとも思わない。
あたりまえ――
あまりにもあたりまえのことに、誰も疑いを持たない。 そしてまた、疑う余裕さえ与えてはくれない。
第一章 キッツィーニ ‐1‐ シオン=ティオニークは悩んでいた。 (どうやって渡す?) 彼は手に持った一組のイヤリングを見つめ、四度目のため息をついた。 シルフィス=バーンズ―― 人生をハスに見てしまうシオンが、唯一心を開ける上司、キャラウェイ=バーンズの妹。 つい先月行われた"ミス・キッツィーニ"のクィーン。 そして今、シオンがいちばん気にかけている女性… 約一ヶ月にわたって行われる"フォンテーヌ祭"のメインイベントであるこのコンテストは、娯楽の多いキッツィーニ市民にとっても、年に一度の盛大な催し物であった。その催しに、毎年多くの女性が応募してくる。 今年シルフィスは、スクールを卒業した記念だと友人に丸め込まれ、なかば強制的にそれに応募されてしまったのである。はじめは嫌がっていたシルフィスも、選考が進むにつれて後へは引けなくなってしまっていた。そして彼女は、とにもかくにも最終選考まで勝ち進んでいたのである。 このミス・キッツィーニは、彼女の兄・キャラウェイが勤めている巨大複合企業"カテドラル"が主催していた。口さがないマスコミ連中はキャラウェイとシルフィスの関係を探り出し、出来レースではないのかという報道をずいぶんと流したものである。
「私事ですまないのだが…」 キャラウェイはその時、自分のところに配属されたばかりのシオンに、妹の護衛を頼んだのだった。 毎日毎日マスコミに追われるシルフィスをかばいながら、彼女を送り迎えをするうち、シオンの中で淡い恋心が芽生えていった。もちろん自分の気持ちを伝えるなどという芸当がシオンにできるわけはない。そのうちにシルフィスもミス・キッツィーニに選ばれてしまって、あっという間に時の人…告白どころではなくなってしまったのである。 毎年のことだが、あさってのフォンテーヌ祭ファイナルステージでは、ミス・キッツィーニを中心とした大パレードが開かれる。シオンはこの一ヶ月間というもの、シルフィスを見守りつつ、なんともやりきれない悶々とした気持ちを抱いて過ごしてきたのである。 そういう部下の気持ちを知ってか知らずか、おとといの残業の後、キャラウェイはシオンにこう言ったものである。 「シオン。あさってのフォンテーヌ祭の日、うちに飯でも食いに来ないか?シルフィスもこの一ヶ月間の礼がしたいと言って、おまえに会いたがってるぞ」 シルフィスが会いたがってる…その言葉だけで、シオンには充分であった。 そして昨日、シオンはシルフィスに合わせるべく、あわてて新しい靴を2万リーグも出して手に入れたのだ。そしてそればかりでなく、彼の母親の形見である薄紫に輝くイヤリングを父に内緒で持ち出してきたというわけである。
(問題はさ、いつシルフィスに渡すかなんだよなぁ) さっきから同じ思いが堂々巡りをし、五度目のため息をついたちょうどその時――
ピピピピピ…
カテドラル製コンピュータから、もう出かける時刻であることを告げる電子音が聞こえてきた。 (もうこんな時間か…ま、なるようになるさ。…にしても――) 「この音、色気も何もねぇなぁ」 シオンは、とっておきのジャケットを無造作に肩にかけると、おろしたての靴に足を入れて、玄関を飛び出していった。
「おめかししてどこ行くの、おチビちゃん?」 そんな元気のいい声が頭の天辺から聞こえてきたのは、シオンが、住んでいる高層居住スペースを出、自動センサー付の黒いヘルメットを被ろうとしたまさにその時であった。 「…何だ、おまえか、チャウ」 そう言ったシオンの目に、見事に日に焼けた褐色の小柄な少女の姿が飛び込んできた。 まだあどけなさの残るかわいらしいその少女の名は、チャウリー=キルモ。 シオンの幼なじみにして喧嘩友達。愛称は"チャウ"だ。 チャウはシオンより三つ年下だった。しかしシオンは子供のころ成長が遅く、チャウより背が低くて、よく彼女に"おチビちゃん"呼ばわりされたものだった。 だがなぜか、シオンは昔からこのチャウとウマが合い、兄妹のようにして育ったのである。
「何だとは何よ!キッツィーニいちの美女・チャウちゃんが直々に声掛けてあげてんのにさ!」 チャウは二階の踊り場からヒラリと飛び降りると、短く刈った髪をかきあげ、白い八重歯を隠すように口を尖らせた。 「あんなところから飛び降りたりするからお転婆なんて言われんだよ!…あ、ワリィけど、今日はおまえの相手してる時間ねぇんだ。これから、正真正銘の美女のもとへお召し物をお持ちするんだからさ。子供はおとなしくおウチで遊んでな!」 「正真正銘の美女?…あーっ!わかったーっ!!シルフィス=バーンズのウチに行くのね!?どうせフラれるのがオチなのにさ。ごくろーさんだこと!!」 「あー、あー、何とでもほざけ!俺は彼女を守りきったナイト様なんだからな!…それよりおまえなぁ、俺のこと"おチビちゃん"って言うの、いい加減やめろよ!背だっておまえより二十セールも高いんだぜ?」 シオンは真新しい靴を強調するかのように爪先立ち、チャウの頭を手荒くなでこすった。 「痛ぁーいっ!何すんのよ!!ヘア―スタイルばっちりキメてきたのにぃっ!!…それよりその手に持ってる箱、シオンのお母さんのイヤリングじゃないの!?なぁに勝手に持ち出してんのよ!?おじさんに言いつけちゃうぞ!」 「いちいちうっるせぇなぁ!大体いつまでもこんなもんとっとくから、親父だってひとり身のままなんだよ!それに…これは絶対シルフィスに似合うって!!イヤリングだってそのほうが本望だろう?」 「信じらんなーい!それは置いてきなさいよね!おじさん、悲しむよ?」 チャウの必死の抗議を軽く受け流し、イヤリングの入った小箱をジャケットのポケットに突っ込みながら、シオンはヘルメットをすっぽりと被った。 「あはは…悔しかったらここまできてみろー!じゃあなー!!」 「あ、ちょっとシオン、待ちなさいよー!馬鹿ーっ!冷血ーっ!鈍感ーっ!!」
ドルルルルーンッ!
すさまじい轟音の中、タイヤの代わりに、キルモナイトが引き起こす電磁石効果で浮かんでいた年代もののスピーダーは黒煙を上げた。シオン愛用の"ヴィンテージもの"である。今はほとんど使われていない液化ガスが炎と煙に変わり、シオンを運び去ってしまった。 「…まーったく、せっかくのフォンテーヌ祭だっていうのにさ…」 挑戦的に風を切っていくシオンは、いつもパンツしかはかないチャウが、大人びたタイトスカートをはいていることにまるで気づきもしない。 (ホント、馬鹿で鈍感…) チャウはちょっと淋しそうな瞳で、もう見えなくなってしまったシオンの後姿を見送った。 そしてこの日のためにと、ふたり分とっておいたパレードの特別観覧席チケットを大事そうにバッグにしまい込んだ。 まだ少女と呼んでいい彼女のきれいな頬を一片の風が優しく撫でていった。
‐2‐ キッツィーニは、ひとつの大きな死火山島である。 キッツィーニという名も、元を正せば大昔に活動していた火山の名前であった。その意味は"理想人"。その由来も忘れ去られて久しい。この巨大な火山島は、東西・南北をそれぞれ結ぶメインストリートによって四分割されていた。 まず市の中心点よりだいぶ南、ほとんど海岸線と言っていい方向を横に走るダリアス通り。 そして中心点よりやや西を縦に走るレイ=フォン通りである。 レイ=フォン通りの南端は港を突っ切り、人口浮島であるカテドラル・ポートまで通じている。 この島を囲むようにして無数の橋で結ばれた北側の大陸を"フォンテーヌ自治区"と呼び、少し離れた南側の大陸を"ジ・ゼル共和区"と呼ぶ。それがこの"ペルタス世界"の全容である。
カテドラル本社はふたつのメインストリートが交わった中心の南西部、ほぼキッツィーニ湾に面した場所にその威容を誇っていた。そしてこのペルタス世界では、あらゆるところにカテドラルの力が影響していたのである。 今から五十年ほど前、カテドラルはふたりの男がはじめた一介の紡績業者に過ぎなかった。 この繊維屋が大発展を遂げるのは創業から三〇年ほど経った頃である。創業者のひとりが、この地方に多く産出する発火率の高い火山岩をあらゆるものの素材として使うことを思い立ったのである。
もともとこの火山岩は創業者たちの曽祖父の時代から燃料として用いられていた。しかし熱交換率の悪さは否めず、大規模な産業もなかなか発展できずにいた。そこへ登場したのが当時の新燃料であった液化燃料"ミュート"である。ミュート自体は、ペルタス世界に豊富に存在する地下資源のひとつであるが、液体で扱いが容易であること、燃焼率が九〇%以上と、ほとんどエネルギーに代謝されることが決定打となり、旧燃料にとって代わられた。(そう、シオンのスピーダーに用いられていたのも、このミュートである) だが、この画期的な新燃料にも弱点はあった。エネルギーとともに吐き出される大量の熱とスモッグである。また、ミュート自体も有限な資源であるため、次世代新燃料の登場にペルタス世界人の注目が集まっていた。そこに目をつけたのが、カテドラルの創業者達であった。 彼らの偉大なるところは、その発想にあった。彼らは、新燃料を創り出したのではない。幾万の試行錯誤を繰り返して、画期的な新素材を創り出したことにあるのだ。豊富にある火山岩をサラサラになるまで砕き、ある種の液体に溶かしこみ、それを"紙すき"の要領で充分な圧力を加えながら超薄膜に生成していったのだ。こうして原子構造が巧みに絡まりあった、薄紫に輝く超純物質が出来あがった。 いわゆる"キルモナイト"の発明である。 超電導性、超硬質性、超延伸性、発光性…等々。 キルモナイトは、物質の持つあらゆる特性を合わせ持つ、夢の素材となったのである。そしてこの物質を発明した創業者のひとりが誰あろう、ダリアス=キルモ――シオンの幼なじみの美少女、チャウリー=キルモの祖父にあたる人であったのだ。
もうひとりの創業者レイ=フォン=ストレインは、戦略家であった。 ありとあらゆる分野にキルモナイトを応用させ、カテドラル発展の礎を勝ち取っていった。 こうしてキルモナイトは、エネルギー分野だけでなく生活のあらゆる面に使われ、あっという間にペルタス世界を変えていった。 キルモナイトは電気抵抗がないため、一度電気を通すと半永久的にその中を循環していく。また、二枚の極薄キルモナイトをある方向に合わせ、特殊な接着剤を流し込むと、原子構造がナノ単位で振動し始め、発光と発熱を起こすようになる。 止まることのない動力、さまざまな形に変化する装飾品、そしてけして冷えることのない暖房…。 かくしてキルモナイトはペルタス世界にとってなくてはならないものとなった。
事件が起きたのは、今からちょうど三三年前であった。カテドラルを中心にして、キッツィーニがふたりの創業者の名前を頂いたメインストリートを完成させ、陸・海・空の要であるカテドラル・ポート建設が着工したばかりの頃―― 生成した極薄のキルモナイト膜を詰め込んだ輸送用カートが、工事中のカテドラル・ポートに着いた瞬間、埋め立てた人工島に突然大風が襲ってきた。この時期のペルタス世界は旧代謝機構から新代謝機構への移行期だったため、大気中の熱循環が不安定になり、時々このような突風が各地に吹き荒れていたのである。 大風にあおられた何百台ものカートは、人工島の縁から次々と海の中へ転落していった。と、次の瞬間…ポート自体をも破壊せしめる大爆発が起こったのである。 まさに地獄…火と叫声と大波の中、ポートにいた人々のほとんどが死に絶えてしまった。 これが世に言う"ポート惨禍"である。 これによりダリアスは失脚、ストレイン家がその実権を握ることになる。 レイ=フォンはこの事故の原因を海水によるものだと結論付けた。 多量のミネラルを含む海水が、キルモナイトの原子配列内に異常な振動を誘発し、さらにキルモナイト同士が幾重にも積み重ねられた上、カートによる移動の振動が加わった。 幾重にも不運が重なりキルモナイト組織が超跳躍的に崩壊したのだ。キルモナイトは爆発しただけでなく、ポート全体をも巻き込む原子振動を引き起こしたのである。言ってみれば、巨大な電子レンジの中で原子爆弾が爆発したようなものだった。今となっては、犠牲者達が爆圧や爆風で死んだのか、焼き過ぎた何万羽ものローストチキンになって死んだのか知るものはいない。 ちなみにこの時レイ=フォンは 「キルモナイトの起こす振動と爆発により、人々は一瞬にして命を落としたはずだ。苦しまずに亡くなったのが、せめてもの救いである」 とコメントし、世間のひんしゅくを買っている。 それはともかく、彼は早速、研究チームをスクランブル徴収し、この欠点を改良させた。そして既存のキルモナイトとの無償交換、ポート惨禍の遺族に対する補償問題の解決、さらにはカテドラル・ポートの完成をわずか三年でやってのけた。 レイ=フォンの改良型キルモナイトは"ストレイナー"と名づけられ、現在までその絶対的な地位を守りつづけている。そして彼は、この事件の前後に失踪してしまった息子に代わり、その経営権をつい先ごろ、孫に譲っていたのであった。
没落を余儀なくされたキルモ家では、このことに少なからぬ衝撃を受けた。経営権が自分達抜きに、レイ=フォンの孫に継承された――"裏切り行為だ"という痛烈な思い…キルモの人々は、この思いを以来持ちつづけてきたのだ。 だからチャウにしても、物心ついた頃から父親にこう聞かされたものだ。 "ストレイナーなんてまがい物だ。あれは間違いなくキルモナイトだ"―― 呪いの言葉は、彼女の幼かった心に否応無しに染み込んでいった。彼女自身もストレイナーの話題が出るたび 「あれはキルモナイトよ!」 と言い張った。この事が原因で、男の子の友達と殴り合いの喧嘩をしたことさえある。
チャウの父親は、ひとり娘である彼女を娘というよりはむしろ男のように育てた。チャウの幼少の頃、母親を亡くしているのも原因しているのだろう。そして同じように、小さい頃母親を亡くしていた近所のガキ大将シオンは、チャウのことをいつのまにか連れまわすようになった。またチャウも、生活を守るため必死で働いていた父親を求めるように、シオンになついていったのである。
‐3‐ キッツィーニを四つに分けるメインストリートには、A〜Dそれぞれの街区から、華やかな山車が誇らしげに行進していた。この山車はストレイナーを巧みに利用し、いかに効率的で面白い動きをし、観客を楽しませるかを競うコンテストの対象となっていた。そしてそれぞれの山車の頂上部では昨年のミスと今年のミスがひとりずつ乗っており、パレードの華やかさを一段と盛り上げていた。 山車のまわりでは、住民達が趣向を凝らしたダンスをしながら、見物客達にアピールしている。コンテストの結果は基本的に四つの街区の代表者とカテドラル傘下の企業代表者が協議して決めることになっているのだが、こうした見物客の反応もポイントを左右する重要な要素のひとつなのである。 四つの街区からスタートした山車とダンス部隊は、それぞれの地域からカテドラル本社を目指す。そして最終的に本社前にある大広場に集結し、コンテストの結果を待つのであった。 その数、優に一〇〇万人!まさにこのフォンテーヌ祭のファイナルステージは、キッツィーニの一大メインイベントなのであり、市民ばかりでなくフォンテーヌ自治区やジ・ゼル共和区中の住民を呼び寄せる観光の目玉でもあったのだ。
あちこちに飛び交う歓声と、さまざまな楽器の紡ぎ出す不規則なメロディ。それらに負けないぐらいの爆音を響かせ、シオンのスピーダーが駐車スペースを確保できたのは、もうコンテストの結果が出る寸前の時刻であった。 「ただいまより、第三〇回カテドラル・パレードコンテストの結果発表を行いまぁすっ!」 ウォーッ!という一〇〇万もの歓声があがったとたん、シオンのヘルメットがビリビリと小刻みに振動し始めた。 (まーったく、いつもながらすごい人ごみだよ) 毎年のことなので、なかば慣れっこになっているとはいえ、シオンはこの祭りの規模の大きさに、多少うんざりした気持ちを持たざるを得ない。だが、シオンは迷わずシルフィスを見つけることができた。何と言っても今年のミス・キッツィーニは彼女自身なのだし、クィーンの乗る山車はA-1区の山車…つまりカテドラルが自ら製作・出品した山車に乗るのだから。 その山車"ノ・グート5"は他を圧倒していた。 一キールにわたるレイ=フォン通りのほとんどいっぱいにまたがる幅と、一〇万を越えるカテドラル本社勤務の人間半数を乗せることが出来そうな長さを有したそれは、特徴的な薄紫に発光していた。 山車の各部は触れたら切れそうな直線と、成熟した女性を思わせる優美な曲線とが芸術的に合わさった接合部を生物の内臓器官のようにうごめかしていた。あるものは規則的に、、またあるものはまったく突然に…それぞれが勝手にデタラメな動きをしているようでいて、実に優雅なリズムを持っていた。 表面には、各地で行われているサブカーニバルの模様を映し出す、超大型のモニターが実に五〇以上も張り付き、しかもそれぞれが完全にリンクして、山車の華やかさをより演出していた。そして、最も特徴的なのは…ノ・グートそれ自体がピラミッド型になったり、円錐形になったりして絶えず形を変えていることであった! その姿は近くよりも遠くで見た方がより美しく見えるように設計され、一〇〇万の観客たちの絶賛と賛嘆の声を浴びていた。
そして今、ロック調にアレンジされた大音響の賛美歌とともに、山車の中央部がパックリとふたつに分かれて特大のステージが出現してきたのである。 いつのまに集まったのか、最終選考まで残った各区のミス達がにこやかに手を振り、それぞれがいちばん自信のある角度からの笑顔で、観客達の声援に応えていた。 なかでも特に目を引いたのが、ステージとほぼ同じ幅を持つ巨大モニターを背に受け、大観衆に向かって優雅に手を振っているシルフィスの姿だった。 深い蒼から純白へと、徐々にグラデーション発光するドレスに身を包み、豊かな髪には大ぶりの宝石を惜しげもなくあつらえた冠が飾ってある。シルフィスは、観客のひとりひとりと目をあわすように、ゆっくりと視線を巡らせていった。 (…シルフィス?) シオンが変に思ったのは、それがいつものシルフィスではないような気がしたからだ。それは彼女が、今までに歩んできた十数年という生涯の中で、もっとも輝いている瞬間なのだ。 ――多少の違和感があっても仕方がないじゃないか。 シオンはあえてそう自分に言い聞かせ、なおも舞台を見つづけた。 しかし次の瞬間、彼はヘルメットが手からころがり落ちるのも気づかないくらい、強い衝撃を受けた。 舞台の中央、ちょうどシルフィスが立っている場所のすぐ左側に、これも発光する白い衣装をまとった男がいつの間にか立っていた。そしてその男は、シルフィスを横抱きにすると、そのまま深く接吻したのである。 大観衆の喜びの歓声と、割れんばかりの拍手…自分の声も聞こえないくらいだ。シルフィスの右手ははじめピクリと震えたが、やがて信じられないくらいの優雅さで、男の首を抱きしめていた。 その男こそ、カテドラル・コンツェルン総裁、リー=フォン=ストレインであった。 リー=フォンは長すぎる接吻を終えると、まるで何事もなかったかのようにシルフィスを舞台に下ろした。その場に崩おれるシルフィス。それを振り返りもせず、彼は前に歩み出た。 「善良にして親愛なるキッツィーニの市民諸君!私、リー=フォン=ストレインは、今日この晴れやかなる舞台において、重大なる宣言を行うことを誇りに思う!即ち、我がカテドラルを中心に繁栄を極めるフォンテーヌ自治区は、今日この日この時をもって"帝政カテドラル"として独立を宣言するものである!初代帝王には、我が尊き祖父であらせらるるレイ=フォン=ストレイン公が座位されることとなろう!そして同時に、我がカテドラルの究極の素材であるストレイナーの、ジ・ゼル共和区への供給を無期限に停止せしめることをもここに宣言する!ジ・ゼル共和区には即刻、帝政カテドラルへの属国化を要求し、しかるべき調印を済ませる意向である!…市民諸君!否、帝政カテドラル国民諸君!!諸君らにも、この記念すべき日をご記憶願いたい!そして、今日この時を誇りに思っていただきたい!!」 一〇〇万の人々の、二〇〇万もの視線がリー=フォンに集中した。誰も口を開けなかった。そこにはただ静寂があるばかりだった。ただシオンの手から滑り落ちたヘルメットが、柔らかい風にカラカラと戯れている以外には…
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