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クリエイター名  かすがの
サンプル

―Code for flowers―
Act.?T『泣き寝入り』

巨大な特殊格子の扉のその前で、リコは深々と溜息を吐いた。
大きく肩を揺らして項垂れる姿は、誰がどう見ても哀愁を含んでいて、亜麻色の髪の自慢のセットも今は乱れ、アンテナの様な阿呆毛が立つ始末。
リコは、血色の良い豊満な身体を扉にもたせ門番の青年を直視した。
先程から、ケルベロスはほとほと困り果てていた。
何の脈絡も無く姿を見せた彼女は、チラチラと此方を見遣っていながら、気を使って挨拶の言葉を掛けても黙って項垂れるだけで、口を開こうとはしない。
そのくせ職務に集中し始めると、わざとらしく大きな溜息をついては迷いの無い真っ直ぐな視線を此方へと向ける。
自身の置かれた立場の上、無視するという事も出来かねるうえ、機嫌を取ろうと話し掛けても、憂いを帯びた眼差しで何処か遠くを眺めるだけで返答らしい返答など一向に帰っては来ない。
……本当に、困っちゃう。
リコはもう何度目かの溜息を吐いて、肩口に掛かる横髪を人間界で流行のネイルアートの施された付け爪の一層映える指先でしなやかに払った。
そうして、また此方へと勝手知らずな視線を送りつけるのだ。
ケルベロスは、構って欲しいのではないかと推測した。
ケルベロスは仕事柄、人間界へ出かける事も頻繁ではあるが人間界で出会う女性も、そして悪魔であるこのリコも、女性という生き物は人間も悪魔も大差無く非力で、我侭なものであると認識していた。
彼女には此方の躊躇が解るのだろうか、此れ見よがしに腰を降ろし立てた片膝の上に顎を乗せ、片手はヒラヒラと緩慢に手招きをし始めた。最後の手段は、実に刺激的だ。
リコは、まるで果実の様な厚ぼったい唇を開いた。
「何でどないしたんか聞けへんねん、鈍感」
「はぁ、すいません」
女性の扱い方というものは、良く解らない。
ケルベロスはそんな事よりも、リコのそのポージングと衣装を何とかして欲しいと思った。
胸の大きく開いた上着では常に谷間が隠される事無く露出しているし、立っているだけでも下着がうっかり見えてしまいそうな艶のあるミニスカートで、大股開きに手招きされるからどうもこうも無い。
薄いレースのショーツが見え隠れする様なんかは、目も当てられない。
だからどうと言う訳でも無いが、魅力的過ぎる。
「乙女が悩んどるんやで?」
……乙女がそんな格好で人前に出たりするものか。
リコが小首を傾げると甘ったるい香水の香りが鼻に届いて、痺れる。
そうでなくとも獣化であるケルベロスの鼻はきくのだ。
「まず、その格好とポーズを何とかして下さい。目のやり場に困りますんで」
「うっさい」
鈴の鳴る声とは、こういう事を言うのだろうか。
ケルベロスは、淫魔―サキュバス―である彼女の生業を一度だけ目にした事があった。
可愛らしい声に色を含ませ、熱っぽく"空気"で魅了する。
身体が痺れるあの感覚はどの様にして引き起こされるものなのか皆目検討も付かないが、出来るならば二度と体感したくない。
「うち、魅力無いんやろうか」
「……は?」
何を言い出すのか、ケルベロスは怪訝に眉を寄せた。
亜麻色の髪が、肩口を滑り落ちていく。
「シュバス、うちの気持ちに気ィ付かへんのやろうか」
「って言うか、シュバス様が復讐以外の感情には疎いじゃないですか」
「そうや! そこやねん!」
今一度、阿呆毛が揺れた。
彼女は小さな顔をぐいと寄せて至極愛らしく笑う。
こうしていれば悪魔とは言え、極普通の女性である事に変わりは無いのに。
普段は大きな瞳で鋭く周囲を見遣って、息を潜めるのは仕事柄故にか小さな背中が大きく頼もしく見えたものだ。
「頼みがあるんや」
戸惑うケルベロスにお構いなしに更に詰め寄り、猫撫で声で身を擦り寄せて来る。
それはあまりにも見え透いていた。
ケルベロスは苦笑する。
女性のお願いというものは、いつだってろくな事が無い。
だからと言って、ケルベロスは断る事が出来る立場にはいない事を彼女は解っているのだ。
何というしたたかさだろう。
ハメられた、と、ケルベロスは心底そう思った。
男女間の関係を成り立たせる際、計算高さも必要になってくるがそういう意味では、自分の無力さに泣けて来る。
どうしようも無く、ケルベロスは頷いた。
己の損な役回りに泣き寝入りするより他は無いのだ。

***

もう何時間も、ケルベロスはその場に立ち尽くしていた。
魔界への入り口がある扉周辺は、異次元との繋ぎ目が存在する為か時間や天気、気候などとは無縁ではあるが、それでも三時間はそうしていた様に思う。
手には、この空間には似つかわしくない一輪の白い薔薇を握り締め、リコの言葉を思い起こす。
"これ渡して欲しいねん、あのアホに"
ケルベロスがそこに介入する事に何の意味があるのかとか、そういった類の不平はひとしきりスルーされた後では、言い訳すら思い付かない。
文字通り、立ち尽くしていた。
「なんで?」
後の祭りと解っていながら、ケルベロスはぼやく事しか出来ない。
元より、彼女を含めたこの魔界の貴族達の言動には手を焼いていたが、このリコは女性であるから尚更質が悪いのだ。
断れなかったものは仕方が無いし、ここで立ち尽くしていても白薔薇は無垢に存在主張を続けるので気が気でない。
観念して、重い腰を上げる。
「仕方ねぇなぁ…」
ケルベロスは漆黒の髪を無造作にかき上げると、魔王メフィストが治める地――魔界――へと渋々降り立って行った。
哀愁漂う言霊だけを其処に残して。
主無き扉周辺は、甘ったるい香りに満ちている。
 
 
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