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クリエイター名  カプラン
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邂逅

 安い賃金でこき使われる船乗りなんて真っ平ごめんだ。海へ出るならやっぱり海賊だろう。それも海賊ならどんなお頭の元でもいいというわけにはいかない。どうせ売り込むなら強くてできるだけ上等な、能力の飛び抜けている奴。それでいて野心家で、だが軽率ではない男。あと、できれば不細工な奴より男前の方がいいな。
 最後の希望だけにわずかな子供らしさを見せて、少年は塀の上に座って両足をぶらぶらとさせながら街並みを見下ろしていた。
 年のころは12、13歳。いや、もう少し小さいだろうか。残念ながら実際の年齢は少年さえも知り得ないことなので、歳を口にするときはその時々で変えることにしていた。最年少では8歳、最年長では13歳だ。当人が気に入っているのはもちろん最年長のほうで、それでもころころとよく変わるその表情から滲み出る、純粋な幼さは隠しようがない。少年を侮る者が多いのは、そのせいだ。
 だがこの界隈に長く住む者は皆が知っている。いつのころからかこの町に現れた少年が、見た目とは裏腹にひどく狡猾であることを。そして欲しいものはなにをしてでも手に入れ、それゆえにロビリィ――強奪者――と呼ばれていることを。

 夕焼け時でもこの町は、家路につく者よりむしろその逆である者の方が多い。女は仕事へ、男は酒場へ。昼間寝て、夜起きる者がほとんどであり、船が港へ着く時間でさえ夜中だ。当然そんな町に船を停泊させる連中がまともであるはずがなく、多くは密輸、密造酒の業者であり、なんらかの理由で本国にいられなくなった者であり、そして私掠船としての特権を失って久しい海賊連中。
 長い間陸を離れていたクルーは貪欲だ。酒、女、飯、娯楽。それらを求めて街をうろつく男達の中から、これと思う人物を見つけ出すことは中々に難しい。それでも見つけ出さなければ、自分がここから抜け出せることはない。自由になれる道はない。
 全てが存在する海。夢も、希望も、現実も、絶望も。己の才知一つで、奪うことも奪われることもありうる自由の世界。そんな世界があることを、ロビリィは物心ついたときから知っていた。そして海こそが自分のいくべき世界だとも。
 誰かに強要されたわけではない。正直にいえばなぜ自分がそんな世界があることを知っていたのかさえ、ロビリィにはわからない。わからないが知ってしまった以上、そして自分一人では海に出ることさえままならない現実を身にしみてわかってしまっているからこそ、自分を連れ出してくれる誰かが必要だ。
 そう思って既にどれだけの時が流れただろうか。いまだ諦めることを知らぬ少年の瞳は、決して明るくはない夜の街にも、きらきらと輝いている。一見してどこにでもいるような浮浪児でしかない彼に目を向ける者は少なく、だかそれでも目端の利く酒場の女が、汚れてはいるものの整ったロビリィの顔立ちに気付き、からかい半分に声をかけてくることがある。そのほとんどの女が、ロビリィの子供らしからぬ情熱的でかつウィットにとんだジョーク交じりの返答に目を白黒させるのだが。
 本当ならそろそろ食事にありつきたいところだった。時がたてばたつほど少年に声をかけてくる奇特な女の数は少なくなり、それはつまり話をうまい方向へ持っていって飯をおごってもらうことができなくなるということだ。だが逆に時がたてばたつほど男達の数は増えていって、目当ての人物は探しやすくなる。この引き際が難しい。が、子供の身体は正直だ。泥酔した親父の鼾のような音を立て始めた腹に、次に話し掛けてきた女に飯をたかろうとロビリィは心に決め、堀の上から軽やかに飛び降りた。
 ただし、その時は永遠にこなかったのだけれども。

 最初に目に入ったのは闇だった。いや、あれは闇よりもなお暗い深海か。だがロビリィは深海の色を知らない。だからそれは想像でしかなかったのだが、間違ってはいないと思った。むろんそれが男の瞳の色であることはロビリィにもわかっていたが、それでも彼は海だった。

 海が歩いている。暗い、底深い海が。

 潮の匂いがする男は、この町にはいくらでもいた。だがたいていは安っぽい白粉の香りか酒の匂いに消されてしまい、そして元の匂いを忘れてしまった者は二度と海に戻ることはない。
 だがこの男は違う。全身に海をまとわりつかせたこの男が、陸に縛り付けられることなどありえない。なぜなら、男は海賊だから。
 それは直感だった。子供っぽいなんの根拠も確証もない、あるいは気狂いの夢想とさえいえる勘だった。先ほどまで頭に描いていた希望などとうに消し飛んでいる。それでもこの男ならば。
 この男ならば、真の望みの鍵となりうるかもしれない。あの海の底にはきっと、今を変える何かがあるに違いない。
 陸に上がったばかりなのか、男は酒に酔った様子もなくしっかりとした足取りで歩いていた。見失う前にと慌てて追いかけ素早く前へと回り込んだ。
 男の歩みが止まる。意外に若い。20代後半、いってて30代前半というところか。不審げに寄せられた眉の下で、あの海がじっとロビリィを見据えている。気を抜いたら最後、瞬く間に引きずり込まれ溺れてしまうだろう。そんな海色の瞳。
 だがロビリィは自らその海に飛び込むため、深く深く息を吸った。発せられた声は、いつもよりいくぶん高かったかもしれない。男が更に眉をひそめる。その身体からは海の、そしてなぜだか少しだけ苹果の香りがした。
 
 
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