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クリエイター名  shura
月への回帰?T:一人称による表現

月への回帰?T 一人称による表現

 中天の月は夜目の利く僕には眩しいくらいに、闇に沈んだ人気のない街を駆ける僕の足元を煌々と照らしている。僕はそのあまりの明るさに何故か息がつまり、ともすれば立ちすくんでしまいそうになるのを必死にこらえながら、ただひたすら夜道を一人走っていた。石畳を蹴る音がやけに耳につき、他の音が何も聴こえてこないことに焦りを覚える。まだ僕の身体に”実体”がなく、しかし四本の足で檻の中を歩き回ってはフィルター越しにあの月を見上げていた頃は、こんなもどかしさを感じたことなど一度もなかった。
 「それはお前がこの世界の”一部”に組み込まれたからだ。今までのお前は言わば、この世界にとって”部外者”だったからな。お前はこの実体のある世界ではない別の世界に生まれ、一度死に、そして”ここ”に新たに生まれたことで初めてこの世界の一部になったのさ。特異な存在ではあるがな。」
 そう言った人間を探して僕は夜の街を駆け回っているが、未だその姿を、僕は見つけられずにいる。今の僕は、月の光にあたると銀色に輝く灰色の毛皮ではなく、太陽の下で金色にも見える明るい色の髪を持ち、鋭く大きな牙の代わりに心細く思えるくらい小さな犬歯と、地面に真っ直ぐに立つ尾のない身体で、”人”としてこの世界に生きており、昔のような鋭い嗅覚や聴力はすっかり失ってしまった。
 だから僕はこれほど不安なのか、それとも、あの真っ黒の空に浮かぶ鏡のような月が、不甲斐ない今の姿を映しては僕にいやというほど見せ付け、不安にさせるのか――。
 そう考えたものの、僕はすぐに自らその推測を打ち消した。
 「違う……あの人が言った通りなら、僕は……。」
 「お前は、どんなふうに姿が変わっても”お前”でしかあり得ない。どこの世界にいても、本質たるお前の魂とも言うべきものは、根本となるものは揺らぐことがない。お前が姿が変わったことで何かを失ったと思うのなら、それはお前がお前自身を見失っただけなのだ。」
 頭の中に恐ろしいほど明瞭に響いた”彼”の言葉に、僕は我に返ったように顔を上げ、今は二本になった足を止めた。
 視界の先には黒々とした宵の空と、そこに貼りついた鏡のような満月がある。その中に映ったのは果たして人の姿であったのか、それとも昔の獣の姿であったのか――実のところ、僕自身には判断がつかなかった。というのも、どちらもおそらくは僕であっただろうから。
 ――そして、僕はかすかに聴こえた爆音を決して聞き逃しはしなかった。僕はもはや躊躇うことも迷うこともなく、音のした方へと足を進められる。靴を履いた足が石畳を蹴る感触が、どこか誇らしく感じられた。
 
 
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