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クリエイター名  りや
女性一人称・4000字

 ――彼女は誰より死にたがりで、あたしは誰より死にたくなかった。利害が一致したなら契約を結ばない理由はない。これは、ただそれだけの話に過ぎない――はずだった。

 あたしが生きることに執着するようになったのは、子供の頃に病気にかかったせいだ。不治の病ではなかったけど、死ぬリスクもそれなりにある病気で痛い思いもいっぱいしたし、何より、心配してくれる気持ちは本物でも学校でこういうことがあった、誰と誰で遊んだなんて他愛のない話をメールで聞くのがつらかったのを今でもよく覚えてる。そのときのあたしには喉から手が出るほど欲しいものを友達は当たり前のように持っていて、凄く嫉妬して。ずるい、許せないって思ったから苦しくても頑張れたんだと思う。でも、それからあたしはよく生きることって何だろう、とふとした拍子に考えるようになり、その度に自分で納得のいく答えが出せずに微妙な気持ちを抱えることになった。ただでさえ入院期間が長くてどうしても浮きがちだったあたしは孤立することが怖くて、友達の前では昔と変わらない自分を演じていたけどそうすればするほど、どんどん本当のあたしと嘘のあたしでバラバラになる気がして。今だってそういう曖昧な部分に結論を見いだすことは出来ないままだけど、高校生ともなれば折り合いをつけることは出来て、明るい未来は存在しなくても痛い思いをするのには慣れてると、生きて答えを探し続ける道を選んだ。自分で言うのもどうかなと思うけどあたしは、それらのことを除けば何も変わったこともない普通の人間だ。ましてや霊感なんてないし特別にそういう存在も信じていなかった。でも目の前にそれが現れたなら信じるしかない。絶対に認められないっていうほどリアリストでもないしさ。まあ、幽霊とは違うみたいだけどね。他の人にも見えてるみたいだし。
 ちょっと洒落た、でもそれよりモデルかアイドルかっていうような格好いい男の人たちが従業員ということで噂になっている喫茶店に、あたしたちは腰を落ち着けていた。女子高生が群がる店なら騒々しくて話にもならない、と思いきや迷惑になるほど騒ぐ人は意外といなくて、みんなちらちらと目的の従業員さんを見ては熱心にスマホを操作している。もしかしたら隣に座っている人ともそっちで意思疎通しているんじゃないかって思うくらい。
 あたしの目の前に座っている彼女は意外なほどこの光景に馴染んでいた。髪の色も瞳の色も服装だって全く奇抜なものじゃないし、あたしだって彼女の力を目の当たりにしていなければ同じ年頃の女の子としか思わなかっただろうと思う。おかしいところはといえば鞄ひとつ持っていないこと。ここまでのそれほど長くもないやり取りから察するに、違和感なくこの世界の常識に通じているはずなんだけどもしかしたらこれ、お金は持っていなくてあたしが払わなきゃいけないパターンかな、と思って財布の中身を思い返してみる。大して注文はしていなかったと思うから多分きっと大丈夫なはず。動揺を顔に出さない代わりにテーブルの下で足をぶらつかせながら、飲み物が届くまでの少しの時間を沈黙で潰すのも何だか気まずくて、あたしは言葉を探した。
「えっと……あなたのいた世界ってどういう感じなの?」
 当たり障りのなさそうな、でも気になることを訊いてみる。テーブルとテーブルの間隔は広めだけど、誰が聞いているか分からないしちょっと抑えめのトーンで。頬杖をついて窓のほうに目を向けていた彼女はご丁寧なことに背筋を伸ばし、真っ直ぐとこちらに向き直ってくる。あたしもくつろいだ格好でいるのが申し訳なく思えて、居住まいを正した。
「……時間の止まった世界、かな」
 少し考えるように沈黙を挟んで、幼さを残した容姿に合った高めの声が、落ち着いた口調でそう紡ぐ。あたしはうるさいのも静かすぎるのも苦手だから、彼女とは結構相性がいいのかもしれない。彼女のほうはどう思っているのか分からないけど。
「あ、実際に止まっているわけじゃないよ。何が起こっても誰も死なない。新しく誰かが生まれることすらない、停滞した世界。だからわたしには止まっているように思えたの」
 彼女が異世界の住人であることをあたしは疑ったりしない。でも、そう言われてもあまり現実味がないというのが正直なところだった。この世界は、あたしが十七年生きてきたここは目まぐるしく移り変わるものだから。人にはそれぞれのペースがあって早く済ませてほしいこともいつまでも変わってほしくないこともあるけれど、そんな願いに関係なく誰にも平等に時間は流れていく。それは身体だったり気持ちだったり、社会の枠組みというものだったり色々だけど。あたしはついていけてないほうかもしれない。だからもし彼女の言葉を聞いてあたしが想像した世界が現実にあるとしたなら、それはきっと魅力的なものなんだろうなと思う。
「きみはおかしいって思うかもしれないけどね、わたしにとっては死なない、ってことのほうがずっと怖いんだ。だって世界が止まっていてもそこに生きている存在まで、完全で不変な者じゃないんだもの。怪我も病気もするし壊れたら二度と取り返しがつかない。……それでも死ねないなんて残酷でしょ?」
 そんなふうに淡々と、でも無感情じゃない声で言って彼女は笑う。ぞくり、と嫌な雰囲気を感じたのは言葉の内容にか彼女の表情にか。正体を突き止めるより早くそれは霧散して、あたしは曖昧に頷くしかなかった。言いたい内容は分かるけどそれを自分のことのように考えることは出来ない。
「でも、死んだらどうなるか分からないのもあたしは嫌だよ。いつそうなるのかも分からないから将来のことなんて真剣に考えられない。でも死ぬのはもっと嫌。あたしは永遠が欲しい」
「そう」
 息継ぎをするように自然に彼女は頷いた。あたしと変わらない茶褐色の瞳がこちらを真っ直ぐに見つめてきて、思わず呼吸するのを忘れる。身を乗り出し、額が触れ合うんじゃないかと思うほど近付いてきた彼女はでも直ぐに離れて、ほんのりと紅い唇が緩やかに弧を描く。
「わたしたちは相手が欲しいものを持っている」
 きみは死を、わたしは不死を。そう静かに付け足した彼女は、どこか蠱惑的に見えた。
「だから、これはきみにとってもメリットのある提案だと思う。今直ぐに結論を出せとは言わないから、少し考えてみてくれないかな?」
 更に彼女は何か言おうとしたようだったけど、それよりも早く足音と金属音が聞こえ、顔を向ければお店の人が歩いてくるのが見えた。噂というのは大抵、尾びれ背びれがついて誇張されがちだけど、今回ばかりは現実のほうが上回っているかもしれないと思う。あまり人の美醜に頓着のないあたしでも綺麗だと思うくらいだから。遅くなってすみません、と思ったよりも低いけどよく通る声で言って飲み物を置いていった彼の背中を何となく目で追って、視線を正面に向け直す。彼女は気取らない手つきでカップに口を付けていた。
 それからあたしと彼女は紅茶を飲み、パンケーキをつつきながら途切れ途切れに言葉を交わし合った。とはいっても、喋っていたのはほとんど彼女だったけど。彼女はこの世界に来てからそれなりの時間が経っているらしく、日常生活を送るのに支障がない程度の知識は既に身についていたからだ。さっきあたしが危惧したお金の話も、ただの杞憂だったみたい。逆にあたしはまだ彼女と知り合ったばかりだし、異世界なんて架空のものとしか考えていなかったので物凄く偏っていたり生活感がなかったりと、とにかく足りない情報が多かった。そうして知ったのは意外と、彼女のいた世界はこことあまり変わらないということ。魔法はあるけど、あたしたちが知り合ったきっかけの怪我を直ぐに治すようなものくらいで、魔法と聞いてあたしが想像したような火を出したり格好いい生き物を召喚したり、という派手なことは全然出来ないみたいだった。勿論彼女の持ちかけてきた契約……を受けたからといって、あたしが入れ替わりに向こうに行かなきゃいけないわけじゃないんだけど、不死になるってことは彼女の世界の理を受け入れることでもあるので、知っておくに越したことはないと思う。
 まるで昔からの友人同士みたいに話をして、帰り際にあたしと彼女は一週間後に再び会う約束をした。それが最終結論というわけではないけど既にあたしの中ではほとんど答えは決まっているようなものだったし、だからこれは気持ちに整理をつける時間なんだと思ってる。本当に欲しいものの為に色々なものを手放す覚悟。満ち足りてはいなかったけど不幸でもなかったあたしという存在に区切りを付ける――。
 息をつき顔をあげれば、彼女が微笑んでいるのが見えた。

 この子が何を思い、どんな風に生きてきたのか。それをわたしは知りたいと思わない。この子が契約を望まないのならそれでもよかった。ただ出会う前に戻って別の人を探すだけ。だってわたしは既に全部捨ててきたんだから。今は嘆いてくれているのかもしれない友達も、永遠の生を続けるうちに忘れていくんだろう。わたしもそのほうが気が楽だ。わたしは、限りある人生を歩みたいと願ったから、その気持ちに嘘をつかず生きていく。結局は無い物ねだりをしているだけかもしれないけど、でも、それでも、試さずに諦めるのは嫌だから。
 もう何千年の昔の話なのに今でも、あの光景をふと思い出すことがある。幾度となく繰り返されて染みついた痛みが大事な人を苛み続ける。目の前にいるわたしの姿すら認識出来ない状態に救いも死という終わりもなくて。わたしは逃げ出した。生きているという現実すら投げ出したくなるほど絶望した。
 契約が果たされたとき、わたしはどうするんだろう。ただ言えることがあるとすればそれは――。
 いつかきっと、あの子も絶望するということ。
 
 
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