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クリエイター名  玖野遥
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 汚れた道に尻餅をついたまま、彼は顎に垂れた血を拭った。
「…やっべぇなあ」
 飲みに行った帰りに危ない下町の路地に迷い込み、酒に寄った勢いで通りすがりの黒人の大男とやりあった結果、1発KOだ。
 その男の連れがナイフを持っていなければ負けなかったと思うんだが、と呟いて男は空を見上げた。
 頭を打ったのか、どうも景色がグラグラする。おまけに、そのチンピラに財布を抜かれたため、帰る手段もない。
 流行の携帯電話とやらを持っとくんだった、としみじみ痛感した彼は、英語の話し声が近づいてくるのに気づいた。
「Here, here! It is Japanese man. Help me, please. You are only one doctor I can remember…」(ここなの。日本人の男よ。ねえ、後生だから助けてちょうだい。私、医者って言ったらあなたしか)
「OK, I can see how badly he was beaten. You do not have to worry, light?」(いいよ、どのくらいやられたか、ぼくが見てみよう。君が心配することはない、いいね?)
 最初の声はアメリカ風の発音だったが、答えた声は見事なクイーンズ・イングリッシュだった。
 程なく姿を表わした声の主に、彼は一瞬状況を忘れて、ひゅうっと口笛を吹いた。
「Does an angel come to take me to heaven? It is not so bad to die」(天使様が天国に連れてってくれるのかい?なら、死ぬってのも悪くねえかもな)
「……英語も達者ですね」
 彫刻のように整った顔立ちと酷く華奢な体つきをしたその少年は、今度はきちんとした日本語で言いながら、彼の傍らに膝をついた。
「もっとも、そのせいでこんなことになったんでしょうけど」
 言いながら、少年は彼の体を改め始めた。
 遠慮のない手つきで服をめくり上げ、シャツの下までひと通り改めて、少年は顔を上げた。
「打撲が少々酷いが、大したことはない」
 そう呟いて、少年は、案内をしてきた女の方に振り返った。
 
 
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