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クリエイター名 |
七瀬夕奈 |
サンプル
『乙女本能』
碧の大地に覆われた星、ユラ。地球とほぼ同じ形態や質量だが、ただ1つ異なるのは科学ではなく、魔法という力が発達していた――
優秀な魔法使いが多いことで有名なテト国。経済的にも裕福で、自分の子供を魔法学校に入れる親も多かった。 ただ、そんな思惑とは裏腹に、子供のほうは自由気ままに生きていた――
フリルつきドレスを着て優雅に歩いている少女。年の頃なら12歳くらいに見える。赤色のロングヘアーが似合っており、大人びた雰囲気だった。 「来週から水属性の概念テストかあ。実際に使えれば、勉強なんていらないのに」 「ティアさん、知識は大事ですよ」 隣を歩いているもう1人の少女が指摘する。ティアよりも10センチくらい背が低く、ポニーテールが可愛らしかった。ブロンドは本人のお気に入りで、ティアも羨ましがっていた。薄紫色のキャミソールに空色のフレアスカートという、活発そうな格好である。 「リリはいいよね、頭いいから」 「いえいえ、そんなことないです」 ティアは勉強よりも身体を動かすほうが好きで、反対にリリは机に何時間でも座っていられるタイプである。ところがおもしろいもので、好きな服装が性格とは正反対な2人だった。 「ねーねー、テストのときこっそり見せてよ」 「ダメで。そんなことしたら私まで先生に怒られちゃいます」 そうたしなめながらも、リリは笑顔だった。ティアの願いは本気半分、冗談半分ということは理解しているからこその笑みである。2人はクラスメイトで家も近いということもあり、姉妹のように仲の良い関係だった。 ただ1つ、あることを巡って争うことが多々あった―― 「あ、アリオだ!」 ティアが前を歩いている少年を発見し、駆け寄った。青い髪はこの国でも珍しく、後姿でもすぐに確認できる。 「おはよー」 「あ、おはよーございまーす。ティアさんに、リリさん」 アリオは間延びした感じで答えた。見かけは美少年だが、どことなく頼りなさそうだった。 「ふっふっふ、今日はあたしの勝ちね!」 ティアはリリに対し、勝ち誇ったようなVサインをする。 「何がです?」 リリが疑問に思って質問すると、ティアは大きく胸を逸らして口を開く。 「アリオはあたしに挨拶をしてから、あなたに挨拶した。つまりあたしのほうが好きってことね」 「あら、変わった理屈ですこと」 リリは笑顔で返事しながらも、額に青筋を立てていた。 「あのー、何の話ですかー」 アリオが興味深そうに声をかける。自分が原因で2人が争っていることに気づかないのは、ある意味幸せなのかもしれない。 「アリオは、あたしのことが好きなんだよね」 「何言ってるんですか、私のほうがタイプに決まってます!」 ティアとリリ。2人は親友なのだが、年頃の女の子である。好きな男の子を巡って争うのは日常茶飯事だった。 ただ、この2人の場合はそれが行き過ぎる感があった。 「もう頭にきた! 今日こそはっきりさせるわよ」 ティアはそう宣言し、小高い丘の上を指差す。そこは広場になっており、2人が魔法合戦をするときによく利用していた。 「望むところです」 リリも意地になり、戦う決意をする。 「おおー、楽しそうですねー」 勉強もでき、高等魔法もこなせるアリオは優等生なのだが、鈍すぎるという欠点があった。争いごとが起きても、我関せずといった態度をとる。ただ、それは感心がないのではなく、何も気にしない性格だからである。 とにもかくにも、3人は丘の上の広場へ向かった――
街全体が見渡せる絶好の光景。爽やかな風が吹き、日光が心地よい暖かさを届けてくれる。 「じゃあどっちか優れた魔法使いか、アリオに判定してもらうってことで、いい?」 しかしティアは周りの情景などお構いなしといった感じで、一気にまくし立てた。 「ティアが勝てるとは思いませんけど、いいでしょう」 リリは既に勝利宣言のようなセリフをはいた。 「どっちも頑張れー」 アリオは何かの催しが始まる程度にしか考えておらず、少し離れた所で座って成り行きを見守っていた。 そして、乙女のプライドをかけた不毛な戦いが始まる――
「いくわよ!」 ティアはリリとの距離をとり、気合と共に呪文詠唱に入る。 「燃え盛る紅蓮の炎よ、悪の魔女を焦がしたまえ!」 半分真面目、半分オリジナルの呪文を唱え、ティアが印を切る。 数秒後、拳大程の炎が空間に生まれ、遥か彼方へ飛んでいった。 「あはは、キレイな花火ですね」 上空に放たれた炎を見て、リリが嫌味を言う。 「んもームカつく!」 ティアはその場で地団駄を踏み、悔しがっていた。 ティアは攻撃魔法を得意とし、学校内でも1、2を争うくらいの力をもっていたが、恐ろしいほどコントロールが悪いという欠点もあった。 「今のは高熱魔法。さすがーティアさんだー」 命中率はともかく、撃てたことにアリオは感心していた。確かに炎属性は扱いにくいもので、才能がないと操ることは不可能である。 「こっちもいきます!」 アリオの褒め言葉を聞いたリリは密に対抗意識を燃やし、氷の魔法を使うことにした。 「眠れる氷の精よ、我を阻む者を凍らせたまえ!」 呪文詠唱は完璧で、凍てつく吹雪が巻き起こる……はずだった。 「んー、気持ちいいー」 しかし、リリの魔法は単なる冷風と化し、ティアを涼ませるだけとなる。 「新しい風の魔法ですかー。リリさんも凄いなー」 アリオはしきりに感心し、メモ帳を取り出して熱心に状況を書きこんでいた。単なる失敗なのだが、彼には変わった魔法に見えたらしい。 「リリってば、相変わらず頭だけね」 ティアの指摘にむくれるリリだが、その通りだった。 リリは魔法概論などの知識は豊富なのだが、実戦となるとまるでダメだった。強力な魔法を扱えるが当たらないティア。当たるが攻撃力がないリリ。そのため、いつも2人の決着がつくことはなかった。 「ならば、次はこれよ!」 ティアは魔法発動の言葉を紡いだ後、手から雷を放った。 激しい光と共にリリ目がけて飛んで行くと思いきや、突如軌道を変えた。毎度おなじみコントロールミスである。 「危ない!」 ティアは慌てて魔法を止めたが、間に合わない。稲妻はアリオの座っている場所に寸分の狂いもなく進んでいった。 そして、激しい爆音と共に命中してしまった。 ティアもリリもしばらく言葉を失っていたが、砂煙の中でゆっくりと立ち上がる影があった。 「いやー驚いたー。まさか軌道修正とは。かなーり高度なテクニックですね」 アリオは立ち上がり、服についたほこりを払うために軽く叩いた。 それから何ごともなかったかのように、ゆっくりと腰を下ろす。 「どうして、無事なんですか?」 あまりの自然さに反応できなかったリリだが、何とか気を取り直して質問した。 「いやあ、ちょっと防御魔法を使っただけですよー」 アリオは笑顔でさらっと言い放つ。 「凄い……」 ティアも同じく呆然としていた。 雷を防ぐには絶縁服を着るか、耐魔法を使うしかない。アリオが使用したのは後者だが、あの一瞬で術を発動させたのだから、並大抵のことではなかった。普段は鈍いが、ときどき思わぬ冴えをみせる。そこがアリオの凄さだった 「それにしても、ティアさんって怖いですね。アリオさんを攻撃するなんて」 普段は温厚で、滅多なことでは怒らないリリだが、アリオが関わると人が変わったように悪口を言う。 「何か……思いっきりトゲのある言いかただこと。さすがリリお嬢さまですこと」 負けじとティアも言葉を返すと、両者は再びにらみ合った。 そして、意味のない魔法合戦が続く。 「くらえ、大いなる風の刃」 わけのわからない名前をつけ、ティアはかまいたちを放った。 その直後、広場の木が薙ぎ倒される。 「あーあ、ひどいなあ。自然を大事にしてくださいよ。本当の風は……こういうものです!」 リリは辺りに風を巻き起こす。 だが、悲しいことにそれだけでティアにダメージはおろか、攻撃にもなっていなかった。 「ふう、魔法力の無駄使いね」 ティアはわざとため息をついて、大きな声で話した。 「そっちこそ、周りに被害を与えるだけじゃないですか」 ここから、2人の争いは口論編へと変わる。もっとも、まだ魔法使い見習いなのであまり魔力がなく、既に底をついたことも要因だった。 「いつも勉強ばっかりして、そんなんだから彼氏ができないんでしょ」 ティアは指差して叫んだ。 「それって、どこぞの変な格好した娘のことかしら?」 リリはかなり腹が立ちながらも、言葉を返した。 「あーら、この素敵な服のセンスがわからないなんて、女として失格ね」 そう言ってわざと1回転してみせるティア。 「あのーそろそろ……」 アリオが何かを言おうと口を挟むが、2人の耳には届かなかった。女の子同士の口ゲンカは1度火がついたら最後、周りが止めることは不可能に等しい。 「私のようなブロンドなら似合うと思いますけど、赤髪の小娘にはねえ」 リリは髪をかき上げ、上品に振舞う。 「小娘ねえ。その小娘よりも胸ないのは、どこの誰かな?」 その言葉を聞いた瞬間、リリは真っ赤になって怒った。それは彼女が1番気にしていることで、好きな人の前で言われるのは我慢ならなかった。 「許しません!」 「ほほお、あたしに挑もうとはいい度胸ね。望むところよ」 しかし、もはやひとかけらの魔力もないため、やっぱり醜い言い争いが続くこととなる。 「大体、アリオはあたしのほうが好きに……あっ!」 ティアが何かを言いかけたとき、辺り一体に鐘の音が鳴り響いた。 「授業、始まっちゃいますよー。急ぎましょおー」 アリオが緊張感のないまま2人を急かす。既に走り出しており、姿が見えなくなりそうだった。 「まずい、このままじゃ遅刻しちゃう」 「アリオさん、早く教えてくださいよ」 2人は文句を言いながらも、アリオと一緒に駆けだした。 「だからー、さっき、言おうと思ったんですよお。でも、お2人が……」 「ああもう、わかった! とにかく学校まで走るわよ」 さすがにこの状況では嫌気がさしたのか、ティアはアリオの言葉を遮って全速力で走った。 「あ、待ってください」 リリは必死に追いかける。単純な運動が苦手な彼女にとって、走るという行為はもっともつらいことの1つだった。 それから3人は学校まで必死に走った――
こうしてティアとリリはアリオを巡り、無駄な争いを毎日のように繰り広げているのだった――
END
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