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クリエイター名 |
七瀬夕奈 |
サンプル
『月夜』
月は不思議なもの。ただの物質的な存在ではなく、もっと別の――
黒い翼をもった少女……いや、そう呼ぶには若すぎる。人間ならば20代後半といったところだろう。 彼女は窓際に座り、そこから見える月夜を背にして微笑んでいた。 「どうしたの?」 名前すら知らない少女。何のためにここにいるのかもわからない。気がついたら僕の部屋に現れるようになった。毎日来ると思えば、1ヶ月はいなくなったりする気まぐれな子だ。 「なあ……やっぱいいや」 彼女は僕が言いかけてやめたのを聞き、不思議そうな表情をしていた。。あの青い瞳で見つめられると、何も言えなくなってしまう。 そんなことを考えていたら、彼女のほうから口を開いた。 「月って、好き?」 いきなり妙なことを言う。彼女自身の存在も謎に満ちているが、考えていることも理解できない。 「別にどうとも思わない。ただ浮かんでるだけって感じかな。十五夜のときくらいしか意識しないし」 僕が適当に喋ると、少女は目を閉じて静かに聞いていた。 「私は好きよ。月がないと……生きていられないから」 彼女は少し悲しそうに呟いた。思わぬ言葉に冗談かとも思ったが、そんなようすではなかった。 少しの沈黙の後、窓からかすかな風が吹いて、彼女の黒髪を揺らした。 風が穏やかになったとき、僕は答を返すことにした。 「それは大げさじゃないかなあ。月の使者でもあるまいし」 すると彼女は立ち上がり、僕のほうに近づいて来た。 「ねえ、どうして月は変化するかわかる?」 「自転とか公転の関係だっけ。引力とかいろいろあるんだろうけど、詳しくは知らないや」 学校で習った気がするけど、そんなに覚えていない。急に質問されて説明できる人は先生とか学者くらいだと思う。 彼女がふと空を見上げたので、つられて一緒に見た。 「他に、意味があるのかもね」 「え?」 隣にいた彼女を見ようとしたら、姿は消えていた――
朝日が目に染みた。それは新しい1日の始まりを意味している。 僕は昨夜のことを思い出し、少し寝ぼけながらも窓のほうを見た。 「いない」 自然と声にしてしまった。もっとも、何度も経験すると慣れてしまう。 いつもあの子は知らない間にいなくなる。夢でも見ているような錯覚さえ覚える。でも、何回も同じ人を見るのは幻ではないはず。 夢の中だけに存在している少女なのかもしれない。自分でくだらないことを考えていると思いつつ、気になって仕方なかった。 あの子はどうして僕の前に現れるのか。そしてその意味は……いつかわかる日が来るのだろうか。
でも、それから2度と会うことはなかった。 きっとあのときの答こそ、彼女の求めるもの。それを見つけたとき、もう1度会える気がする。
遠くて近い未来に。
今夜は満月だった――
Fin
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