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クリエイター名  七瀬夕奈
サンプル

『Finally』


 夕暮れの遊歩道。人もまばらで、木々のざわめきだけが聞こえる。小さいながらも池があり、眺めとしては悪くなかった。
「いい場所ね」
 紺のブレザーを着た子が嬉しそうに話した。ショートが似合っている可愛らしい高校生だ。
「歩くだけならどこも一緒じゃないか? やっぱ女ってのはわからん」
 隣にいる男性が返事をした。日に焼けた顔が健康的で、肩にさげたバスケットボールが板についていた。
「でも、わたしはこういうとこ好きだよ。一緒に歩いているのが修一(しゅういち)じゃなく、カレだったら完璧だけどね」
 女の子は投げやりに言った。その顔は笑っていたが、どことなく元気がないようにも見えた。
「うるせえなあ、俺だって有紀(ゆき)以外の女だったら、誰でも嬉しいさ」
「あー、言ったわね!」
 有紀は子供のように頬を膨らませて怒った。
 それから2人は遊歩道を抜け、別の場所へ向かった――


 話し声の絶えない店内。通学路圏内にあるファーストフードといえば、学生にとってはかかせない場所である。
「相変わらずポテト好きねえ」
 向かいに座っている修一に対し、有紀は呆れ顔で口を開いた。
「わかってないな。ポテトは男のロマンだ!」
 謎の力こぶしを作って力説する。あまりのくだらなさに、有紀は思わずため息をついた。
「小学校のときから、ずっとだもんね……」
 有紀はオレンジジュースを一口飲んで、少し昔のことを思い出していた。
「幼稚園から高校までずっと一緒だもんなあ。くされ縁というか何というか」
 ポテトを食べるスピードは変えず、嫌そうに呟いた。
「あのねえ、今日つきあってあげたんだから、少しは感謝しなさいよ。まさか下見してるなんて静香ちゃんが知ったら、どう思うかな?」
 有紀が意味深なことを言うので、修一は喉にポテトをつまらせてしまう。
「あはは、慌ててる」
「お、俺を殺す気か!」
 慌ててコーラを飲み、何とか落ち着きを取り戻す。
「まったく、高3にもなってデートしたことないなんて、情けないよね」
「俺はバスケ一筋だから、いいんだ」
 彼の言葉どおり、修一の中学から高校までのの6年間は部活に打ちむ毎日だった。そのかいもあり、修一は誰よりも上手くなったが、チームメイトに恵まれず、大会ではすぐに負けてしまうという結果だった。
「で、夏の大会終わって引退して、マネージャーの静香ちゃんに告白されて、女に目覚めたってわけ」
「どこで聞いたのか知らないが、まあそんなとこだ」
 修一は恥ずかしかったのでにハンバーガーを手にし、口にほおばって上手くこの話題から逃げた。
「今日は私が貴重〜な時間を割いてあげたんだから、デート失敗しないでよ」
「ああ、一応助かったぜ」
 有紀は一応という言葉が引っかかりながらも、あえて指摘しないことにした。
 幼なじみだけに、修一の性格はよく理解していた。本当は感謝しているが、照れ隠しの意味でぶっきらぼうに答えたのだろう。有紀はそんなことを考えていた。もっとも、それは修一も同じで、彼が唯一気兼ねなく話せる女の子が有紀だった。
 だだ、全てをわかるという関係とまではいかないようである。
 有紀がときおり見せる表情に、彼が気づくことはなかった――


 12月24日、夜。駅前の広場には恋人を待つ人の姿がたくさん見られた。イルミネーションが綺麗なこともあり、待ち合わせにはうってつけの場所だった。
「まったく、何考えてるんだか」
 壁にもたれかかり独り言を言う少女。しかし言葉とは裏腹に笑顔だった。腕時計を繰り返し見ており、落ち着かないようすである。
 それから約束の時間を10分ほど過ぎた頃、修一がやってきた。
「遅い」
 開口一番、有紀は冷たく言った。
「いきなりそれかい。普通『今来たばっかり』とか言うもんだぜ」
「それはドラマの見すぎ。今どきそんな純情な子、わたしくらいね」
「ほー」
 修一は疑いの眼差しを向けた。その視線が痛かったのか、有紀は目を合わせようとはせず、場をごまかすために別の話題をすることにした。
「そういえばさあ、先週せっかく恋人役やってあげたのに、彼女にフラれちゃったのかなー」
 有紀がいたずらっぽく笑った。修一は本当ならば怒るところだが、不覚にも可愛いと思ってしまったので文句を言えなかった。
 それから修一は珍しく無口になり、しばらく辺りのようすを眺めていた。その雰囲気で何かを感じたのか、有紀も黙っていることにした。
 ライトアップされたもみの木を眺めるカップル、家路を急ぐ会社員、街頭で呼びこみをする店員……駅前はさまざまな人々が行き交う場所である。
「ちょっと、いいか?」
 修一は何気なく言うと、相手の返事も待たず勝手に歩き始めた。
 有紀は仕方なく着いていくことにした――


 コートを着ているとはいえ真冬である。身体に吹きつける風が痛かった。
「寒いよおー」
 有紀は文句を言いながらも、修一の向かっている場所がわかってきた。しばらくは彼と一緒に進むしかなかったので、黙って歩き続ける。
「着いたぞ」
 修一がようやくが足を止めると、有紀は大きなため息をついた。
「わかっていたけど、真っ暗」
「うーん、ちょっと失敗か」
 修一が連れてきた場所は学校の近くにある遊歩道だった。昼間ならば池が見えるはずだが、この時間ではよく見えず黒い水が不気味に映るだけだった。
「何でここに連れてくるかなあ? 大体、静香ちゃんはどうしたのよ」
「うるせえなあ、最初から静香とはつきあってないって」
「え?」
 思わぬ事実を耳にし、有紀は呆然とした。

 それは、告白されたという話を聞いたときと同じような気持ちだった――

「俺は断ったんだけど、周りが盛り上がってなあ。お前も妙な噂を聞いたんだろ」
 有紀は黙って頷いた。誰もいない遊歩道の静けさも手伝い、修一の声がよく響いた。
「でもさあ、何で? 結構可愛いコだよね」
 有紀が以前バスケ部の練習を覗いたとき、遠くから見ただけだが、女の立場から見ても可愛いという印象があった。
「甘いな。男と女の好みは違う」
「じゃあ、タイプじゃなかったと」
 すると修一は急に静かになった。有紀は自分のツッコミで口ごもったのかと思ったが、どうにもようすが変だった。
 それから少し待っていると、修一が思いがけないことを口走った。
「静香は可愛いと思うけど、俺は好きな人がいたからなあ」
「ふーん」
 有紀は何ごともないような態度をとったが、心臓はドキドキしていた。
「ふーんじゃねえよ! ここに連れてきたのは、お前が好きな場所って言ったからだぞ!」
 修一は勢いで口走ったあと、思わずしまったという表情になる。
 それは、事実上の告白と同じ意味だった。
「あ、そうなんだ……」
 有紀は嬉しかったが、照れくさかったので関心のないような態度をとった。彼女が何よりも望んでいたことだったので、すぐに受け入れることができないのである。返事をしないといけないと思っているが、どうにも素直になれなかった。
 その後、長い沈黙が続いた。気まずいとは思いつつ、お互い恥ずかしく口を開くことができなかった。
 車の走行音がかすかに聞こえた。何度か繰り返される無機質な音。
 それが過ぎ去った後、少女はゆっくりと言葉を紡ぎ始める。
「わたし、修一に彼女ができたって聞いたとき、悲しかったんだからね」
 有紀はか細い声で、ささやくように話した。
「ということは……おお!」
 修一はすぐに理解できなかったが、少し考えた後でようやく彼女の気持ちに気づく。
「もー、鈍いんだから。こないだの下見してるときだって、本当は切なかったんだから」
 彼女の代わりという悲しい立場。それでも一緒にいたいという乙女心。
 修一にどれほど通じたのかはわからないが、彼はその気持ちが嬉しかった。だが恥ずかしいので口に出さず、心の中にしまうことにした。
「なんだ、お前も俺のこと好きだったのか」
 さも平静を装っているが、内心は有紀以上に心臓の鼓動が高まっていた。
「なんだって何よ!」
「あはは、悪い悪い」
 修一は有紀がいつものようにむくれる顔を見て、ようやく笑うことができた。
「あーあ、何か気が抜けちゃったな」
 有紀は文句を言いながらも笑っていた。
 それは彼女にとって、久しぶりに心から一緒に笑えた瞬間でもある。
「修一さあ、昨日のTV観た?」
「おお、あの特番だろ。なかなか面白かったぜ」
 これを機に緊張が取れたのか、2人はしばらく他愛のない話を続けた――


 真っ暗な夜の遊歩道。派手な電飾もないが、星の光でかすかに明るかった。人工的ではなく、自然の創りだす光景。今の2人には何よりのプレゼントである。
「じゃ、とりあえず今後ともよろしく」
 修一が照れ隠しのため、早口で言った。
「ちっとも告白された感じじゃないけど……ま、いっか」
 有紀は笑いながら返事をした――


 近いようで遠い存在。幼なじみで男女というのは、親しすぎて恋人にはなれないという話もある。
 ただ、この2人に関しては何の心配もなかった。
 2人の出会いは、たった今始まったばかりである。


 修一と有紀は帰り道、ずっと両手を繋いでいた――



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