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クリエイター名 |
久保未歩 |
サンプル
クラシカルマインド〜無題〜より
「……見えないか?」 ラートはそれだけを言うと黙ってしまった。 夜空に見えるのは、星と月。雲はなかった。 星にさして動きはない。天変を知らせる様子もない。 だとしたら、月。 だけど、月のことは夜の王であるリンクが一番良く知っている。月は夜の王の一部でもあるから。 リンクは月をジッと見ていた。そして、あることに気付く。 まるで全身から血の気が引いていくようだ。リンクは目をみはり、それを凝視する。 「……まさか」 「ようやく気付いたか。夜の王なら、誰よりも早く気付くんだがな」 そう、ようやく気付いたのだ。 月が欠けていることに。 夜の王なら真っ先に気付いて当然。自分の一部が欠けているのだから。 だけど、リンクはそれに気付けなかった。 どうして? 「……どうして?」 愕然するリンクにラートはただ、事実だけを言った。 「それは、お前が真の夜の王ではないから」 「……何?」 その言葉にようやくリンクはラートの方を見る。 相変わらずの表情で、ラートは語った。 「正確には、本物の月の保護者と契約していないから、お前は本当の夜の王になれていないだけだ」 それじゃあラートは月の保護者ではないというのか。 「……お前が、本物じゃないのか?」 「俺はお前の保護者じゃない」 何がどうなっているのか。リンクの頭は混乱している。 「……じゃあ何のために、ラートは月の保護者の契約をしたんだ?」 ラートは一瞬、口元を緩めリンクを睨んだ。 「夜魔族を滅ぼすためさ」 目の前にいるのは知らない他人のようだ。リンクの知らないラートが笑みを見せる。 ラートも夜魔族なのに、なぜそのようなことを言うのか。 突然知らされ事実に目が回りそうだった。だけど、リンクは必死にそれに耐える。 「そのために、お前はわざとあの日、月の保護者だと偽ったのか……」 双子の森の奥にある岩へ捧げる夜の王と月の保護者の契約は、確かに実在する。だが、月の保護者が本物でないせいで、契約が未完に終わっていた。 それでは、リンクは夜の王としての力を出すことは出来ない。 「……体力が落ちているのが、分かるだろ?」 ラートの指摘にリンクは心臓の鼓動が速くなる感がした。 「お前がまだ夜の王としての能力を持っていないから、人間の機械にも反発することができないでいる。……あの装置の効き目はどうだ?」 リンクの脳裏に過ぎるのは、アオイたちがアンサズへ向かうと決めた後、1人別行動を取り、ラートとぐるになっている占い師の元へ行った時のこと。 閉じ込められた部屋にあったのは、おそらくラートが文明帝国から取り寄せた、拘束者を逃がさないための装置。体力を吸収し、動きを鈍らせる役割があった。 だけど、リンクにはそれに留まらなかった。 あの部屋から逃げ出しても、体力は落ちる一方。今じゃ飛べるかどうかも危うい。 夜魔族と人間が造った機械は非常に相性が悪かった。 「俺の体力が落ち続けているから、月も欠けたのか……」 リンクが次に思い浮かんだのは、閉じ込められた部屋を管理していた占い師。 あの薄紅色の髪をした占い師は、夜魔族の信仰する宗教、セイレン教の教主だった。名前は、宗教名と同じセイレン。だが、彼女自身夜魔族のことをほとんど知らないでいた。 なのに、アオイに異常な程執着を見せていたのには、さすがのリンクも気になっていた。 それもこれも意識が途切れる直前、セイレンの隣に現れたラートのせいだと言うのか。 「セイレン教も名ばかりの宗教だったのか」 「あぁ、ちょっとばかしあのルーランセを利用してでっちあげたまでのこと」 ラートの思惑にリンクもアオイも夜魔族の全ての者が騙されていた。 「あの占い師が葵に執着していたのは……?」 「金の髪の男はセイレン教の天敵と教えただけだ」 「どうしてアオイなんだ? 監視するなら俺でもよかっただろ」 それはリンクが馬鹿なのか。ラートはまた無の表情に戻り、あえて答えを言わずに言った。 その声には怒りすら感じる。 「……まだ、気付かないのか?」
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