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クリエイター名 |
虚乃剣 |
サンプル
「バナナはおやつに含まれるのか?」。
かつて、この問題を提起した少年がいた。彼を仮にAと呼んでおこう。 おやつの上限金額は300円。バナナの単価は30円。仮にバナナをおやつとした場合、A君のおやつ上限額は270円となる。二本ならば、240円!これは由々しき事態であった。 うまい棒が何本買える?チロルチョコが何個食える?小さいスナック袋なら買える金額ではないか。 しかし、バナナは食いたい。A君にとって、バナナは大が付く好物だ。 待てよ、と疑問。バナナはおやつに入るのか?さもすれば、弁当のデザートではないか? 遠足前日の『帰りの会』の団欒。A君が挙手する。
「先生! バナナはおやつに含まれるんですか?」
先生はどう答えるだろう。 凡庸な先生ならば、失笑か苦笑したのちにギャグとして捉え切り捨てていただろう。 そんなもの、どっちでも良い、と。 しかし、A君の担任は凡庸ではなかった。何ごとも真剣に答える熱血馬鹿だったのである。
「A君。弁当のデザートとおやつの違いは何だね?」
思惟思考するA。小学生ながらに頭の回転は速かった。 答えは単純明快。
「食べる時間です! 昼食の時に食べれば、弁当のデザートに。おやつの時間ならばおやつに!」
答えるA。厳密には違うだろうが、遠足での違いはそこにあるはずである。 この時点で彼の悩みは解消された。昼食の時間にバナナ三本食おう、と。 しかし、担任は熱血馬鹿。容赦ない。
「そうだ。しかし、これではバナナが結局どちらか分らない。状況によるなどというレベルではなく、原理的な意味でどちらかと決めようではないか」
「そんなもの無理でしょう、先生。昼食の際に食べればデザート。おやつの際に食べればおやつ。二つに場合分けでき、それで充分ではないですか」
「いや、君は致命的なミスをおかしている。もう一つの状況を考慮せねばならない」
先生の言っている意味が分らず、黙するA。
「バナナを食べなかった時だ! 理由は何でも良い。バナナが腐っていても、君が腹痛を起こしたとしてもいい。しかし、しかしだ! 食べなかった時、バナナはデザートなのか? おやつなのか? どちらだ!」
衝撃! 苦悩するA。問題は解決してなかったのだ。 彼がバナナを食べなかった。或いは食べれなかった場合。彼はおやつの上限金額を超えてしまうことになる。由々しき事態! むしろ、おやつの金額を期待値で考えれば、300円を超えるのは自明! 流れる汗、乾く喉。震える唇。
「Aよ、君は知っているか。これと似たようなことを考えたものたちがいることを!」
先生の言葉に、Aはぴんと来ない。
「シュレーディンガーの猫だ! 箱の中に猫を入れ、30分後、50%の確率で毒ガスを流す。一時間後、箱の猫は生きているのか、死んでいるのか?」
「そんなもの見れば、分るじゃないですか!」
「そうだ。見れば分る。見なければ分からない! ……食べなければ分らないバナナと似たようにな!」
再び衝撃! バナナはおやつか? とシュレディンガーの猫は生きているか? 死んでいるか? がまさか、同じ形式だったのは! シュレーディンガーの猫。状況は三つ、ABCと分けよう。 A→箱の中を見て、猫が死んでいる→猫は死亡確定。 B→箱の中を見て、猫は生きている→猫は生存確定。 C→箱の中を見ない→猫は生きているし、死んでいるという二つの状態となる。 おやつはバナナ。同じように状況三つ、ABCと分ける。 A→昼食に食べる→バナナはデザートと確定する。 B→おやつの時間に食べる→バナナはおやつと確定する。 C→バナナを食べない→バナナはデザートであり、おやつであるという二つの状態となる。 苦悩し、うな垂れるA。 これは正に「シュレーディンガーのバナナ」と名付けるには充分な謎!
「ああ、……僕はどうすれば」
絶望の淵に立たされるA。彼にはどういう判断をすべきか分らない。
「Aよ。ここで重要なのは、バナナはどちらか分らないということなのだ。そして、君が上限金額を超えたくないという考えなのだよ」
「…………」
口を噤んだまま、聞き入るA。
「リスク管理的思考だ。君がバナナを食べれない可能性がある以上、バナナをおやつと 仮定して行動すべきだと、僕は思う。そうすれば、上限金額を超える事はない」
告げる教師に、頷くA。 結局彼は、270円分のおやつと一本のバナナを持参することとなった。 他の生徒は思っただろう。教師とA君の会話とは独立して、A君は馬鹿だったと。 規則は必ず守る。自分の損得を超えて論理にこだわる。――何と凡庸なことだ!
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