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クリエイター名 |
池澤まゆり |
サンプル「彫像」
少女は自ら彫り上げた彫像を見て、溜め息をついた。彼女が作っていたのは恋人の彫像だった。三年前に戦争へと行ったきり返ってこない恋人。 戦争は半年前に終わった。彼女の家は戦火に晒されることもなく、いつもと変わらない毎日が過ぎていくだけの三年間だった。 彼女は三年間、ひたすら恋人の彫像を彫り続けた。何体も作ったわけではなく、一体に三年の時間を費やしたのだ。三年間彫り続けられた石には埃すらつもりかけている。だがこの像はいまだ完成していない。 少女が覚えている恋人の肖像。それを完璧に彫像にすることができないのだ。表情のところで、彫る手がどうしても止まってしまう。いくら精巧に似せたつもりでも、彼女の心が違うと叫ぶのだ。彼はこんな表情はしなかった、彼はもっとみずみずしい表情で笑うのだ――と。 彼女は再び彫り始めた。理想の彫像に少しでも近づけようと、一心不乱に。 不意に、背後の扉が開いた。どうでもいいものであればすぐに彫りに戻るつもりで、彼女は扉に一瞥をくれた。 そこには青年が立っていた。彼女の恋人だった青年が。 少女は工具を捨てるように手放し、青年に駆け寄った。青年が両腕を広げる。彼女は迷うことなく青年の胸に飛び込んだ。 青年の温かい腕が彼女を包み込む。彼女は胸が震えるのを感じた。これは偽者ではない。本物の青年だと。彼は帰ってきたのだ。 彫像はいつまでも未完成のまま、彫り手である少女を待ち続けることだろう。だが彼女はもう彫像を彫ることはない。本物の青年が帰ってきたのだから。
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