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クリエイター名  萩野葛
サンプル


■BL/同級生モノ
■主に三人称



「――そっち寄って」


今日、何本目かの煙草に火をつけると狭い歩道の中、自分の右側を歩く清澄へと呼びかける。
紫煙がばあっと広がり、口内に何時もと変わり映えのしない味が広がると「早く」と促すように
不思議そうに此方を向く清澄に己の左側を指し示す。
ほんの一瞬の視線のやり取りで東の云いたいことが掴めたのか、ただ曖昧に小さく微笑みながら
自分よりも一歩先を歩いていた清澄は東の左側へと位置を変える。
『鍋が食べたい』
などと、唐突に東の家を訪ねてきた清澄は夕方だと云うのに寝巻きのまま
布団に包まっていた東を見て呆れたように笑い――行こうか、と人の意見も聞かずに微笑んだ。
取り敢えず財布と煙草とライターだけをポケットに無理矢理ねじ込み、
既に玄関で自分を待っている清澄の元へ向かったのがつい先ほど。
今はこうして「材料を買いに行こう」と、やけに上機嫌の清澄の後ろを何時もの仏頂面と銜え煙草で
東は歩いている。寝起きの頭に紫煙が充満し始めた頃、清澄はふと口を開いた。
「全く、うちの学校の人間は東を見る目がないと思うんだ」
唐突に何か、と目を瞬かせる東のことなど一瞥もせずに清澄は話を続ける。
「昨日、同じ学科の女の子――誰だったかな、名前は忘れてしまったけれど。
三人ぐらいに話しかけられてね。その子たちが――柳くんは優しいものね、と唐突に云うんだ」
「………何、何の話」
「うん、本当に何の話かと思って――如何して?と聞き返したら
――新城くんはとても冷たそうなのに柳くんは良く耐えてる、なんてことを云われてね」
長くなった灰を弾き飛ばす途中、不覚にも小さく噴出した東を見て清澄も釣られたように笑う。
東の指先によって弾かれた灰は、風の流れに逆らうこともせずに素早くアスファルトに散って行く。
「――別に、最もらしい話じゃないか」
「確かにね、全てを否定することはしないよ。
東は確かに無愛想で、冷血漢だしね。僕だって何度、君の心無い言葉に傷付いたか分かりやしない」
今でこそこうして毎週末のように清澄と過ごしているが、
未だ彼とはじめて出会った頃、正直柳 清澄という人間をあまり好きでは無かった。
尊敬はしていたし、心底嫌うなどと云うことは無かったものの、
とてもでは無いが今のようにこうして二人で鍋の材料を買いに行くため、他愛もない話をしながら
スーパーへの道程を共にする、なんてことは実行はおろか、想像すら出来なかった。
彼を拒絶したこともあれば、酷いことも勿論云った。
恐らく片手で数えても分からないぐらいに。
都合の悪いことは直ぐに忘れてしまう東に清澄はこう云うに違いない。
『片手どころか、両手で数えても足りないよ』
と、また何時ものあの微笑みで。
「――それで?」
もう直ぐ其処には目的地のスーパーが薄闇の中、淡い光を放つ看板を掲げている。
話の続きを聞き出そうと東が首を傾げると――うん、と清澄は視線を上げた。
「けれどね、そういうところ。東の、そういうところがね。僕は凄いと思うんだよ」
そういうところ、と清澄は視線を上げて何かを示して笑う。
――何が、と云い返そうとした東を遮り清澄は双眸を細めて笑みを強める。
赤信号が薄闇に輝く中、交差点で立ち止まると清澄は――まだ分からないのか、とでも云いたげに
「それ」
と、東の口許に視線を遣る。
「……どれ?」
何時まで経っても清澄の云いたいことは掴めずに、ただただ疑問の色ばかりを強める東に
清澄は――鈍いね、と最早呆れたように笑みを零す。
ほんの僅かな間の後、青信号に変わった信号に反射的に清澄は歩き出す。
少し遅れてその後を歩く途中、清澄は振り向いて
――さっき、と何処か揶揄めいた笑みと共に唇を開いた。
「僕に気を遣ってくれただろう?」
知っているよ、と云わんばかりの声音に意味が分からず目を見開くと
喉奥からさも愉快そうな笑い声が洩れ、清澄は再び前を向いて歩き出す。
「君は何時もそうだね。優しい振りなんて微塵も見せないくせに、何時も僕を気遣うんだ。
さっきだって、そうだよ。風があちら側に吹いていたから、
だから僕にそっちへ寄れ、と云ったんだろう?煙草の煙が僕に掛からないように」
違うかな、と背中越しに清澄は自信満々に問いを投げ掛ける。
「…………」
思わず、思考を巡らすも寝起きの所為か、清澄の所為か、思考がうまく働かない。
「――そんなの、常識だろう」
かろうじてそれだけ返答してみるも、続く適当な言葉が思い浮かばない。
云い訳をすれば清澄に対して自分がいかに気を遣っているか、それを認めざるを無くなるような気がして
思い浮かべた台詞を喉奥深くに飲み込んだが、だってそうなのだ。
清澄は煙草を吸わないし、自分に気を遣っているのかそこのところは分からないが、
恐らく煙だって好きじゃないに違いない。大体、喫煙者である自分だって
煙草の煙を吹きかけられるのは好きじゃない。自分がやられて厭なことは人にしない。
ただそれだけであって、決して清澄に気を遣っている訳では――
そこまで台詞を喉奥に埋めると、清澄は再び振り向き東の顔を見るなり可笑しげに笑い声を上げた。
「――東、」
後ろで手を組んだ清澄が、まるで悪戯っ子のような微笑みを浮かべて己の名を呼ぶ。


「灰、落ちるよ」


え?と、唇を動かした途端に銜えていた煙草から長い長い灰が東の靴へと降りかかる。
――しまった。
そう云う間も無く、眉を顰め靴に降りかかった灰を払う東に清澄は三歩遠くからまた可笑しげに笑った。


「ありがとう」


何時ものように微笑まれた後、靴から視線を上げた東を待つこと無く清澄はさっさと先に歩いていく。
その背中が、
――君のことなら何でも分かるよ。
などと笑っているようで、残り少ない煙草のフィルターを噛み締めながら
何なら煙でも吹きかけてやろうか、とも思ったがもう既に目的地の看板の直ぐ下へと辿り着きそうだ。
淡いオレンジの看板の下、相変わらず三歩前を歩く清澄は籠を手にして己を待っている。
「何の鍋が良いだろう」
と、笑う清澄に既に怒る気も弁解する気も湧かず観念したとばかりに
近くの灰皿に煙草を弾き飛ばした。まだ当分、この人には敵いそうにない。
 
 
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