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クリエイター名  にのまえはじめ
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タイトル【恋慕】

 フリーで仕事をしていると、時間の感覚というものが狂ってくる。そのくせ、〆切があるような仕事だと日付け感覚だけはしっかりしているから困りものだ。
 柊悠はフリーランスの契約ライターを生業としている。ここ最近になってようやく連載を持ち、生活も安定しだしたころだった。
 その日も一仕事を終えたころには、夜があけていた。メールで編集部に原稿を送り、校正が来るまで仮眠をとろうと考えていた。その矢先のこと。
 玄関の呼び鈴が鳴った。
 時計を見ても、時間はまだ朝五時。人が訪ねてくる時間ではない。気のせいかとも考えたが、さらにもう一度、今度は連打された。
「なんだってんだ、まったく……」
 ぶつぶつ文句をいいながら、玄関の覗き窓から外を見る。鬼のような形相で呼び鈴を連打している女性の姿に、ため息をついて玄関をあけた。
「非常識すぎだ、百合香」
「早く開けてよ。もー疲れた〜」
 かなりきつめの口調で文句をいっても軽やかにスルーして、百合香はまるで自分の家のようにあがってきた。見れば、旅行でも行くかのような大きな荷物も持参している。
「何なんだ、いきなりこんな時間にやってきて」
「お兄ちゃんに会いたかったのぉ〜」
「なんだそりゃ? また親父に結婚しろとか言われたのか?」
「んー、まぁそんなとこ」
 にへら、っと笑い、飄々とした態度でこちらの詰問をするりとかわす百合香の態度に、悠はため息を吐いた。
「あのなぁ、うちは駆け込み寺じゃないんだ。しかもこんな時間に」
「こんな時間だからだよ。兄貴なら平気だと思ったし」
「やかましい。そろそろオレは寝たいんだがな」
「ああ、仕事中だった?」
「終わったところだ。だからそろそろ寝たいんだ」
「あっそ。あたしもちょっと眠いわ。じゃ、一緒に寝よっか」
 百合香は何につけても突然だ。こんな非常識な時間にやってくることもあれば、自分の年齢を度外視した、恥ずかしくなるようなことも平然と言ってのける。
 もっとも、そういう時の対処法は、さすがに兄だけあって悠も心得ている。
「死んでしまえ」
「えー、昔は一緒に寝てたのに」
「定番の台詞だな。本当におまえ、何しに来たんだ? こんな朝早くに」
「うん、あのね。今日からあたし、兄貴と一緒に暮らすことにしたから。よろしくね」
「……は?」
 よろしくね、と言われても寝耳に水だ。そもそもここは、悠の自宅であるとともに職場でもある。妹が一緒にいても、邪魔であって有り難いことは何一つない。
「ちょっと待て、なんだそれ?」
「なんだもかんだも、そういうことだから。荷物も持ってきたし」
「さてはおまえ、親父と喧嘩して家を飛び出してきたな!」
「何をいまさら……荷物も持ってきてるじゃない」
 どうりで旅行にでも出かけそうな大荷物なわけだ。
「ダメだ。帰れ」
「いや」
「ここは仕事場も兼ねてるんだ。それにおまえだって仕事があるだろう」
「邪魔はしないよ。兄貴が言うように、あたしも昼間は仕事いってるから気にならないでしょ? それに、こっからのほうが職場にも近いんだよ」
「じゃあ、自立しろ」
「女の一人暮らしは危ないから、って父さんも母さんも言うんだもん。とりあえずさー、今日はいいじゃん。もう眠いよ〜」
「ったく、おまえは……って、おい、なんで人のベッドに潜り込むんだよ」
「ね〜む〜い〜の〜。兄貴も寝たいなら、一緒に寝てもいいよ」
 そんな甲斐性はないでしょ、と言わんばかりの笑みを浮かべる百合香に、悠は怒り半分、呆れ半分な表情を浮かべてため息をついた。
「ええい、どけぇい」
 ベッドの中央に陣取っている百合香を壁際まで追いやって、悠は布団の中に潜り込んだ。
「ったいなぁ、もうちょい優しくしようよ……」
「うるさい黙れ口を開くな。はぁ……とりあえず、あとで実家に電話を」
 言いたい放題の百合香へ、さらに文句のひとつでも言ってやろうと思ったが、その姿はすでに悠のベッド中に隠れていた。
「おいこら寝るな! てか、今日仕事は?」
「ん〜、今日はお休みなの〜。もう邪魔しないで……」
「邪魔するなって、おい」
 完全に寝の体制にはいった妹は何をしても起きない。妹の安らかな寝息を耳に、悠は心底頭が痛くなった。
 
 
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