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クリエイター名  朝瀬 刹那
サンプル

◇ サンプル3:男性一人称、シリアス寄り冒頭シーン


 ――世界は醜く引き攣っている。

 僕の師匠がある時、そう零した。あの時の僕はそんなわけない、こんなにも美しい自然に溢れた世界が醜いわけないと一生懸命訴えかけた。
 その時、師匠はこちらに顔を向け、悲しげな笑みを零してから、
「……確かに自然は美しいが、人はみな愚かしくも弱く、醜い生き物だ。そして私もお前も人間で、その醜き世界の一部である。……いずれ解る、この世界がいかに狂っているのかを」
 それは静かなのに、冬の朝のように冷え切った厳しい声。だけど、催眠術にも似た脳髄まで浸透するかのような言葉は幼かった僕の胸を激しく揺さぶった。
 けども、そうじゃない違う、世界は綺麗なんだと僕は言葉にはできなかったけど、心の中では何度も何度も呟いていた。

 だけど、今の僕ならあの時の師匠の気持ちが解る。そう、この世界は醜く引き攣っているのだ。
 しかも狂ってもいるだなんて救いようもない。


「アドルフ?」
 その呼び声によって、僕は意識を現実世界へと引き戻らせた。
 少し俯き加減だった顔を上げて、そちらを見やれば心配そうに僕を見つめている幼馴染――マルタの姿があった。
「どったの、いつになくボーっとしちゃって珍しいのー」
 見た目は成熟した女性なのにも関わらず、彼女は舌足らずな口調でしゃべるのが特徴的だった。むしろ、中身そのものも子供っぽいというか……。
 腰の辺りまで長く伸びた金髪の巻き毛に、パッチリとした二重瞼で湖底を写し取ったかのような鮮やかな緑色をした双眸を縁取る長い睫毛。
 頼りなさそうに少したれがちの眉尻、丸みを帯びた愛嬌のある鼻に小さいがぽってりとした唇。
 面立ちは愛らしいと評しても差し支えないし、実年齢が二十代後半だというのにも関わらず若々しくも張りのある白磁の肌。
 だけど、その見た目と不釣合いなほどにその体型は成熟し、完成されたものだった。
 見る者を圧巻させる、いやらしさを感じさせない肉体美。両脇に深く切りこみを入れたスカートからすらりと伸びる脚は目に眩しすぎたが、それでもこちらに邪な思いを抱かせない雰囲気をまとっていたせいか、マルタの第一印象は『清純』だった。それは彼女の人となりを知った今も変わらない。
「ボーっとしてると殺されちゃうぞ!」
 砕けた口調だったが、マルタの緑柱石の双眸に宿る光は酷く真摯だった。

 そう。僕たちはこれから、戦地へと赴こうとしている。

 僕は藍色に支配された空を見上げ、そっと吐息を零そうとするが、肌寒さから思わず震えてしまう。
 空から白い花びらがひらひらと降ってきたせいもあるのだろうが、今の時間帯は夜なんだろう。僕たちがいるこの大陸――フォルモントは夜の国とも称される、難攻不落とされる大陸だ。
 ここは『我ら夜の国は独自の理念に基づき、『外』の領域を侵略せず、何者の侵略を許さず、そして『外』の争いには介入しない』などという理念を掲げている大陸で、それをユグドラシルが始まった当初から今まで守られ続けてきたものでもある。
 けど、そんな大陸が今回の戦(いくさ)には参戦するという。
 そして、僕もマルタも“異能の力”を宿す者として、力を貸そうとここに集ってきているというわけだ。
 この世界――ユグドラシルには区別をつけるために、人間が扱える“魔力”と“異能の力”と呼ばれる二種類の力がある。魔力の根源が何かはよく解らないけど、“異能の力”は神々が持つ力と根本的なものが同じだけど、性質は違うものだ。神々が持つ力は人の身には余るからこそ性質が違う。

 今回はユグドラシル十二の大陸を巻きこんでの大戦争になるという。
 しかも、僕たちが味方につこうとしているこのフォルモントが一番不利なのだ。
 こんな事態になってしまった始まりを聞いた時、僕は改めて世界は理不尽なのだと思い知り、師匠が言った言葉の意味もようやく理解した。
 ――確かに、この世界は醜く引き攣っている上に狂ってる。
 それはマルタも同じだったらしく、一緒に力を貸しに行くことにしたのだ。
 やっとフォルモントに辿り着いたかと思えば、噂に違わず昼夜問わずずっと夜だった。だからこそ、夜の国と呼ばれているんだけどさ。
「殺されやしないさ。僕を誰だと思ってるんだよ」
「おバカなアドルフちゃんでしょ?」
 さも当たり前と言わんばかりの顔で胸を張って答えるマルタを見て、僕はそっと溜め息を吐いた。
 いつも通りと言えばいつも通りだけども、道中もマルタがずっとこんな調子だったせいで、戦地に向かうという緊張感がないのは僕の気のせいなのか。
「……あのさ、もっと違う言葉をかけられないわけ?」
「どんな言葉? わたし、バカだから言ってくんないとわかんない」
 ぷう、と薄紅に色づく頬を膨らまして抗議してくるマルタは愛らしいが、それを見て僕はわざとらしい溜め息をもう一度吐く。

 そのまま夜空を振り仰ぐ。
 僕たちが住んでいた場所もそれはそれは自然が美しい場所だったが、ここの美しさには負ける。
 いや、美しい――そんな言葉で片付けられないものがある。神秘的というかなんというか……言葉でこの大陸の美しさを表そうとしても無理難題というものだ。
 星々はより一層輝きを増して、自分たちの存在を魅せつけるのと同時に、僕たちの足元も仄かな明かりで照らしてくれる。

 だけど、その輝きを見て、心に過ぎった影に名をつけるのなら――不安、それになるだろう。
 
 
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