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クリエイター名 |
川上みなほ |
サンプル
完璧な欠陥人間
寸分の狂いもなく、正確に精巧に具現化したとしたら、私の迷いはきっとこのような姿をしている。 シルクハットを被るうらぶれた猫は言った。
「わたしは昼間というものが嫌いです。なにもかもが明るくて目が眩んでしまうからです。太陽が嫌いなわけではありません。暑いのは苦手ですが、暖かいのはうれしいです。けれど明るいせいで、何もが見えすぎてしまうのです。それは、とてもつまらなくて、大変嫌いです」
猫は居心地悪そうに、大きな顔で居座る太陽を、もともと細いのを更に細めて睨み付けた。 猫の隣で座る私は手持ち無沙汰に、指の大きさに合わないで生えてくる親指の爪の端を、反対の人差し指でかりかりと引っ掻いていた。もう少しで取れそうになっている。 猫は勝手に続けていた。
「つまらないのです。何もが明確すぎて、想像が膨らむ余地がないのです。わたしがいられる隙間も、もう限られてきました。生きていられないのです。限定され続けているのです。それは徐々に大きくなって。わたしは徐々に生きていられなくなっていきます。文字通り、身を削られる思いです。どこにも行かれないのです。羽ばたきたいのに、自由を手に入れたいのに」
猫は熱弁を揮っていた。私はもう指の爪に夢中で、話はほとんど頭に入っていなかった。 つまらない話に、大分飽きた。
「悲しいんです。とてもとても。どうしたらいいんでしょう」
猫は泣く。ひとりで涙を流し。ベンチの周りに、すすり泣きに近い猫の鳴き声が響く。お役ご免の街灯だけが、猫の声を聞いていた。それでも街灯は話す口を持っていなかったから、大変心苦しかった。代わりに、街灯は狂ったように、白昼堂々明かりを点した。
「あぁ、明るい。目が痛くてしょうがない。ものがくっきりと、はっきりで、しかたない」
私は黙って、爪を取りきった。
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