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クリエイター名 |
風華弓弦 |
サンプル
サンプル文章 /世界設定:剣と魔法と亜人が存在する、よくあるファンタジー世界
●エルフの耳は、何故長い? 太陽が西に傾くと、窓の外に見える街並みは鮮やかな朱に彩られた。 それは、落陽が放つ光のみで作り出された光景ではない。 小さな都市国家の中央にある聖堂の塔から眺めた時、人の目にそう映るように街が作られているのだ。 だから眼下に広がる景色は、自然と調和して暮らすと称されるエルフからすると、美しくも楽しくもなかった。 短い溜め息と共に窓の外から視線を移した彼は、自分しかいなかった螺旋の回廊に一人の子供が立っているのに気がついた。 10かそこらに見える小柄な子供は、いつの間にかすぐ傍にいて、彼をじっと見上げている。 風体は、貧民街の子供と変わらない。だが黒髪に褐色の肌が、白い肌や薄い色の髪を持つ街の人々とは違う土地から来た事を、無言で告げていた。 「なぁ‥‥」 外見より素性を読み取ろうとする彼を、何も語らぬと見たか。おもむろに、少年の方から口を開く。 「アンタ、こんなトコでナニしてんの?」 「それはこちらの台詞だよ。キミこそ、こんな処で‥‥迷子かい?」 腰を落として彼が少年の顔を覗き込めば、覗き込まれた側は不服そうに口をとがらせた。 「自分がきた場所と行く場所のワカンナイのが、迷子ってヤツだよ。それよりも、さ」 少年は不意に手を伸ばすと、エルフの身体的特徴の一つである長く尖った独特の耳を、むんずと掴む。 「コレってやっぱ、あれナンか?」 「は‥‥はい?」 いきなり両耳を掴まれた上、意味不明な疑問を投げられて、彼は思わず目をしばたたかせた。 彼が今いる地域では、亜人種が姿を見せる事自体が少ないらしい。だから、奇異や興味本位な態度を取られる事にもある程度は慣れている。だが、目の前の子供の反応は−−次に、少年の口から出た言葉もあわせて−−彼が初めて体験するものだった。 「だからさ。悪いコトすっと、耳ってすぐに思いっきり引っ張られるだろ? アンタ‥‥よっぽどガキん時に、悪戯ばっかやってたんだな」 「あの‥‥もしも、し?」 「だからって、こんなんなるまで引っ張らなくても、なぁ。いい歳して、悪いコトばっかしてるみたい。時々、居んだよな。バカみてぇに細かくて煩い大人とかさ」 耳から放した手で、少年は彼の肩を二度、三度と叩いた。 「苦労してんだな」 「つまり、僕の耳は引っ張られて‥‥それで長くなったと」 「違うのか?」と即答すると、 少年は首を傾けて怪訝そうな表情を返す。 あまりに屈託なく、そのくせどこか不遜で確信に満ちた少年の態度は、エルフから誤解を解く気力を奪うのに十分だった。 複雑な彼の表情に、少年は自分なりの解釈を考えて巡らせたのだろうか。 再び両手を伸ばすと、今度はややげんなりと垂れ下がったエルフの耳の先端を、ひょいとつまみ上げた。 「ま、元気出せよ。アンタ‥‥悪いヤツに見えねぇし。もしアンタを困らせるヤツがいたら、今度ブッ飛ばしてやっからさ」 その言葉は、幼い正義感からなのか。無邪気に満面の笑みを浮かべた少年は、それから急に表情を変えて耳から手を離し、バツが悪そうに自分の髪を掻き回した。 「その‥‥ナンだ。俺、まだガキだけど。でも、すぐデカくなるって言うからさ」 「‥‥あの、だね‥‥」 誤魔化すようにぐるぐると腕を回す少年へ、エルフは口を開こうとする。 その時。 二人の遥か頭上から、晩鐘が重く鳴り響いた。 「いけね。俺、もう行かなきゃあ‥‥怒られっちまうよ」 彼が止める間もなく、少年は慌てて踵を返した。 「そりゃあもう、すぐだからな!」 足を止め、一度だけ振り返って念を押すと、駆け出した少年の後ろ姿は螺旋状の回廊の先へと消えて見えなくなった。 遠ざかる足音に、取り残されたエルフは苦笑しながら立ち上がった。 「やれやれ。安請け合いして‥‥お互い名前も知らない赤の他人でしょうに」 どうするつもりなんだろうと、少年とのやり取りを思い返して笑いながら。彼もまた回廊の先、少年とは正反対の先へと歩き出す。 人ばかりが多い世界の中で、二度と逢う事はおそらくあるまいと思いつつ。 それでも、この国の中枢の一つである聖堂にいた事を、訝しみつつ。
エルフが彼の耳を引っ張った少年と再会するのは、それから僅か一刻半の後の事であった。
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