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クリエイター名  柊まろん
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 **鏡の欠片**

  *序章*
 
 気がつくと、そこに佇んでいた。
 少女の名は姫璃―キリ―。
 荒れ果てた暗い荒野―元は草原だった―に1人佇んでいた。
 彼女はかなり強い【魔法使い見習い】である。いきなり師匠に試練だとか言われて、こんな所にほっぽり出されてしまったのだ。
 彼女が魔法使い見習いであることを証明するもの。それは、お決まりの黒い三角帽と星のデザインが付いた1メートル程の杖。そして彼女の紫色の双眸であった。
 何をするでもなく、ふらり、と歩を進める。ゆっくりと、しかし着実に南のまだ見ぬ魔法の城【キャッスル】のある高台まで歩んでいくのだった。


  *1章*

 歩き始めて、早くも3時間が経過。周りには木々が生い茂っている。森から出るとがけになっていて、城はその先端部に建っている。
 そろそろ喉が渇いてきたし、足も痺れてきたし、昼時だし・・・と自分にことごとく言い訳をして、休憩することに決めた。
 といっても、水も無ければ食料も無い。
 そもそも魔法を使ってここまで飛んでくりゃ良かったのだ。
 集中力を高める。ロッドを強く握り、星のモチーフを額につける。
 「飛燕!!」と叫ぶと同時に、浮かび上がった魔方陣から光が漏れ出す。
 
 ―――が。
 いきなり杖はぷすぷすと煙をあげ始めた。
 「っっえぇ〜!?」
 ・・・何にも起こらなかった。イメージしていた箒が、手の中のどこにも見つからなかった。こんな初級魔法の失敗は初めてだ。かなりの恥である。
 「師匠には、こんなこと死んでも言えないよぅ・・・」
 もともと姫璃は、魔法学校でも飛び級し、首席で卒業(テストは言うまでも無く前代未聞の満点続出)、更には卒業すると同時に師匠の下につけるという程のエリートだ。
 普通は学校を卒業し、何らかの試練に合格しないと師匠に付く事はできないのに。
 そんな姫璃が、初級の基本魔法を失敗するのは、勿論初めてだった。
 ただ、姫璃を水晶玉から覗く者がいた。紫色のローブを纏っているが、そのローブは普通のものよりも豪奢で、金糸の刺繍や紋章が沢山縫い付けられていた。杖も2m程の巨大なトネリコ製のもので、水晶やルビー、サファイヤなどが散りばめられていた。 
 それが表すもの―――――王。もしくは直属の部下。
 誰が姫璃の事を見ているのか、姫璃自身には知る由も無く、ただただ落ち込むばかりだった。

  *二章*

 仕方なくとぼとぼと歩いていく事にした姫璃は、思いもかけず泉を発見した。
 元々有った、というのではなく、今現れた、という感じがした。
 「ふぅ・・・。ここら辺で一休みするか・・・。」とか何とか言いながら腰を下ろす。
 丁度、出現魔法で出した水筒の中身も空になりかけた所だったし、都合が良すぎるんじゃないかとか思いながらも夢中で水筒に水を汲む。―――の前に、その辺に有った小石を投げ入れる。その辺は師匠の教えもあり、抜かりが無い。
 ぽちゃん。
 刹那、下から青黒いモノが無数に水面へ向かって上がってくる。
 「・・・何、こいつら・・・。」
 無数の青黒いモノ。それは尖った牙と鋭いヒレを持つ小魚だった。しかし、魚のくせにさっき投げ入れた小石を砕き食い尽くしてしまったようだ。かまれたら最後、原形を留めることは不可能、という訳か。
 「さて、どうやったらこいつらにやられずに水を汲めるかしら・・・。」
 考えること十秒。彼女はもう一度杖を握り、神経を集中させた。水は電気を通す。
 「招雷!」
 今度は杖先の星に光がしっかりと宿り、虚空へと解き放たれたエネルギーは電気を帯びる。そして・・・
 ピシャァアアァン・・・ッ!
 どうやら魔法は成功したようで、雷は魚どもを一掃し、湖は澄み切った水を湛えていた。
 しかし。
高度な上級魔法の『招雷』が成功し、なぜ初級魔法の『飛燕』が失敗したのか、引っかかっていた。
 「キャッスルに着けば、何かわかるかなぁ・・・。」
 そう言って水を一口啜った。

  *三章*

 旅を続けて二日目。荒野めぐりにも慣れ始めた姫璃の目の前に、突然一人と一匹が現れた。敵出現、と思い、身構える姫璃。
 「刺客ねっ?!・・・なら手加減しないわよ」
 「ちょっと待った!俺は敵じゃない敵じゃない。」
 「・・は?」
 「だから、俺もここにほっぽり出されて試練してる(させられてる)の!」
 「へぇ。仲間ってこと?」
 「物分りがいいコだねぇ。良かったぁ!」
 「早く進んだほうがいいんじゃないの?」
 「あのね、俺が君と話しているのは他でもない、君と一緒にキャッスルに行きたいんだよ。ほら、俺ら優等生だから、師匠に試練させられてるじゃん?なら二人で協力し合って行ったほうが絶対早いと思うし。」
 「なるほどね。・・・で、その狼みたいな、角が生えてるやつは何なの?」
 「失敬な!これは俺の召喚獣、『ファイアクロウ』だ。炎を纏っているが、心を許したものには熱く感じないんだ。あ、申し遅れたけど、俺、カインだから。」
 「へぇ、召喚獣ねぇ・・・。私は可愛いのが欲しいなぁ。姫璃よ、よろしく。」
 そう言ってふと高飛車ナルシストのほうへ視線を向けると、カインの後ろに人が溶けたような化け物がいた。ここは魔物がいる魔界の様だ。
 「危ないっっ!」
 持ち前の反射神経で、振り向きざま身を引き、内臓を抉り取られることは回避したが、顔に一筋の赤い線が走った。
 「俺の命より大切な顔が・・・っ!・・・許せん・・・。木っ端微塵にしてくれる!」
 どこにどう突っ込みを入れていいんだか判らない台詞を残し、炎の剣と化したクロウを握る。そして化け物の懐に突っ込むと、横に一閃!切り口から光を発し、そのまま砕け散る。感情は魔力を左右する。
 「すごぉ・・・。」
 どうやら完璧なナルシストである彼は手の甲で血を拭い、剣は元通り獣の姿に戻った。
 「ねぇっねぇっ、召喚獣ってどこで召喚できるの?」
 「正確には召喚するわけじゃなくて、相手のほうが自分を選ぶんだ。自分に相応しい魔法使いかどうかを判断する。召喚獣は一人の魔法使いに対して一匹なのさ」
 「じゃぁ、場所が決まってるわけじゃなくて、突然現れるって事?」
 「まぁそんな感じかな?普通は魔法使いがピンチのときに現れることが多いよ」
 「じゃぁ救世主なんだ。頼りになる〜♪」
「だからと言って自分から危険に身を晒すなよ・・・?確実に助けてくれるわけじゃないんだからな」
 「ちぇ。そうしようと思ったのにぃ」
 「あのなぁ・・・」

 *四章*

 暫く歩みを進める2人の前に、突如とてつもなく大きな亀裂が口をあけた。
 2人は持ち前の反射神経で崖に吸い込まれる前に手前に飛び退った。
 だが。2人はこの崖を渡れない。なぜなら2人とも原因不明の失敗により箒を呼び寄せることができず、空を飛べないからだ。
 「今なら6メートル位の幅だ。俺なら助走をつけて飛べる。姫璃は?」
 「分からない。今まで5メートルしか飛んだことなかったから・・・。でもやってみる。じゃないと先に進めないもんね!」
 「分かった。じゃあ俺が先に行くから、姫璃の時に引っ張りあげてやるよ」
 「・・・うん・・・よろしく!」
 ということで。カインは難なくクリア。そして、姫璃。思いっきり駆け抜けて、しっかりと踏み切る。ものすごい勢いで宙を跳び、もう少しで足が向こう岸に着く。
 しかしあと少しという所で、突如突風が吹き、体が煽られて不安定になる。
 やっとの思いでがけに手が届き、ほっとした。背中を伝う汗は荒野の太陽の暑さのせいだけではなかった。ここから落ちたら命はないだろうと思いながら怖いもの見たさで下を覗き込む。見えない底が不安を煽る。
 その途端。

 掴んでいた崖が崩れて、体が宙に浮く。手は虚空を掴む。
 「きゃあぁぁぁぁあっっ!」
 悲鳴を残し姫璃は暗い崖の中へと吸い込まれる。
 「・・・姫璃ッ!」
 カインの手も届かぬところへ、声は虚しく響くだけだった。

     *   *   *

 とてつもない高さの崖を落ちている。だが、周りが見えないだけに、不思議と恐怖感はなかった。感覚が麻痺しているのかもしれない。どっちにしても姫璃は実感がわかず戸惑っていた。
 遠くから出会ったばかりのナルシスト美青年の声が聞こえる。・・・のは幻聴なのか?
 それとももう死んでしまって異世界に来ているのにまだ現世へと連れ戻そうとする、必死の叫びなのか。
 ・・・もう声は聞こえない。今はどの辺りを落ちているのだろう。それとももう落ちきってしまったのか。粉々に砕けてしまったのか。魂が未練を遺しているから彷徨ってしまっているのだろうか。
 頭の中に、さっき聞こえた声がこだまする。・・・今は試験の途中なんだ!私はこんなところで死ぬわけには行かない。
  私は、生きたい。
私は、・・・生きなきゃ!
  ――刹那、姫璃を眩い光が包む。

*五章*

身体がふわふわと浮いている。まるで、水面を漂っているような感じだ。重力も感じない。
仰向けになっている身体を起こし、自分の下を見る。
 どうやら銀色の毛並みの動物に乗っている。というか、支えられている。
 自分が死ななかったのは、彼(または彼女?)のお陰だという事に気が付いた。
 「あのー、助けてくれて有難う。ところで・・・あなた、誰?」
 「案外鈍いのね。私は貴女の召喚獣。プルムって呼んで。貴女の生きる事への強い願いに反応して来たの。」
 召喚獣の声は頭の中に直接響いてくる感じで、他の人にはやりとりを聞かれる事はなさそうだ。
 「上まで上がれる?」
 「お安い御用よ♪」
 そう言うなり、プルムは翼を広げた。暗いからよく見えないのだが、片方だけで優に一メートルは超えるほどの羽を持っている。今気付いたのだが、どうやら彼女はユニコーンらしい。上に行ったら観察してみよう、と誓った。
  * * *

 もの凄い勢いで上昇している。頭がはちきれそうだ。もう少し主を労わって欲しい。
 と、視界が開けて辺りが明るくなった。登りきるのに三十秒程かかったところを見ると、相当深い崖だったに違いない。
 「・・・姫璃っ!てっきり死んだかと思ったよ・・・。召喚獣が助けてくれたんだね。しかし・・・なかなか大型でカッコ良い、いや、美しいユニコーンだな。」
 改めてプルムをみると、その言葉通り大きくてとても美しい。銀色の毛並みは陽光を受けると時折虹色に煌めく。
 「プラム、本当に有難う。これからもよろしくね!」
 「勿論。私も貴女みたいな可愛い子がパートナーで嬉しいわ。」
 にっこり微笑み合う二人。(いや、一人と一頭か?)
 会話が聞こえてないカインは困惑顔だか、それでもなにやら嬉しそうだ。
 「それじゃ、出発するかっ」
 「うんっ」
 そう答えながら、姫璃はふいに、『誰かに見られている』と感じた。本当は出発した当初から微妙な違和感を感じてはいたけれど、それが何なのか分からなかったのだ。
 だけど今、はっきりと悪意に満ちた眼差しを感じる。鳥肌が立つほどだ。
用心して進まなければ。無意識の内にカインの首にしがみつき、カインは窒息死寸前だった。
 城で水晶玉を覗いていた人影が醜く唇を歪めた。手には筋が浮き、握られた杖は今にも折れんばかりだ。
 「死ぬかと思ったのに・・・あいつが・・・あいつらが生きていてはこの国は・・・」
 そう言い、また楽しそうな表情を浮かべる。次の仕掛けの事を思い出したのだ。
 「あれは突破できないだろう。いや、万一突破する頃には傷だらけでろくに歩けぬであろう・・・。そんな状態ではこちらの畳み掛ける様な攻撃には対処出来ぬ・・・」
 不敵な笑みを浮かべながら、手元のチェス版のビショップを弾き飛ばした。
 駒は砕け散った。

  *六章*

 ようやくキャッスルが間近に見えてきた。目標が見えてくると意気込むのは人間の単純な心理で、二人もこれにあてはまった。
 「もうすぐだよね!なんかやる気でるー。」
 「あれ以来もう三日間も大した敵は出てきてないから、余裕じゃね?」
 「出てきたとしても、プルムたちがいるし、よほどの事でなければ苦戦しないでしょ」
 と、完全に油断モード。
 その時、行く手にぼんやりとでかい壁が見えた。大きすぎるので壁を迂回するわけには行かないらしく、真ん中に入り口と思われる穴がある。
 「迂回できないならプルムに皆で乗って飛び越えれば良いよね?」
 そういうなり姫璃はプルムに跨り跳んだ。
 しかし、跳べば飛ぶ程、壁が負けじとせり上がって、どうしても飛び越える事は出来ないのである。
 仕方なしに諦めて、地道に攻略する事にした。
 「これはきっとクリアしなきゃいけない試練なんだね・・・。」
 「まぁ、こんな罠、ちゃっちゃとクリアしちゃおうぜ」

   * * *

トラップの中はほんのり明るい。これなら光がなくても進めそうだ。驚いた事に天井が近い。二メートルほどしかないので、プルムは少し窮屈そうだ。横幅も二メートル弱なので、カイン、クロウ、姫璃、プルムの順に一列になる事にした。
「おい、周りをよく見てみろよ。床も全面鏡張りになってるぜ。」
「ほんとだぁ・・・」
言いながら心もちローブの裾を合わせる。
カインは迷宮脱出の王道、「右手を壁につけたまま進む」を忠実に実行した。
暫く歩くと、不意に何もないはずの空間が揺らぎ、鏡の壁が現れ、プルムが弾かれた。
「! 何でだ?」
周りも全て鏡に塞がれ、カインと姫璃は三メートル四方の部屋に閉じ込められた。
「どういうこと?これじゃクリアできないじゃない!」
その時、声が響いた。
『――この部屋を脱出するのには条件がある。一度に出られるのは一人のみ。そして出るのには二人が闘わなければならぬ。まぁここで戦えと言っても聞かんだろうから、ある仕掛けをした。せいぜい楽しめ。――』
「はぁ?!どういう事だよ!てか何だよ仕掛けって!」
『――それは今に分かる。ほら、ぼーっとしてると後ろからやられるぞ。――』
「!」
振り向き様しゃがむと、さっきまで首があった所を剣が走っていた。しかしこの部屋には俺と姫璃しかいないはずなのに・・・?
その疑問の答えはすぐに分かった。
振り下ろされた剣をこちらも剣で受け止め、抵抗する。その時、相手の顔が見えた。それは光をもたない瞳の少女。操られている姫璃だった。剣は出現呪文で出したのだろう。
「おいっ、俺だ、姫璃。聞こえないのか!?」
無言・無表情で容赦なく剣を振るってくる。首を絞められた時の倍以上の力だ。五回程受け止めただけだがもううでが痺れてきた。
仕方なしに魔法を使って姫璃を硬直させ、動けないようにする。一時的な足止めだ。
「ったく、どうすりゃ良いんだ・・・?」
勿論死にたく無い。が、姫璃を殺してまでクリアするつもりは毛頭無い。二人で抜けだせる方法は無いものか。
(姫璃が俺を殺した場合、姫璃は正常に戻って迷宮から出られるのか?だとしたら自ら仮死状態になって姫璃が出る際に俺を運んでくれれば良い。死んでいれば人としてカウントされないからな。迷宮を出た後で癒しの術を使えばまったく問題ない。・・・ただ姫璃の自我がいつ戻るかが心配だ。)
姫璃を信じてみるか。それとも、確実な方法、自分が姫璃を殺して出るか。二つに一つしかないにしろ、なかなか決心が付かなかった。自分が回復の術を得意としないのがこんなに辛く感じたのは初めてだった。
生きて帰れたら、今度からは慢心せずに修行しようと決心した。
姫璃の指先が、小さく、ピクン、と動いた。
硬直がそろそろ解ける兆候だ。
自分の心は決まった。姫璃の硬直は完全に解け、切っ先はこっちを狙っている。
姫璃を仕留めるなら今だ。

姫璃は真っ直ぐこっちに向かってきた。狙いは肩だろうか。心臓を狙わないのは無意識のセーヴがかかっているのかも知れない。
カインは剣を持ち直し、・・・足元へ放った。姫璃はハッとなったがもう遅く、深々と刺していた。心臓よりも僅かに上に逸れているが、出血が多ければ命に関わる傷である。
「何故・・・?何故よけなかったの・・・っ?」
「・・・こうすればきっと・・・出られると思った・・・っ」
「死んだらどうするつもり?!こんなんで嬉しい訳無いじゃない!」
「・・・どちらかが死ななきゃ・・・出られないのさ・・・出た後で姫璃が回復の術をすれば・・・元通り・・・さ」
かくん。
自我が戻った姫璃が支えようと出す右手をすり抜け、カインの左手は床につき、辺りに虚しい音を響かせた。
「ねぇっ!カインってば!・・・返事してよ・・・!」
床には、真紅の波紋が広がり、二人のブーツを濡らしていた。

*七章*

 鏡が剥がれる様に消えていき、残ったのはカインと姫璃、召喚獣のみだった。
 迷宮が消えた事は、カインが死んだことを意味する。たとえ虚像だらけの鏡の中でも、こんな現実よりはマシだった。
 そこへ、数十体もの魔物の群れがやってきた。
 「よくも・・・っ!」
 あらん限りの怒りをぶつけ、衝撃波を繰り出す。怒りの力で普段の数倍もの魔力が掌から放たれた。
 当たった魔物たちは逃げるどころかその場で砕け散り、逆に姫璃を驚かせた。
 (駄目っ、力が暴走してセーヴが効かない!これじゃぁ身がもたない!)
 姫璃の異変を察したのか、プルムが魔物共をまとめて蹴散らした。
 姫璃の力の暴走は止まったが、力を使い果たしてしまい、カインの回復は困難だった。
 「どうしよう、プルム・・・。」
 プルムはカインに歩み寄り鼻先で傷口を触った。すると、傷があっという間に治っていく。プルムは強力な再生の力を持っていたらしく、ものの数秒で傷口は塞がった。
 「カイン・・・?」
 恐る恐る呼びかけてみる。返事は無い。
 が、瞼がピクリと動くと目を開けた。
 「・・・信用して正解、だったな」
 「良かった・・・。どうしようかと思ったよ!」
 「俺様が死ぬわけ無い。(断言)」
 「死んだじゃん。あ、それより見て。キャッスルが近くなってる。」
 「よし、明日乗り込むか。」
 迷宮をクリアした事によって、キャッスルへの道は縮まったようだ。
 その頃、キャッスル内では例の奴が悔しそうにしていた。
 「あれをクリアするとは。こうなったら明日の直接対決が楽しみだ・・・。」
 
*八章*

今日はキャッスルに乗り込む日。二人とも着合い入れて早朝から準備をし、出発した。
 「ゴール地点って言うくらいだから、絶対に大きな仕掛けとかありそうだよねっ」
 「ラスボスがいたりとか?じゃあそいつを倒したら俺達の試練は終わりって事だよな。」
 「かもね♪」

なんだかんだ言っている間にキャッスルの門前に着いた。
 不気味なほど静かだ。
 「じゃあ、入るよ?」
 二人は同時に入った。数歩歩いたところで背後のドアが閉まった。お決まりのパターンだ。
 突如、明るくなった。そこはとてつもなく広いホールで、天井には大きなシャンデリアが下がっていた。
 「ようこそ、キャッスルへ。ここはあなた方の最後の試練の場。ここでは私と戦っていただきます。」
 声のする方を見てみると、紫のローブに全身を包んだ人が立っていた。そのローブは煌びやかな装飾品が沢山付いていて、杖は全魔法使いの中でも一番長いものと思われる。
 その人がローブを脱いだ。長くウェーブがかかった金髪は、よく手入れされているようだ。ローブの下に着ていたのは、エメラルドグリーンのドレス。その豪華っぷりは筆舌尽くしがたい。美しい女性だ。
 「申し遅れましたが、私はこの魔法界の女王、あなた方もご存知の通り、『最後の審判』を下す者です。私に勝てたら次の王位継承者はあなた方です。」
 「待ってください。私は王位など継ぎたくありません!」
 「これはルール。私は負けたこともありませんし、王位を手放すつもりもございません!ですから有力候補であるあなた方にはここで消えていただきますっ!」
 「なんだかよく分からんけど、死ぬのはいやだから、女王サンには勝たなきゃいけないって事かよ・・・。」
 カインは何だか不本意そうに魔力を練る。姫璃は既に練ってあった魔力を使い、火炎玉を放った。
 しかし、女王の作った盾に弾き返されてしまう。
 「わっ!」
 自分の攻撃を避けるのに必死で、女王の動きを見ていない。そこを狙って女王は強烈な熱波を放ってこようとしている。殺す気だ。
 カインは手っ取り早い方法を思いついた。
自分達の前に盾を作るのではなく、女王を囲むように盾を出現させた。防護魔法の応用だ。
 女王はそれに気付いたが、もう熱波は放ってしまった。盾に囲まれた空間の中で、熱波が何度も跳ね返り、強烈な威力で女王に襲い掛かった。
 「ぎゃぁああああぁっ!」
 ボンッという爆発音が響き、煙が立ち込めた。盾はどうやら爆発の衝撃で、壊れてしまったようだ。
 「勝ったか・・・?」
 煙が晴れると、そこには倒れている女王の姿が。
 「おのれぇ、王位は渡さぬ・・・。」
 凄まじい執念でこちらまで這って来ようとする女王。美しさの欠片もなく、寧ろ権力に執着しすぎていて哀れだった。
 やがて力尽き、みるみる姿が変貌していった。美しいのは仮の姿、実際はヨボヨボの醜い婆さんだった。
 「どうしよう・・・。本当に私たちが王位継承者になっちゃったのかなぁ?」
 「その心配はありませんよ。」
 澄んだ声がした。倒したはずの女王が立っていた。しかし、足元にも婆さんが倒れている。よく見ると本物は僅かに痩せている。
 「どういうことですか?」
 「私は数年前、あの老婆に呪縛をかけられ、魔力を奪われた後、牢に閉じ込められたのです。あなた方が老婆を倒したおかげで私に力が戻り、牢を出ることが出来たのです。本当に有難うございました。」
 「では、貴女が引き続きこの国を治められるというわけですね。」
 「はい。そしてあなた方は・・・この国の魔術警備隊長に任命します。」
 「えっ・・・?」
 二人の顔は嬉しさに綻んだ。自分たちの好きな修行が、いつでもどこでもでき、ましてやそれが国の為になるならば二人も本望だ。
 「やっていただけますね?」
二人は顔を見合わせ、同時に答えた。
 「勿論です、女王陛下!」

* * *

 数年後、姫璃とカインは、どんな大国でも恐れて近寄れないほどの敏腕の魔法使いとなった。その二人の下で鍛えられた、魔法使いや剣士たちも、他の国の兵達を遥かに凌いでいた。
 プルムたちもそれぞれ怪我をした者を癒したり、伝令を伝えたりと忙しそうだ。

 昼を告げる鐘が鳴った。皆こぞって食堂へと向かい、練習のせいで減ったお腹を満たしていく。
 「カイン、私たちもそろそろ昼食タイムにしましょ?」
 「そうだな。練習の再開は二時からにするか!」
 そういって二人は微笑んだ。
城の壁に散りばめられた色とりどりの鏡の欠片は、二人を映していた。
                END
 
 
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