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クリエイター名  香月ショウコ
アルティミラ・サガ

『アルティミラ・サガ』

『ブリアレオス号、戦闘不能! 勝者はヘリオス号!!』
 4つ足の巨大な機兵が前倒しに倒れ地を揺らす。その音にかき消されまいと張り上げた男の声を、つい最近発明されたばかりの拡声器が乗せて観客たちに伝えた。響く歓声。揺らめく人の波。
 コロセウムの中心で己の全長より長い長柄斧を地面に突き立て、片手を挙げて応えるサンドイエローの機兵。歓声は、さらに大きく。

  ・  ・  ・

 王国アルティミラ。現在人間の知る所となっている2つの大陸、ガドラスとミドクラフに挟まれた島をその領地とする、小さな国である。
 気候は温暖。2大陸に国数あれど、決して譲らぬただ一つの特色、四季。春は白とピンクの花が国中の木々に咲き乱れ、夏には眩しさを覚えるほどの緑に覆われる国土。豊穣の神に毎年祝福を受けているような秋の実りは国民に飢餓という言葉を忘れさせ、冬、夜の雪明かりと朝の乱反射された光輝は他国からの観光客を魅了して止まない。
 そんなアルティミラで年に2度、王家の主催にて行われる催しがある。
 『選定試験』。
 それは、アルティミラ国内の機械騎兵(機兵)工房のセールスであり、機兵師(機師)を目指す者たちの登竜門。トーナメント形式で行われる一対一、機兵同士の戦い。その優勝者となった機師志望者は機師団への入団を認められ、その機兵とその製造工房は王家という最大の顧客を獲得する。

 アルティミラに機兵が初めて登場したのは、ほんの30年程前のことである。その当時、ガドラス東端の国家とミドクラフ西端の国家が、両大陸の北方の島々の利権を争って一触即発の状況となった。それに際してガドラス側の国から政治的協力の見返りとして提供されたのが、ガドラス大陸の国々で起こる紛争の鎮圧のために開発された機械騎兵、ヘリオスだったのだ。
 戦争といえば両軍の騎兵と歩兵が銃と剣を持って突き合うものと相場の決まっていたアルティミラにとって、一機が百騎に相当する機兵という概念は脅威の一言であった。国内で銃を製造していた者たちはヘリオスの量産・改良を、剣を作っていた者たちはこぞって機兵の武器を作り始めた。
 国の多くの産業が機兵産業へ力を傾け、アルティミラの機兵製造技術とそれを操る機師の技量は瞬く間に上がっていった。豊富な食料・資源を持っていたアルティミラだからこそ出来る発展である。
 そして10年前。新たに即位した現国王クラウス・セルバ・アルティミラが、即位直後の議会にてこう発言したことが、『選定試験』の始まりとなる。
「近年のアルティミラの機械騎兵技術向上は目覚しいものがある。しかし、所詮はたった20年の積み重ねだ。この技術を売り物にするには、ガドラスの国々に一日の長がある」
 国王クラウスの言葉から端を発した『選定試験』はその議会から半年の後に第1回が開催された。始めの数回はクラウスと機師団上層部のみがその戦いを見守るまさに試験であったが、第5回より国民の観戦も認められ、それからは国を挙げてのお祭り騒ぎとなっている。
 そして今年、この日。第19回は波乱の幕開けとなったのだった。

  ・  ・  ・

「まさか、ヘリオスでブリアレオスを倒すとは思わんかったよ。八百長でも仕込んだんじゃないだろうね?」
 準決勝の勝利の後、愛機ヘリオス改をメンテナンスに出したエディスにかけられた第一声は、彼が『選定試験』受験のため所属している工房『ファイスト』の親方デリメスの疑問の言葉だった。
「そんなことはしていませんよ。だいたい、『ヘリオスでブリアレオスは倒せない』という前提が間違っているんです。ヘリオスは確かに旧型機ですが、それはパーツが旧型だというだけです。ヘリオスの無駄の無い作りを壊さないバランスで関節やドライブなどを上位互換のパーツと換えていけば、むしろ『ブリアレオスでヘリオスは倒せない』という図式が成り立ちます。ですがそれには非常に難しい計算式のもとで‥‥」
「あぁ、わかったわかった。お前さんが言いたいことはわかったからやめてくれ。全く、機兵の話を語りだすとお前さんは話が長い」
 デリメスはエディスの言葉を強引に押さえ込むと、オイル塗れのカーゴパンツのポケットから汚れた紙を一枚取り出す。『選定試験』のトーナメント表だ。
「これで残った機兵が3機。1機はお前さんのヘリオスじゃし、1機はウチのオリオンじゃ。このまま行けば『ファイスト』同士の決勝戦。どれだけの稼ぎになるか」
「オリオンの相手は、確かオルフェウスといいましたね。試験が始まる前に一度だけ見ましたが、やけに細い機体でした」
「あんな体のどこにドライブが入ってるのか、見当も付かんね。ウチの最高傑作オリオンに圧し折られて退場しちまうのがオチさ」
 へっへっへと低く笑いながら、デリメスは客席へと歩いていく。そういえば、そろそろ次の試合が始まる時間である。

   ・  ・  ・

 それは一瞬の出来事だった。
 試合開始の合図と共に、大型のクロスボウと双振りのショートソードを備えた8メートルの鋼が駆けた。選定試験3連続2位の経歴を持つオリオン。中距離戦闘のスペシャリストという肩書きを持った機体は、弓など要らずと剣を構えて突撃する。
 オルフェウスを射程に捕らえた瞬間、オリオンとオルフェウスの位置が変わった。ちょうど、オリオンにオルフェウスが歩み寄り、そのまますれ違ったような位置。
 それは一瞬の出来事で、あまりに一瞬だったため審判を務めていた機師が仕事を忘れたほどだった。
 位置が変わったと観客が認識した次の瞬間、オリオンの胴体から頭部がごろりと落ち、続けて右腕が、左腕が落ちた。切断された両膝はもはや胴体を支えることも出来ず、オリオンの胴は大腿部と共に地面に転がる。
『あ‥‥お、オリオン号、戦闘不能‥‥勝者、オルフェウス号』
 驚きのあまり声の出ない機師だったが、同様に静まり返った観客たちには拡声器を通したその声で十分だった。

   ・  ・  ・

「な、な、な、なんてことじゃあ!! タロン、お前よもや金で買われていたわけではあるまいなぁっ!?」
 かつてオリオンだった残骸が回収されてくると、デリメスは搭乗席から顔を出した『ファイスト』所属の機師見習いタロンに怒鳴り散らした。
「まあまあデリメスさん。タロンさんは息子さんじゃないですか。買収されるなんてことあるわけな‥‥」
「そうか、お前ついに家族を金で売ったのか!? ワシはお前をそんな恥知らずに育てた覚えはないぞ!!」
「親父、そんなこと言われたって」
 勢い収まらないデリメスに困惑するばかりのタロンは、目線でエディスにもう一隻の助け舟を要求する。エディスはやれやれとばかりに一度肩をすくめると、デリメスとタロンの間に滑り込んだ。
「デリメスさん、家族を金で売ったと言いますが、デリメスさんも『ファイスト』も生活に困らないだけのお金を持ってるじゃないですか。むしろ、裕福だといえます。ですからタロンさんがお金に困って八百長をやったとは考えられません」
「な、ならばワシの顔に泥を塗りたくてやったと‥‥」
「もうひとつ、そういう理由も考えられるものではありますが、それも残念ながら今回は該当しません。さっきも言ったよう裕福な家庭をデリメスさんは築き上げました。工房も国中で知らない人は殆どいない重鎮です。そして、大抵の親は危険だからと反対する、機師になりたいという夢をデリメスさんは快く受け入れ、しかもオリオン‥‥芸術作品とも言える機兵まで作って与えたじゃないですか。そんなデリメスさんに、タロンさんは感謝し尊敬することはあっても、貶めることなど考えつくことも無いでしょう」
 エディスの言葉に、デリメスの顔から徐々に赤みが引いていく。いからせていた肩も力が抜け、臨界状態からは脱したようだ。
「では、オリオンが負けたのは」
「残念ながら、実力差でしょう。しかしそれも、機兵に差があったからだとは一概に言えません。オリオンは設計したデリメスさんがよく知っているよう、中距離線では無敵です。それなのに、相手を見くびって接近戦を仕掛けた。タロンさんに油断があった、それだけが勝敗を分けた可能性が高いです」
 顔から赤みが完全に消えたデリメスと対照に、今度はタロンの顔が青ざめている。『ファイスト』最高傑作とデリメスが公言して憚らない機兵を、全て自分の不注意が原因で負けたのだと言われているようなものである。この後どんな仕置きが待っているか分からない。
「タロン! また一から叩きこまにゃならんようじゃの!」
 エディスを脇にどけ、タロンに一歩歩み寄るデリメス。情けなく「ひっ」と声をあげるタロン。
「一から叩き込むのはいいですが、今日はよした方がいいでしょう。今日は真剣勝負を3本もこなした後です。肉体・精神共に疲れている状態のタロンさんには、訓練も講義も実になりません。その辺の効率性を考えるのも、よき監督の務めです」
 今にもタロンの耳を引っつかんで連れ帰りそうなデリメスだったが、エディスの言葉に手を止める。と同時に、オリオンが回収されていったドックの方から「親方!」と声がかかる。
「‥‥タロン、明日からまた厳しくやるぞ! わかったな!?」
「は、はいぃっ!!」
 まだ何か言い足りなさそうな様子だったが、不承不承といった様子でドックへ消えるデリメス。エディスとタロンだけがそこに残された。
「助けてくれたのはありがたいけど、ちょっと余分な要素もあったね‥‥明日からどうなるか恐ろしいよ」
 あはは、と弱く笑いながら言うタロン。
「ところで、どう感じました? オルフェウスという機兵」
 エディスが尋ねると、タロンの顔つきが変わった。
「どういう仕組みであの機動力を確保しているのかは分からないけど、高機動の接近戦用機兵だね。見たところ、飛び道具は積んでなかった」
 実はこのタロンという男、機師見習いではあるがその本質は技師である。性格はアレでも超一流の技師である親の背中を見て育ったためか、こういった分析はお手の物である。
「オリオンを切断したのは、多分鋼鉄のワイヤー。あの細さであの強度、そしてそれを自在に振り回す制御の方法、どれもそこらの工房じゃ用意できない。『ファイスト』でも実現不可能だって企画倒れになった機構だよ。エディスのヘリオスも装甲を強化してあるけど、それでもオリオンよりは薄い。だから、もし当たったらアレに耐えられる可能性は無いよ。全部避けるか、もしくは使われる前に瞬殺」
「‥‥タロンさん、もしかして敵のワイヤー見抜いていて突撃しました?」
「まあ、さすがに2回も見れば武器とその特性くらいは分かるから。それにもうひとつ。面白いことが分かったんだけど、聞きたい?」
 
 
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