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クリエイター名  清水 涼介
サンプル

ファンタジー短編サンプル(オリジナル)

「……で、まあた家を飛び出してったわけね……呆れたもんだわ」

 ゆるゆると銀髪を揺らして、この実は呆れたという声を出した。
エルフ独特の尖った耳が時折ぴくぴくと動く。愛らしい動きにその溜息と声音は不釣り合いであった。
無理もない。弟はこれで人生五十二回目の家出をしたのだ。

「何が気に食わないんだろうねえ……兄もこの実も皆、彼のことを愛しているというのに」

 隣で紅茶を啜っていた兄、落ち葉も弟の行動は理解不能だという風に頭を振る。
日がな一日こうしてお茶会を開くくらいの余裕がある家庭である。言わずとも金には困っていない。
加えて言うならこの実も落ち葉も人並み以上に美男美女であった。
近所――とは言っても隣家までは三キロほどの中庭を隔てた分、距離があるが――の人々からも、
社交界での評判も申し分ない兄妹である。

 これだけ環境に加えて、愛情、金銭までもパーフェクトに揃っているこの家のどこが気に食わないのだろう?
二人は家を泣きながら飛び出していった弟の背中に思いを馳せて、何を言うでもなく淑やかに紅茶を啜った。
どうせSPが半日もしないで弟を連れ戻してくるに違いない、と。

「阿呆か!あんな少女趣味丸出しの家に帰れるかぁあああっ!」

 麗らかな午後の空にソニックウェイブが木霊する。
エルフ族良家の三男坊、大樹の足は成人男性三人がかりでも止めるのに容易ではない。
元素の力を借りて人型を形成しているのもかなりの労力なのだが、そのうえ走らされている
彼らは殆ど超人クラス――エルフに人という当て字もおかしな話だ――であろう。
兄達ののほほんとした余裕とは裏腹に、SPは息を切らすほどの必死さだった。

「お、お待ち下さい!大樹様っ」
「我らの面目丸つぶれです〜っ」
「せ、せめて話し合いだけでもっ」

 SPが聞いて呆れる訴えである。人間界の街中を大男と少年が追いかけっこしていたら、
大衆はどちらに味方するか……正解は推して知るべし。
大樹は人混みに足止めを食らっているSPに大きくあっかんべをすると、くるっと背を向けてまた走り出した。

「絶対帰ってやるもんか」

 家に帰ったらブラコンの兄と姉。
そして母がこれでもかと飾り付けたフリル一杯の部屋と大樹専用の服が待ち構えている。
それらを想像してぶるっと身震いした。

「俺は絶対、俺だけの城を見つけてみせるっ」

 大樹はあと半日で連れ戻されるとも知らず、
人生五十二回目の家出に胸躍らせて、空を大きく仰いだのだった。

(遥かなる地平線の向こうへ 了)
 
 
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