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クリエイター名 |
ひふみはやと |
サンプル
【俄か雨の肖像】
僕はぼんやりと窓際で、雨の降り続ける灰色の空を眺めていた。 昼食を食べ終わり、けどすることもなくて、ぼーっとしていた昼休みのことだったと思う。 ちらっと見たクラスメイトのハルは、相変わらず本を読んでいたので、声をかけることもせずに、無為な時間をすごしていた。
「ねぇ、幽霊見えるってホント?」
半ば思考回路の電源を切っていた僕の意識を教室に戻したのは、そんな無粋な言葉だった。 振り向けば、ハルの席を三人くらいの女子が囲んでいて、声をかけているところだった。 ハルは一瞬彼女たちの顔をみて、けれど返事をすることもなく再び本に視線を戻した。
「心霊写真が撮れたんだけど、本物か見てくれない?」
彼女たちは、ハルが机の上に広げた本の上にその“心霊写真”を乗せ、くすくすと笑う。 虐めの部類だったのかもしれないけれど、ハルは読書を邪魔されることを何より嫌っていたのを知っていたから、僕は絡んだ女子の方に同情し。 案の定、ハルはニコリと笑う。 僕は肩をすくめてそっちから視線をそらす。本当に、女子というのは何時のときも恐ろしいものだ。(それこそ、幽霊よりも)
ハルは本に挟まった何枚かの写真を取り上げ、ぱらぱらとめくった。
「CG、CG、CG……」
声からは、どれだけ恐ろしい写真が見せられているか分からなかったけれど、ハルはひどく楽しげにそう呟く。 向かいで笑っていたはずの女子からの声だけが消えて、僕にはそれが気持ち悪かった。
「……これだけ、そう」
ん? ともう一度、僕は振り返った。 そう、ということは、本物の心霊写真が混じっていたのだろうか。 「それ、加工してない猫の写真じゃん」 女子の一人が影でそう囁くのが、僕の耳に届いた。ハルは知ってか知らずか、また笑った。今度は、嫌に感慨深く。
「キモ……いこいこ」
三人は写真を置き去りに、逃げるように散った。 僕はそこでようやく立ち上がり、ハルの側立つ。
「大丈夫?」
「何が?」
このタイミングで気を使うのはズルイ気がして、僕はさっきの女子については言及するのをやめた。 ハルは溜息ひとつ吐いて、写真の束を机の端に置き、僕の存在にかまわず再び本を読み始める。
「どれが本物の心霊写真?」
「馬鹿馬鹿しい」
吐き捨てるようにいうハルにかまわず、僕は彼女が好む無神経さで勝手に写真の束を取り上げた。 何枚かめくってみれば、写真いっぱいに叫ぶ男の顔、海から出る無数の手、足の無い子供、よくもまぁこれだけ作ったな、という心霊写真群だ。 僕だったら、予備知識なしに見せられた、普通に信じるだろうなと思う。 最後の一枚は、どこかで見たことのある気がする、ほっそりとした白猫の写真だった。 さっきの話を聞く限りでは、これが問題の写真なのだろう。
「この辺でよく見る悪戯好きよ」
呟かれたハルの言葉を受けて、まじまじと写真を眺めるけれど、なんら不振なところは見当たらない。
「どこら辺に写ってんの?」
ハルは苛立ちそのままの表情で、顔を上げる。
「節穴?」
「僕はそういう能力ないし?」
茶化せば、はぁ、とハルはやっぱり派手な溜息と共に写真の真ん中を指差した。 写真の真ん中に座る、白猫自体を。
「へ?」
僕の間抜けな返事に、ハルは携帯を取り出した。 カメラモードに切り替えられたそれが、写真の上に突き出されて、画面に写るものを確認する前に、シャッターが切られた。 ピロリロリン、と間抜けな電子音に何人かのクラスメイトが振り向いたけれど、数秒後にはみんなかまわず雑談やら何やらを再開する。
「逃げられたわ」
目前に突き出された携帯の画面には、はっきりと僕の手の中の写真が写っていた。 けれど、そこには白猫の姿がない。 僕は、間抜けにも口をぽかんと開けてしまった。
「ほんと、あちこちで悪戯ばっかりなのよ。こいつ」
ハルは心底呆れたようにそういって、ぱちりと携帯を閉じた。 再び僕が手元の写真に視線をやると、長い尻尾の先が写真の淵に消えていくところだった。
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