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クリエイター名  鹿鳴来兎
サンプル

【サンプル:和風ファンタジー(BL風味)】

「お前が、この村の希望なのだ」
 小さな手を握り返した老人を、ハネは、意思の無い瞳で見つめていた。
 どうして、俺なんだ。
「この村の繁栄を守るには、戌神さまの加護が必要なのだ」
 だったら、俺は何なんだ。
「戌神さまは、きっと、お前によくしてくれるだろう」
 いままで、戌神の元に行った奴らはどうなったんだよ。

「ハネ。お前が、戌神さまへの捧げ人になるんだ」


荒野。

「……」
 村人に連れて来られた洞穴の前で、ハネは飾られた人形のように座っていた。
 二十年に一度の捧げ人。捧げるなら、もっと若い女のほうがいいに決まっている。
 恐らく、身寄りのない俺を体のいい厄介払いにしたかっただけなのだろう。

 幼い頃に、両親を失った、俺を。

「……」
 こうやって座っているものの、気がつけば随分時が経っている様に思える。
 深い霧があたりを覆っているせいもあって、座っていると、足の芯から冷えてくるようだ。
「寒……」
 その、戌神とやらはどこにいるのだろう。

 村の繁栄を約束するもの。
 外界の災いを退けるもの。

 この、閉ざされた村を、そいつが守ってるというのだろうか。

 不意に、ツンと鼻につく匂いがした。
 不快な臭い。…血、だろうか。
「誰だ」
「ッ……!」
 驚いて振り返ると、霧の合間、脇腹から血を流している男が立っていた。
 いや、人ではないかもしれない。頭と尻に、獣の象徴が生えている。
「お前…は」
 相手も驚いてその場に立ち尽くしている。ただ、その間にも脇腹からは血が滴り落ちていた。
「アイ…ナ?」
(…それは……)
 母の名だ。
「んな訳ないか」
 男はそう言って自分で否定した。そして、もう一度まじまじとハネを見る。その視線に耐えかねて、ハネは口を開く。
「俺は、捧げ人だ。村からの」
「あぁ、それでそんな格好してんのか。ただの物好きかと思ったぜ」
どんな物好きだ。
「入るか?…もう、戻れねぇんだろ?」
「……」
 まるで、哀れむようなその言葉に、俺は無言で視線を返した。
 なぜ、そんなことを言うのだろう。
 立ち上がろうとしたとき、足が痺れて思わず前のめりになる。
「危ねーな」
 倒れる寸前、腕をつかまれハネは顔を上げた。寸前に、戌神の顔がある。
 男らしい顔に、無数の擦り傷。自分にはないものを見た気がして、見入ってしまう。
「…ほら、自分で立てよ」
「誰のせいだ……俺は、ここでずっとあんたが出てくるのを待ってたんだッ」
 おかげで、足が氷のように冷たい。
「ふん…悪かったな。これでいいだろ?」
「あッ…」
 戌神は、怪我をしていない方にハネを担ぐと、ずんずんと洞穴の中に入っていった。
 
 
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