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クリエイター名 |
涼木 洋 |
サンプル
その着信音は無遠慮にオレの意識へ踏み込み、オレ自身を強制起動させる。 目をあけると見慣れた置き時計。 5:30AM 舌打ち。まだ2時間も寝ていない。 数時間前に呷ったテキーラの感覚が喉に残っている。オレは上半身を起こし、床に転がり鳴い ている携帯電話を取り、耳にあてる。 「もしもし、アキラ?」 オレの返事を待たずに女の声が聞こえた。忘れもしない声。 「ソニーか?」 奥歯が痛む。オレの本能が電話を切れという。いますぐに会話を断ち切り、電源も断ち、なん らかかわりも持つな。 「どうした?」 消えないソニーへの思い。この返事を、後々後悔することになるだろう。 「助けて。ジュンがやばいのよ」 聞きたくない名前だった。さっさと電話を切らなかったことを早くも後悔した。
北米、西海岸。 カナダ第三の都市のダウンタウンは大きくない。東南から北西の対角線を徒歩での網羅が可能 だ。巨大なモールがそびえる中心地から西に向かって続くブランドショップや、レストランが立 ち並ぶにぎやかなストリート。それを下っていくとアジア系の食品店やファーストフードが目立 つようになる。そしてさらに今度は南へ旋回すると、ウェストエンドと呼ばれる安アパート群が 見えてくる。アジア系留学生や貧困層が暮らすブロック。 オレのアパートもその一角にある。 結局、アパートを出たのは10時くらいだった。 北に向かい、にぎやかな通りへ出る。そこからさらに西のはずれに向かう。いよいよアジア人 しか見えないような通りになってきて、一件のベトナム料理屋の前で立ち止まる。 『アリス』 そう無愛想に殴り書きされた看板をくぐり、店内に入る。入ると店は準備中らしく、店内はが らんとしている。ウェイトレスらしい女がオレに向かってきてベトナム語で話しかけてくる。 「ジャックに話がある。アキラが来たと伝えてくれ」 オレはかまわず英語で答える。女の顔が曇る。ジャックと名指しで呼ぶ人間。歓迎される客で はない。 女はキッチンへ引っ込み、そこにいた支配人のような男をつかまえる。男と目が合う。目を細 める男。警戒心を強める。今度は男がキッチンから引っ込み、奥の部屋にいく。
入り口でしばらく待っていたオレの携帯に着信が入る。つばを飲み込む。少し奥歯がうずいた。 ゆっくり携帯を耳にあてる。 「よう、アキラ」 ジャックの声。奥歯に痛みがはしる。
つづく・・・
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