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クリエイター名 |
斎京 螢 |
一球の重み(創作野球)
鋭い音を立てて打ち返された打球は、スタンドへ吸い込まれるように消えていった。
一球の重み
どおっと地鳴りのような歓声が、そして悲鳴が沸きあがる。 それは鳴り物入りでしばらく続き、次第に静まっていった。 アナウンスが、長い戦いの終わり、結果を告げる。
11回裏、1-0でフェニックスの勝利。勝負を決めたのは、たった一球だった。
「ちぇー、せっかく肩作ったのに出番なかったぁー」 「まあまあ、次があるよ。それにマサミ、最近連投続きじゃない。少し休んでもいいと思うよ」 「はいはい」
勝利を喜び合うナインを尻目に、ベンチから出てきた伊達真実がつまらなさそうに伸びをしてぼやく。 苦笑した藤谷暁に諭されて、不承不承といった調子で頷いた。 あくび交じりにもう一度伸びをして、ふと見た先には、輪にも加わらずぼんやりと天を見上げている宮坂智志の姿。 それを見た真実は一、二度瞬くと、たたたっと軽い足取りでその傍らに駆け寄った。
「どーしたのミヤさん、ぼーっとして」 「ん?あ、あぁマサミか」
だいぶ身長差のある相手を、上目遣いに見上げ問いかける。と、一拍遅れて深い色の瞳がこちらを向いた。 無理に笑みを乗せようとしてわずかに失敗した智志に、真実はむっと眉を寄せて。
「ちょっとミヤさんてば、久々に勝ち星ついたのになに辛気臭い顔してんの」 「ああ、うん、そうだな……」
下手をすれば親子ほどの年の差のある相手にもまったく臆さない真実の言葉に、智志はあいまいに苦笑いを。 はっきりしない彼の態度に軽く呆れたのか、真実は「だめだこりゃ」と一言呟いて身を翻した。 駆けていく小柄な姿を暫し見送ってから、智志はついと視線をめぐらせる。その、先に。 遠目には、ひどく小さく見える――背中。
「……勝ち星、ね…」
手のひらを見下ろし、ため息混じりに呟く。さわりと頬を撫でる風。 深い色の瞳が、ひと刹那複雑な色を宿し、波紋を散らして揺れた。
「できれば……相手がお前じゃなきゃ良かったのになぁ、……慎ちゃん」
なんて、贅沢だよな。 ひとり苦笑いでせつなく呟いた声は、歓喜の声にまぎれて消えた。
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「お疲れ様でーす」 「おつっかれー。やあ頑張ったなー」 「オツカレデス」 「おー、バレット!やったじゃんか、今日はおごりだぜー」 「Thanks!ボク、ガンバッタヨ」 「四番様の一発で勝利か、こういうのもいいなぁ」
試合後のロッカールーム。勝利に活気付いたフェニックスの選手達がにぎやかに会話を交わしている。 今日の勝利のヒーローであるブライアンを囲んで盛り上がる野手達の背後から、地を這うような声が突如沸いた。
「お〜ま〜え〜ら〜」
声の主は今日の先発、叶野尚也。やや前かがみで、細い目を三白眼気味にして睨み上げている。 今日は九回を無失点で投げきったものの、その後延長戦で勝利が決定したため、勝ち星を智志に掻っ攫われた形だ。 勝利に沸き立つ輪の傍らで、一人うらめしやとでも化けて出そうなその様子に、真っ先に気づいた村山京吾が瞬く。
「あれ、カノヤン今までどこいたの」 「さっきからここにいたわぁ!」 「はっはは、相変わらず影薄いなー」
素でボケる京吾にがおうと吼える尚也、けらけらと笑ったのは一塁手の柴田一史。 それに今にも噛み付きそうな勢いで、尚也がさらに怒声を発した。
「なーんーでーっ、人が九回無失点で抑えてたのに点取れないんよ!!」 「仕方ないだろー、打てないときだってあるんだ」 「判ってるよ、判ってるけどなんか腹が立つ―――っ!!」 「はいはい、あとでおごってやるから」
ほぼ八つ当たりで喚く尚也を一史が年長者の余裕で軽くいなして、慰めるようにぽんぽんと肩を叩く。 それでようやく落ち着いたらしい尚也は、小さく息をつくと肩をすくめて荷物を纏める作業に戻った。 彼らのそんな小さな騒ぎを横目で見ていた暁が、ふと脇で動いた影に気づいて振り返る。
「ミヤさん?どうしたんですか」 「ああ、今日はこの後約束があってな。悪いが先帰っててくれ」
既に荷物を持ち上げ、どこかに出かける体勢の智志に、訝って問いかける。 と、返された答えにきょとんと瞬いてから、あ、と気づいて頷いた。
「ハイ判りましたー。」 「すまん。あとでな」
素直に頷く暁に肩越しから手を振って見せて、智志はそのまま先に出て行く。 待ち合わせの場所に向かう道すがら、ふいと天を見上げて小さくため息をついた。
「こんな試合で……俺に勝ち星つかんでも、なぁ……。よう投げとったのにな、慎ちゃん…」
俺はただ、お前が笑ってくれてればそれでよかったのにな。 小さな呟きが、風に溶ける。 深い色の瞳が、切なく揺れた。
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