|
クリエイター名 |
松沢直樹 |
オリジナル作品 「東京タワーとチョコレート」より
オリジナル作品 東京タワーとチョコレート より
バイオリニストの友人、有沢からメールをもらったのは、二週間前のことだった。 メールをもらった時、僕は有沢からのメールだとはすぐには気付かなかった。 なにしろ彼とは十年近く会っていない。 有沢とは中学時代に机を並べて以来の仲だった。
だが、彼が芸大を出てプロの演奏家になり、活動の拠点をニューヨークに移した後、 だんだんと疎遠になった。 最後に二人で酒を飲んだのは、彼がニューヨークへ渡る直前だっただろうか? 自分の中の、有沢と過ごした日々の記憶がこんなに薄らいでいるのだ。
有沢は、僕と過ごした日々のことなど、とうに忘れてしまっていると思っていた。 なにしろ彼はいまや、押しも押されもしない世界的なバイオリニストだ。 音楽に疎(うと)い僕でも、タワーレコードのクラシック音楽のフロアに 彼のCDが山積みされているのを見れば、彼が成功したということはよく分かる。 友人が自分の手の届かない世界へ駆け上がっていくのは寂しい。 だが、旧交を温めず、彼の活躍を遠くから応援することが、 僕は真の友情だと思っていた。
だから連絡を今まで取らなかった。 それだけに、昔のままの屈託のない口調で綴られた突然のメールは、 正直驚き、また胸が熱くなった。
----- Original Message ----- From: <masaharu@arisawa.com> To: <yosuke@anai.com> Sent: Friday, Sep 27, 2002 3:56 PM Subject: 元気にしてるか? 洋輔、ずいぶん連絡してないが元気にしてるか? 俺の方は、忙しい毎日を過ごしてるけど、今度休みが取れるんで、日本に帰る。 そうそう、こっちで修行していた友人が帰国して、青山でレストランを開くことに なったんだが、そのオープニングセレモニーを10/19にやるんで 良かったら来ないか?
会費無料 タダメシ、タダ酒(高級ワイン) それから世界の トップバイオリニストの生演奏付き(笑) 広告代理店で、そこそこ偉いさんにでもなってるかと思ったら 独立して事務所開いたんだな。ネットでお前の事務所のHP見つけた時、 びっくりしたよ。 招待状を昨日郵送したから、スケジュールに空きがあったらぜひ来てくれ。 そうそう、もし来てくれるんなら、当日はフォーマルじゃなくて、ラフな服装で頼む。
俺が演奏するというのも、外部には全くシークレットになっているし、 そもそも内輪の飲み会みたいな気軽な雰囲気でやろうって言ってるので、 その辺はよろしく 言い忘れたが、レストランはかなりお洒落な内装になってるらしいから、 彼女(お前に限ってもう結婚してるってことはないよな?)を 連れてきてやるときっと喜ぶぞ。遠慮しないで誘ってあげてくれ もし、彼女がいればの話だが) じゃあ、当日、青山で待ってる 有沢昌治
----- Original Message -----
「ふふ…じゃあ、お言葉に甘えて、彼女と同伴と洒落こむか」 懐かしい暖かさを感じながら、パソコンを閉じた。
コンサートの前日、裕江(ひろえ)が僕の家に遊びにやってきた時に、 有沢から招待を受けたことを話すと、彼女は二つ返事でコンサートに行くことをOKした。
もっともその後、僕がなぜ「世界の有沢昌治」と親しいのかということについて 食事を終えるまでずっと尋ねられっぱなしだったが…
「でも、本当にすごいラッキーね。 洋輔とあの世界の有沢昌治が昔からの友達で、しかも、目の前で彼の生演奏が 聴けるなんて!! 彼のコンサートって、1分でチケットが完売しちゃうんだよ」 「お前が有沢のファンだとは知らなかったよ。良かったな」 裕江と一つの話題でこんなに盛り上がったのは、久しぶりだった。 そういえば、裕江と付き合いはじめて二年が過ぎた。 広告のコピーのプレゼンテーションで、彼女の勤める会社に出かけたのが、 出会ったきっかけだった。
つづく
|
|
|
|