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クリエイター名 |
美浦 リンゴ |
アイス
アイスキス 作 小鶴
澪は虫歯が一本もない。澪にとって、自慢のひとつだった。
それが<トラウマ>に変わったのは高校生のころだった。
「澪って虫歯ないよね? それって親から愛されてない証拠だよ!! 虫歯はね、ひとからうつるんだって。 親がかわいくてしょうがないから、子供にキスするでしょ。それが虫歯のうつる原因。 だから澪は、親から一度もキスされてないんだよ!! 愛されてない証拠なんだよ!! 」
ささいなことで友だちとけんかをした。そのときにいわれたことが、澪を傷つけた。さらに妹の実花から、どん底につきおとされる。
「実花はね、虫歯になっちゃったよ。おねえちゃんいいなぁ。虫歯なくて」
そのことがきっかけで、なんとなく親との関係がギクシャクしてしまった澪は、大学進学と同時にひとり暮らしをはじめた。 大学を卒業し、就職した今でも実家に帰省するのは年に一度か二度くらい。ほとんど寄りつかなくなってしまった。 そんなある日。 地元の親友ゆかりから、出産して落ち着いたから遊びにこないかという連絡があった。 澪は、久しぶりに帰省することにした。
ゆかりの息子の<琢磨>は、眠っていた。 ときどきおっぱいを吸うようなしぐさやニコッと笑ったり。 澪は、琢磨がお地蔵さんに見えた。かわいいというより、不思議な生きものに感じられてしかたなかった。 ゆかりはすっかり主婦が板についていた。部屋もすきっ片付けられていて、コンビニの袋が散乱した澪の部屋とは大違いだった。
「こうやって寝顔をみてるとね、食べたくなっちゃうの」
そういって、ゆかりは琢磨にキス(というより琢磨を食べた)した。
「ほんとはね、我慢しようと思ってたの。澪は知ってる? 虫歯って親からうつるの。だけどかわいくってねぇ。 うちは断念した。だけど、中にはいるの。自分の欲を我慢して、赤ちゃんのために、キスしない人。すごいことだよね。 私なんかよりよっぽど子供のこと考えて、愛しているなぁって尊敬する。」
澪の中で何かが変化した。 胸につまっていた冷たい氷が溶け、それは涙となって澪から流れ出る。
「どうした? 澪? 」 「ちょっと。誤解してたみたいで……」 「えっ。なにを? 」 「なんでもない。……ありがとう。ゆかり」 「……うん」
琢磨はおなかが空いたのか、ないて母をさがす。ゆかりは、やさしく抱き上げおっぱいをあげた。
<なんて美しいんだろう>
さっきまで、不思議な生きものとしか感じなかった琢磨が、天使のようにみえる。ゆかりはまさに女神だった――
「澪はそろそろ結婚しないの? 」 「うん。仕事ものってきたし、まだいいかなあ。相手いないしね」 「澪みたいな美人をほっとくなんて、都会の男はだらしないな! 」
澪は、ゆかりの言葉がうれしかった。めったに心を開かない自分に、ゆかりは昔から気長に付き合ってくれた。 ゆかりのやさしさが同情だとしても、澪にとってはありがたかった。 澪は、恋愛にも臆病になっていた。親から愛されなかったこと。自分は愛される価値のない人間だということ。 そのことが澪を、人と関わることから遠ざけていた。
今日は、実家に帰ってみよう。たくさん聞いてみたいことがある。
――私を愛してくれていますか? キスしたかったですか? 実花にはどうしてキスしたんですか?
……私は愛される価値がありますか?
どんな答えが返ってきても、大丈夫な気がしていた。 私はきっと愛されているはずだ…… おわり
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