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クリエイター名 |
若葉 玲々 |
登場人物の視点による、心理描写等
登場人物による心理描写等(一部を抜粋)
――― 新世界大戦勃発より、約五年前 ―――
私は彼女と一緒に、海辺を歩いていた。 「ケフェス!」 「ああ」 はしゃいでいる彼女を見るのは、やはり心地いいものがある。彼女に暗い顔をされては、たまったものではない。私まで暗くなってしまう。 「ねぇ。この貝、凄い綺麗。そうじゃない?」 「そうだな」 「……もうっ」 彼女は砂浜に落ちていた貝を拾い、私に見せると、ぷぅっと頬を膨らました。 「ど、どうした?」 何故、彼女が機嫌を悪くしたのか分からなかった私は、戸惑ってしまった。 「ケフェス、さっきからそればっかり。『ああ』『そうだな』、もっと他の事は言えないの?」 「すまない……」 「……あはは、冗談だから、そんな落ち込まないで。ケフェスはそういう人なんだって分かってるよ」 私が落ち込んでいると、彼女は顔を綻ばして、くるっと海の方を向いた。 まだ十五歳程だというのに、彼女はどこか大人びた所がある。最近の子供はこんな『ませた』子供ばかりなのかとも思ってしまう程だ。 そんな彼女から見たら、私自身はもう三十過ぎなのに、子供じみて見えてしまうのだろうか。この頃は母親のような言葉ばかり、言ってくるようになってしまった。 「綺麗だねぇ〜」 海に沈もうとしている夕日を、目を細めて彼女は見ている。夕日に照らされた顔は、どこか哀愁の漂った表情だった。
彼女との出会いは二年前になる。 彼女は、孤児だったのだ。人里離れた場所にある私の家に、彼女は突然現れた。 今では考えられないほど、げっそりと痩せこけた頬。所々打ち身のある身体。こんな状態で、よくここまでたどり着いたものだと思ってしまった。 それから私は彼女の世話をし始めた。衣食住、そのどれもが幸いにもそろっていたから、できた事なのかもしれない。もし我が国の民と一緒のような生活をしていたら、彼女が来ても、追い出していたかもしれないのだから。 今現在、というよりも数年前から、我が国は近隣の国と戦争を始めていた。 原因は資源の裕福な土地においての利権をめぐってである。愚かな選択をしたものだ、我が国は決して裕福な国ではない。世界の視点で言えば、発展途上国である。それなのに戦争を始めてしまっては、同じく利権を狙っている、先進国達の餌食になってしまう危険性がある。 再三にわたって、その事を私は告げてきたが、父は戦争を取り止めようとはしなかった。 そしてついに、この国の主導者である父は、私を『非国民』と称し、親子の縁を切ってしまった。私自身もそれに反対せず、父の元を離れた。どうしても父の考えに賛同する事は出来なかった。 本来ならば一文無しになる所であったのだが、近くにいる者達が上手く計らってくれた御蔭で、私は別荘であったこの家に住み、一ヶ月に何回か、食料などの支援を貰っている。 そんな私の生活は、我が国の民から見れば、贅沢のなにものでもない。罪悪感からか、私は食料等の支援を、適当に理由をつけて乏しいものにしてもらっていた。 ……そんな時に彼女はやってきた。それもボロボロの風体で。 私は思わず涙がこぼれそうになってしまった。父が戦争を始めた御蔭で、今やその被害は民衆にまで及んでいる。その一被害者が彼女なのだ。 何とか平静を保ち、私は彼女の介護を続けた。 数ヵ月後には彼女はすっかり健康体になり、元気に走れるようにまでなっている。 その姿は大変微笑ましかったが、私にはどうしても許せない事があった。それは自分自身、戦争が始まる事を止めれなかった自分自身だった。 いつもいつも、彼女を見るたびにそれを思い知らされていた。それが原因だろう、私は彼女とは正反対に、日に日に痩せていってしまった。 そんな私の姿を見て、彼女はある時、私を呼びつけた。 「……私の、せい?」 「え?」 言われた言葉に、急に反応することは出来なかった。 「私のせいで、そんなに気分が悪そうなの?」 はっきりとそう言った彼女の目は、私の目を真っ直ぐに見つめていた。 「違う」 「じゃあなんで? なんでそんなに辛そうなの?」 本当はもっとはっきりと、『違う』と言ってやりたかった。しかし、言葉が口に出てこない。 「違う」 「違わない! じゃあ、じゃあなんで私を見る目が、いつもいつも辛そうなの!」 その言葉にハッとしてしまった。私はいつも彼女に対して、まるで脆く、触れると崩れそうな物のように接していた。それは私自身に負い目があったからに他ならない。 要するに、避けていたのかもしれない。それがここまで、彼女を苦しめていたのだ。彼女の目は、必死に涙を我慢している目だった。 「……っ!」 私の半分程も生きていない彼女が涙を我慢しているのに、私は我慢する事が出来なかった。 「違う、違うんだ」 「じゃあどうして」 私自身はもちろん泣きながら喋っていたが、彼女も微かに涙声になっていた。 「君をそんなふうにしたのは、私なんだ」 「……え?」 それから私は思いの全てを吐き出した。私がこの国の主導者の息子であること、彼女をこんな目に遭わせた戦争を止められなかった自分のこと。 そしてなにより彼女を、自分の罪悪感を処理するために利用していたこと。 全てを言い終えた後も、涙は止まらなかった。くしゃくしゃになった顔を情けなく思った私は、彼女の足元の方を向いていたが、彼女も一言も発さず、ただ沈黙が流れていた。 「……っ」 彼女が何を言ったのか、突然でよく聞こえなかった。ふと俯いていた顔をあげてみると、そこには私と同じように涙を流している、彼女の姿があった。 「貴方のせいじゃない」 「え……?」 「貴方のせいじゃないよ……っ!」 その瞬間、彼女は私を抱きしめた。 「……」 「貴方のせいじゃない、絶対違うよ」 泣きながら、彼女はその言葉を連呼し続けた。 「ケフェスの、せいじゃないよ……」 それを聞いて、私は硬直してしまった。 絶対に許されないと思っていたこと。誰にも、神にも許されないと思っていたこと。特に、当事者、犠牲者には絶対に許されないと思っていたこと。 それなのに、彼女は言ってくれたのだ、私を深く憎んでも仕方がない、犠牲者となってしまったのに。 「う、うぁぁぁぁぁぁぁ……」 その後、実際には数分なのだろうが、私には何時間も、何日も泣いていたように感じられた。落ち着いたときには、彼女の方はすでに泣き止んでいたようで、優しく私の背中を撫でてくれていた。 「……落ち着いた?」 「ああ……」 ゆっくりと彼女の身体を離し、彼女の顔を見た。涙の跡がついているものの、その表情は穏やかで、子供のものにはとてもじゃないが見えなかった。まるで子供を得た母のような表情だったのだ。 それからは特に二人とも話しをせず、静かに時が流れていった。私には、その時間はまさに至福の時間といっていいようなもので、人生の中で一番心が落ち着いていたのではなかろうか。 その時からだろう、私の事を彼女はケフェスと呼ぶようになった。不思議な事に、私もそれが嫌だとは思わなかった。
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