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クリエイター名  無言ダンテ
金髪とヒキコモリ

「ほれ、バイト代」
 兄貴は僕に、わざわざ封筒に入れた金を渡した。

 僕の面倒を見てくれていた両親が事故で死んで数ヶ月が経ち、もうどうすることもできなくなった僕のところにふらりと現れて、唐突に「お前、仕事手伝え」と兄は言った。
 小中高と私立の名門に通っていた僕と違って、兄貴は市内の中学校でも有名な不良で、中学を卒業してすぐ家を飛び出した。それからずっと連絡のひとつも寄こさず、両親の葬式にすら顔を出さなかったのに。
 だけどそんな兄貴のことを言えた義理じゃない。国立大の受験に失敗した僕は、十年以上部屋に引き篭もってしまったからだ。
 部屋に篭ってただネットやゲームを繰り返すだけの日々。自分の存在意義や存在価値を考え続けていた。
 両親が事故で死んでしまうと、面倒を見てくれる人がいなくなった。部屋の外に出ることすらなかったのに、外に食べ物を買いに行くことなんかできない。冷蔵庫の中も空になって、もうどうすることもできなくなった。そして今日の昼、「もう死ぬしかない」と思い桟に炬燵のコードを掛けていたその時、兄貴が尋ねてきた。
 軽く十年ぶりに姿を見せた兄貴は相変わらずの金髪で、僕は思わず眉を顰めてしまった。でもなんて言うか、とても自信に満ち溢れていた。
 嫌がる僕を無理矢理引っ張り出した兄貴は、僕を軽トラックの助手席に放り込んで、一時間ほど走らせた。運転席の兄貴は、禁煙パイポを口に咥えながら鼻歌を囀っていた。
 僕の視線に気付くと、「禁煙しろって嫁さんが五月蝿くってよ」と笑った。
 辿り着いたのは郊外の小さな居酒屋だった。くたびれた感じのする小汚い外観で、少なくとも清潔だとは思えない。
「ここ、俺の店なんだよ」と、僕を見てまた兄貴が笑った。
 店に入ると兄貴は僕に、「テーブルを綺麗に拭け」と告げて布巾を手渡した。
 店が開店する夕方までに、テーブルも床もトイレも何もかも、店中を隅々まで掃除をして、それが終わったと思ったら焼き鳥や刺身の付け合せ、煮物の仕込だとか、とにかくバタバタと店の準備を手伝わされた。これまでろくに動いてなかったから身体が悲鳴を上げていた。でも、汗を掻いて働いていると、嫌なことを何も考えずにすんだ。
 開店の一時間ほど前に、女性が姿を見せた。茶髪の化粧が濃い女性で、僕に向かって「嫁です」と笑った。茶髪で化粧は濃いけど、その笑顔は屈託がなくとても綺麗だった。
 開店すると一時間ほどで、店はお客さんでいっぱいになった。カウンターの中で料理をしながら、兄貴はお客さんとゲラゲラと笑いながら話していた。お嫁さんは飲み物や出来上がった料理をお客さんに運んだりしながら、やっぱりお客さんと楽しげに話している。
 僕も兄貴やお嫁さんに指示されたことを手伝っていた。不意に酔ったおじさんに、「新しいバイトかい、あんた」と尋ねられた。もう何年も誰とも話していなかった僕が、思わず言葉に詰まると、兄貴が「そいつ、俺の弟なんすよ」と助けてくれた。
「そうなんだ、兄ちゃん孝行だなあ、あんた」とおじさんは僕の背中をばんばんと叩いてくれた。
 閉店の深夜二時まで、とにかく忙しかった。閉店しても片付けや何やとやっていると、あっという間に午前四時になった。
 やっと片付いたと溜息を吐いてカウンターの席に座っていると、兄貴がジョッキビールを手渡してくれた。
「お疲れさん、頑張ったな、お前」
 嬉しそうに笑う兄貴を見て、僕は不意に気付いた。きっと兄貴は、僕が引き篭もっていたことをずっと前から知っていたのだ。
 働いた後に飲んだビールは、とても美味しかった。
 そして兄貴は僕に、封筒に入ったお金を手渡してくれた。その封筒には僕の名前が書いてあった。
 家まで軽トラックで送ってくれている時に、兄貴は一言、「明日の昼に迎えにいくからな」と言った。
 僕は小さく頷くことができた。
 家に変えると疲れがどっと出て、すぐにでも寝たかったけれど、汗塗れで気持ち悪かったので風呂を沸かして入った。
 暖まっていると不意に胸が一杯になってしまい、そのまま泣いた。引き篭もっていた日々には後悔しか残っていない。ずっと繰り返してきた自問自答に答えは出なかった。その間、兄貴はずっと自分の道を歩き続けて、自分の店を構えていた。
 僕は両親の仏壇の前に座って手を合わせた。言葉にできない想いで何も言葉にならなかった。
 僕は明日も兄貴の店で頑張ってみようと思う。
 
 
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