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クリエイター名 |
東雲朱凛 |
短め・ダーク・シリアス:『長い夜』
016:長い夜
見上げた濃紺の空は大粒の涙を零し始めていた。
肩を、腕を、爪先を濡らしていくそれに、女は少しだけ眉を動かす。
冷たい。
そう感じることだけは、できるのに。
何故だろうか、あんなにも嫌っていたそれを忌避する気持ちは浮かんで来ない。
ふと周囲を見渡せば、其処は正に地獄の様な光景であった。
夥しい程の血と、肉と、大地に遺された痛々しい爪痕。
生あるものの無い、その世界。
自分はどうして、其処にこうして立っているのか、今ではそれすらも解らない。
ひとりに、なってしまった。 それだけは解っているのだけど。
靄がかかったような記憶の奥に、確かに響く声がある。
けれど今は、途切れ途切れのそれを、思い返すことすらもできない。
心が、動かない。
手を、伸べる。
何に向けてなのかは、解らない。
何も見えないから。
指先は虚しく空を切る。
触れられるものは無い。
解っている筈なのだ、其処には何も無いと。
口を開く。
息でもない、声にもならない、そんな音が漏れた。
『助けて』
叫びは届かない。
それは形にならぬから。
それを聴くものは、この世界の何処にも居ないから。
夜は、明けない。
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